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圧倒的な……

……………………


 ──圧倒的な……



 1734年4月。


 魔王軍はニザヴェッリル西部への道に立ちふさがるアドラーピッツェの防衛線を突破するために城塞作戦を発動。


 攻撃の重心はブラウ上級大将が魔王ソロモンに語ったように、北部に置かれ、そこに向けて大地を覆わんばかりのゴブリンとオークが押し寄せた。


 文字通り地面を覆うような数だ。視界に入る全てにゴブリンとオークが存在するほどだ。土煙が舞い上がり、獣の叫びそのものの雄たけびが響き、ゴブリンとオークがアドラーピッツェに設置された三国同盟の陣地に押し寄せる。


「魔王軍の連中、なんて数を集めやがった……!」


「連中を一匹も通すな! 皆殺しにしてやれ!」


 一部将兵はこの地獄のような光景を前にしても士気を喪失しなかったが、多くの将兵がこの時点で思ったことは『勝てない』ということだった。


 いくら砲撃しても、いくら銃撃しても、さらにはなけなしの空軍が爆撃しても、魔王軍の魔族による津波は止まらない。止まらずにアドラーピッツェに設けられた陣地へと押し寄せてくる。


「砲兵、撃ち続けろ! 連中を可能な限り、ここで叩くんだ!」


 陣地に据えられた間接射撃に向かないニザヴェッリルの旧式砲が相次いで火を噴き、ゴブリンたちに砲弾を叩き込むが──。


「うわ────」


 次の瞬間、ゴブリンへの射撃によって位置がばれた火砲に魔王軍の砲兵が放った砲弾が降り注いだ。陣地が吹き飛び、三国同盟の兵士たちが八つ裂きになる。


 ゴブリンたちはただ押し寄せるだけではなく、相手の隠された陣地の位置を割り出す囮にもになっていた。エルフィニアの狙撃手も、汎人類帝国の重砲も、ニザヴェッリルのガトリング砲も位置が露呈した途端、魔王軍の猛烈な砲撃を浴びる。


「こいつは不味いな……。このままだとジリ貧だぞ……」


 そう呟くのはエルフィニア外人部隊の人間でアルフォンス・デュフォール少佐だ。彼は自分の指揮する、第1外人猟兵旅団隷下の1個猟兵大隊が籠もる陣地を眺めてそう言った。


 第1外人猟兵旅団は精鋭として知られている部隊で、これまでエルフィニアが関心を持った紛争に派遣されてきた。そして、今回は虎の子としてニザヴェッリルへと派遣されていたのだった。


「大隊長殿。このままここで待っていていいのでしょうか……?」


「逃げたいのか?」


「い、いえ。そういうわけでは……」


「そうか? 俺は今にでも逃げ出したいぜ」


 部下が不安がるのにデュフォール少佐はそう言ってにやりと笑った。


「見ろ、あのゴブリンとオークの数を。全員殺そうたって弾が足りない。こいつはかなりスリリングな戦いになるぞ。心臓が弱いやつは逃げた方がいい。俺も心臓が弱いからさっさと逃げ出したいよ」


 デュフォール大尉たちはエルフィニアが汎人類帝国からライセンスを購入して製造しているスティング小銃を装備している。


 スティング小銃は汎人類帝国と同様に口径7.7ミリ弾を使用するもので、設計もほぼ似通っている。違いはエルフィニアの国土の多くを占める森林地帯で使いやすいように、銃身をやや短くしている程度だ。


 もっともスティング小銃はまだ全軍に行き渡っておらず、一部の部隊は単発式銃やライフルマスケットを未だに装備している。


 しかし、外人部隊には最新の装備が与えられるため、デュフォール少佐たちは全員がスティング小銃で武装していた。


「さて、連隊本部は俺たちに可能な限りの魔王軍の足止めを命じた。その義務を果たしたらトンズラするとしよう。ここで死ぬ必要はない。可能な限り時間を稼ぎ、そしてゾンネンブルクを守ることが俺たちの任務だ」


