砲撃戦
……………………
──砲撃戦
シュタインバッハ村に立て籠もる三国同盟軍の兵士のひとり汎人類帝国陸軍のラウール・ファノン曹長は、有名な砲兵であった。
既に50代となる彼はその人生のほとんどを軍隊で過ごし、火砲がまだまだ未発達の時代から、急速に進化していくのとともに過ごした。
その経験と腕前を買われ、かつては帝国陸軍の真の精鋭である教導砲兵連隊に所属していたこともあるほどだ。
だが、彼はニザヴェッリルの危機において生まれ故郷を追われたドワーフたちへの同情心から前線に赴くことを求め、帝国陸軍は彼を前線であるグスタフ線へと送り込んだのだった。
そして、今彼はこのシュタインバッハ村の防衛に当たっている。
「さっきのは斥候でしょう。次は例のワームが突っ込んできますよ」
ファノン曹長がこの場の指揮官である陸軍少佐にそう警告した。
「分かっているが、撤退するわけにはいかない。グスタフ線から撤退している友軍は重装備を放棄している。我々まで火砲を捨てて逃げれば、魔王軍の思う壺だ」
「では、この村の守りを固めるしかありませんね」
「ああ。手の空いている兵士にはとにかく塹壕を掘らせるんだ」
このシュタインバッハ村には口径210ミリカノン砲4門、口径75ミリ野砲4門、そして歩兵が2個中隊潜んでいた。
2個中隊といっても半数はグスタフ線から命からがら逃げてきた敗残兵で、士気は低く、装備も損耗している。まともに戦えるのは僅かにすぎない。
「曹長殿。我々はここを守りぬけるのでしょうか……?」
「大丈夫だ。俺たちならやれるとも。さっき連中の忌々しいワームを吹っ飛ばしてやっただろう? 今度来てもささっとやっつけてやるさ」
「分かりました」
ファノン曹長に話しかけるのはまだ若い兵士で、動員されたばかりの新兵だ。
可哀そうに、とファノン曹長は思う。新兵の初めての戦場がこんなに地獄みたいな戦場だなんて。これじゃあ、学ぶ暇なんてあるはずもない。
戦争というのがそういうものだとしても、若くて、経験の浅い人間から死んでいくってのはやりきれないものだとファノン曹長は改めて思った。
「手が空いているものは塹壕を掘れ。ちゃんと掘ればそれだけ長生きできるぞ!」
ファノン曹長は部下たちを励ましながら、先ほど彼が撃破した装甲ワームを見る。今の魔族の死体と同様に街道に放置されていた。
それにしたって、あんなのが攻めてくるなんて聞いてないぜ。軍艦みたいに地上でも徹甲弾が必要になってくるんじゃないか、とファノン曹長は先ほどの戦闘を思い出しながら考えた。
グスタフ線から逃げてきた兵士たちによれば口径75ミリじゃあ豆鉄砲で、口径105ミリ程度から響いてくるらしい。
今ある火砲で有効なのは口径210ミリカノン砲という重砲だけ。こんなデカ物で直接照準射撃をやるのは帝国陸軍でも俺が初めてだな、とファノン曹長。
しかし、ながら地獄に仏なことが一点ある。
敗残兵の中にエルフたちがいることだ。それも魔術師であるエルフたちがいる。
そんなファノン曹長たちのことなど知らずにゴルト少佐は突撃を命じた。
シュタインバッハ村へ向けて装甲ワームが楔型の陣形を描いて進んでいく。道中でかき集めたゴブリンやオークがワームデサントして、装甲ワームとともにシュタインバッハ村に向けて突撃を敢行。
「重砲は4門だけ。装填速度を考えれば、数で押せば押し切れるはずだ」
ゴルト少佐はそう考えていた。
「お手並み拝見といくぜ、少佐」
「どうぞごゆっくり」
