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不吉な城壁

……………………


 ──不吉な城壁



 1733年7月。


 アルトヴァルトに最初に到達した魔王軍部隊は小さな斥候部隊で、バイコーンに騎乗した人狼たちによる騎兵だった。


「見えるか? あれは魔術障壁だぞ」


 斥候の指揮官である人狼の将校が指さす先には、うっすらと光の膜が見えた。その膜はアルトヴァルトを覆うようにして展開している。


 そんなアルトヴァルトは谷の間にある山の挟まれた都市であり、ドワーフ式建築の塔が見えるほか、周囲を今も城壁が覆っていた。


「かなり大規模な魔術障壁だ。司令部に報告しよう」


 斥候たちは一度司令部へと帰還し、偵察の結果を報告する。


「ふうむ。魔術障壁か……」


 北方軍集団隷下ロート軍司令官のロート大将は報告された偵察情報に唸っていた。


 ロート大将はアイゼンベルグ攻略にもかかわった人物で、都市攻略に当たるのは初めてというわけではない。それに彼には魔術についての知識もそれなりにあった。


「可能であれば迂回してしまいたいのだが、ここを迂回するのはいろいろリスクがある。主要な街道と鉄道路線はここを通っているし、ここにはそれなり以上の兵力が籠もっているとの空軍の情報もある」


 いくら強固な要塞に立て籠もろうと、迂回されてしまっては意味がないものだ。だが、今回の場合は敵が交通の要衝を占領していることや、敵の兵力が迂回するには危険なほど大きい。


「よって、我々は予定通り、このアルトヴァルトを攻略する。空軍にも応援を要請し、火砲も集中させ、全力で対応することとする」


 ロート大将はそう決心した。


「閣下。一部部隊だけでもアルトヴァルト後方に向かわせてはどうでしょうか? 敵はこちらが迂回できないことを知りません。迂回されたと分かれば、都市を捨てて出てくる可能性も」


「ああ。そうだな。そうすべきだろう。許可する」


 ロート軍は谷を越えさせてアルトヴァルト後方に向かわせる部隊を早速出発させ、それから正面突破を図る部隊の準備を始めた。


 谷を越える部隊は軍馬ではなく、トロールが火砲を牽引し、険しい山道を徒歩で進むことになる。そのために、そのような作戦の訓練を受けている魔王陸軍部隊として山岳狙撃兵が動員された。


「第1山岳狙撃兵師団、前進」


 第1山岳狙撃兵師団は魔王軍に存在する第1~第7までの山岳狙撃兵師団のうちのひとつだ。将兵が山岳戦において訓練されているのは当然として、装備も山岳での戦闘に適応した形になっている。


 師団は装備している砲は口径75ミリ山砲という軽量化された火砲や口径105ミリ榴弾砲などの重量が負担にならないように軽量のものが多い。


 そのため正面からの砲撃戦などには弱いが、その山岳地での機動力を生かして戦うことで、不利な点を克服している。


 この第1山岳狙撃兵師団の投入は、一種の実験であり、実戦を利用した演習であった。


 これから大規模な山岳戦が控えているのだ。険しいアドラーピッツェを越える際には山岳狙撃兵師団のような部隊が多く活躍することだろう。


 しかしながら、魔王陸軍には未だにそこまでの山岳戦の経験はない。彼らは山岳戦を予定して部隊を編成したものの、彼らは山岳地で戦ったことがないのである。


 魔王軍は実戦に勝る演習なしという具合に、第1山岳狙撃兵師団を展開させたのはそう言う理由からだった。


 さて、最初に述べたように第1山岳狙撃兵師団はアルトヴァルトを大きく迂回して後方に回り込み、背後からアルトヴァルトに圧力を与えることが目的だ。


 夏の照り付ける太陽の下で兵士たちは山に入り、僅かに切り開かれた道を装備を背負って移動していく。人狼の将校たちがゴブリンたちを前進させ、トロールに火砲を引かせ、そうやって前進していく。


 彼らにとって予想外だったのは、敵は山岳地の守りを放棄しているということであった。抵抗らしい抵抗にも遭わず、第1山岳狙撃兵師団は山岳地を突破し、アルトヴァルトの後背に回り込んだ。


 しかし、思えばこれは三国同盟側の思惑通りだったのかもしれない。


 山岳を戦闘部隊が越えることは問題なかったが、その後の補給が難しいからだ。山越えの補給という負荷を魔王軍に強いて、少しでも魔王軍を損耗させる。そんな捨て身の思惑があった可能性もある。


 そんな考えが浮かぶほどにアルトヴァルトは籠城に入ったまま、魔王軍が後背に現れても動揺する様子はなかった。


「どうにも正面から突破するよりなさそうだな……」


 ロート軍司令部は最悪を想定しながら、アルトヴァルトの正面突破を計画。


 現状で想定される最悪というのは、アルトヴァルトに籠る兵が勝利して生き延びることを目的としておらず、死兵と化して抵抗することだ。そうなってしまうと、まんまと三国同盟側の時間稼ぎという意図に乗ってしまう。


 それを防ぐには相手を絶望的状況に追い込むではなく、少しの希望を見せる必要がある。包囲網に作られたひとつの穴のように。


 しかしながら、相手は既に覚悟を決めていた。アルトヴァルトに立て籠もる三国同盟軍は自分たちを犠牲にしてでもアドラーピッツェにおける防衛線を構築する時間を稼ぐつもりだった。


 魔王軍は何とかアルトヴァルトの敵を撤退するように追い込もうと思う、アルトヴァルトの三国同盟軍は絶対に引かずに時間を稼ごうと企てている。


 両者の狙いが真っ向から対立する中で戦いの火ぶたは切られた。


 魔王軍は航空偵察で得られた三国同盟軍の火砲の射程外から砲撃を開始。ここまでようやく展開した列車砲が砲撃を行い、さらには軍団砲兵口径210ミリカノン砲が砲撃を実行。砲弾がアルトヴァルトを破壊しつくすかのように思われた。


「防がれた……!?」


「魔術障壁だな。斥候の報告通りだが、これは……」


 アルトヴァルトに降り注いだ砲弾は空中で不意に炸裂した。確かに魔王軍は砲弾を時限信管にし、空中で榴弾が炸裂するようにしていたが、それとは時間がずれている。それによってアルトヴァルトに到達することはなかった。


「エルフの魔術師をかき集めたのだろう。面倒なことになったな。このままでは全く前進できないぞ、クソッタレ」


 ロート大将はそう愚痴る。


 エルフの魔術障壁は技術が機密扱いになっているため、強度については推測するしかない。ちなみにこれまでの記録ではグレートドラゴンの熱線すらも防いだ魔術師の存在も語られている。


 エルフが魔術師という個人に依存する方法で戦う一方、魔王軍はもう既に工業化によって均質化された戦力を運用することで戦っているのが対照的だ。魔王軍はグレートドラゴンを除けば、ひとりの英雄が戦局を左右する段階を過ぎていた。


「ありったけの砲弾を浴びせて敵の抵抗を粉砕しろ。徹底的にやれ!」


 そうロート大将が命じ、魔王軍は砲兵を中心に攻撃を進めた。


 魔王軍の誇る膨大な火力が発揮され、魔術障壁に砲弾が降り注ぐ。砲兵は全力で砲撃を行っており、恐らくここで砲弾を使い潰すだろうとの見込みだ。


 まるで火山が噴火したような砲撃。


 それにもかかわらず、魔術障壁はびくともしていない。


……………………

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