 デュフォール少佐は部下たちにそう告げる。


「俺たちに必要なのは勝つことであり、死ぬことじゃない」


 デュフォール少佐たち外人部隊は愛国心やイデオロギーのために戦っているわけではない。純粋に戦うことで金銭を得るために戦っている。


 そういう点で彼らはドライであり、冷静だった。


 自分たちが全滅してでも勝利をとは考えないほどに。


 そんなデュフォール少佐たちが籠もる陣地に向けて魔王軍のゴブリンとオークの波状攻撃が仕掛けられる。


 ゴブリンやオークには群れるという習性がある。それは社会的な集団というよりも、動物の本能的なものの方に近い。


 同じゴブリンの仲間たちが向かっている方向にゴブリンたちは突撃し、仲間たちがやるように銃撃を行う。そうあるが故に統制はしやすかった。


 ゴブリンの中でリーダーとなるものに戦い方を仕込んでおけば、群れ全体がそれを模倣して正しい行動をとってくれるのだ。


 この大規模な人海戦術が使用できたのもそういう事情があるからであった。


 さらに言えばゴブリンたちは飢えている。


 飢えたゴブリンやオークというものは狂暴だ。特にそれが血の臭いが濃く漂う戦場であるならばなおのこと。彼らは本能的に飢えによって弱みを見せぬよう、より猛々しく戦うのだ。弱ったゴブリンは他のゴブリンに殺されることもあるがために。


「ゴブリン第一波が敵の防衛線を突破しました」


「よろしい。このまま進み続けろ」


 アドラーピッツェには塹壕や掩蔽壕による防衛陣地が複層に渡って展開されていた。複層といってもそこまで縦深のあるものではなく、最前線で戦う部隊が撤退した際に収容される予備陣地という程度だ。


 魔王軍のゴブリンとオークは大損害を出しながらも戦線を押し上げ、防衛線のひとつを突破することに成功。


 ここで戦果拡大のために新たな部隊が投入される。


「第501独立重装地竜大隊、前進!」


 投入されたのは装甲ワームを率いるゴルト少佐の第501独立重装地竜大隊と同様の編成の部隊が複数だ。魔王軍はまたしても城壁を打ち破る破城槌として、装甲ワームを使用しようとしている。


「進め、進め! ゴブリンどもはひき殺しても構わん!」


 ゴルト少佐が声を上げて命じ、装甲ワームは既に半壊しながらも、ゴブリンとオークの猛攻を退けていた三国同盟の陣地に突入。


 装甲ワームが一斉に爆炎を吐いて陣地を破壊し、ゴブリンとオークがさらに防衛線の奥へ、奥へと進軍する。


「退却命令です!」


 友軍の防衛線が突破され、後方に魔王軍が回り込みつつあるのに、前線にいたデュフォール少佐たちにも撤退命令が発令された。


「なんてこった。こいつは不味いぞ」


 デュフォール少佐はそうボヤく。


 本来ならばもっと時間を稼ぐはずだったアドラーピッツェの防衛線が僅かに数十時間で突破されようとしているのだ。


 ここを突破されれば防衛側にとって有利な地形はもう存在しない。魔王軍の進軍を確実に止められるものがなくなる。


「まあ、俺がぼやいてもしょうがない。撤退だ。ひとりも残すな!」


 デュフォール少佐の猟兵大隊は遅滞戦闘を行いながら、予定されていた撤退線まで撤退を開始。友軍の生き残った砲兵も撤退を助けるために努力してくれている。


「撤退だ! 急げ、急げ! 友軍の支援は長くは続かないぞ!」


 無数の銃弾と砲弾が飛び交う中をデュフォール少佐たちは後方に下がっていく。


 逃げ遅れて塹壕にいた兵士が飛び込んできたゴブリンと白兵戦になり、兵士は力で劣るゴブリンを数体撃破するも、流石に数に押されて殺害されてしまった。


 そんな悲劇が続いていき、三国同盟軍は出血を続けていった。必死にひとりでも多くの将兵を無事に脱出させようとデュフォール少佐たちを始めとする指揮官たちは奮闘したが、彼らの努力が必ずしも報われるわけではない。


 デュフォール少佐の猟兵大隊は300名近い損害を出してしまった。


 それはほぼ3分の1の兵員の損耗を意味する。


……………………

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