オランジェ大佐がにやりと笑って突撃していく装甲ワームたちを眺めるのに、ゴルト少佐は双眼鏡でシュタインバッハ村の反応を見る。
シュタインバッハ村の付近は開けた地形で僅かな丘があること以外は遮蔽物はない。つまり隠れながら村に近づくことは不可能に近いわけだ。
装甲ワームたちは種まきが終わったばかりの田畑を踏みにじって前進し、8軒の家屋と魔王軍が欲している橋のあるシュタインバッハ村に進み続けた。
そこで突如として砲声が響き、先頭を進んでいた装甲ワームが吹き飛んだ。
「来たぞ──!」
重砲の砲撃にゴルト少佐が声を上げる。
砲撃は8発だが、命中したのは3発。うち重砲の砲撃は2発で、装甲ワーム2体喪失。
ワームデサントしているゴブリンやオークも肉挽き器に突っ込んだごとく砲撃でミンチになるが、ゴルト少佐が気にすべきことではない。
装甲ワームは勢いを増して突撃し、その目によく偽装された重砲陣地が見えてきた。
速射性のある口径75ミリ野砲は連続した射撃で装甲ワームを押しとどめようとするが、この手の砲撃は効果はまるでない。
その間に装填を終えた重砲が再び火を噴く。装甲ワームをまた1体喪失する。
しかし、装甲ワームはそんなことでは止まらずシュタインバッハ村へと速度を上げた。土煙を巻き上げて装甲ワームが突っ込んでいく。
「いいぞ、いいぞ! そのまま踏み躙れ!」
ゴルト少佐がそう声を上げたときだ。
速度を上げていた装甲ワームが何かの壁にぶつかったかのように潰れ、装甲ワームの突撃が突然停止する。
「何が……!?」
「ありゃあ、魔術障壁だな。敵に魔術師がいるぞ、少佐」
ゴルト少佐がうろたえるのにオランジェ大佐がそう言って渋い顔をした。
よくみればシュタインバッハ村の周囲にうっすらと光の膜が見え、それはドラゴンたちが展開するようなものであった。そう、魔術障壁だ。
別に魔術障壁はドラゴンたちの専売特許ではない。エルフの魔術師たちならば、レッサードラゴンと同等か、それを上回るレベルの魔術障壁は展開可能だ。
そうであるが故に魔王軍の狙撃手たちはまず将校、次に下士官、それから魔術師を狙うように教育されるほどである。
「どうするかね、少佐。これは面倒だぞ」
「他に手はないだろう、大佐殿。とにかく兵を突っ込ませて魔術障壁を飽和させるしかない。他に何かいい策でも?」
「迂回突破。いちいちこんなちっぽけな村に籠った連中を相手にする必要はない」
「そうしたいのはやまやまだが、無事な橋はここだけのようなのだ。架橋するにしても時間がかかるし、我々の工兵は小規模だ」
「ふうむ。なら、友軍に援護を頼んでみるか。一度、ワームどもを下げろ」
「了解」
オランジェ大佐はゴルト少佐にそう命じ、部下に無線機で何かしらの通信を行わせた。その無線の連絡が届いたときだ。
ズンと激しい音がして、シュタインバッハ村の周囲で爆発が生じる。
「砲兵の支援か」
「それも列車砲だ。グスタフ線を砲撃するのに飽きてヴィオレット線から前進し、俺たちを支援してくれる。まだまだ来るぞ」
列車砲の口径305ミリの砲弾は一発でもシュタインバッハ村の結界に命中すれば崩せる。既にシュタインバッハ村にいるエルフの魔術師たちにとって、かなりの圧力となっているはずだ。
「しかし、直撃すると不味い。橋が崩れる」
「まあ、連中も直撃させるほど腕がいいわけじゃあないさ」
ゴルト少佐の懸念にオランジェ大佐はそう言って肩をすくめた。
「しかし、心配だと言うなら俺たちが一肌脱ごう」
……………………




