三国同盟北部戦域軍
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──三国同盟北部戦域軍
三国同盟はアルシェ32作戦とそこから生じた1732年危機を経て、結束を強めた。
彼らは実戦に耐えられるように統合された司令部を設置することにし、汎人類帝国、エルフィニア、ニザヴェッリルが協議の末に三国同盟北部戦域軍司令部が設置された。
司令官はそのまま汎人類帝国海外遠征軍のクールベ大将が就任。彼は就任と同時に陸軍上級大将へと昇格した。
「情報部からの報告では、ヴィオレット線に敵の大型列車砲が集結しつつあるとのことです。既に8台の列車砲の存在を確認しているとのこと」
そう参謀がクールベ大将に報告する。
「それは侵攻の兆候と見るべきなのか?」
「分かりません。こちらを緊張状態にさせるためのただの脅しである可能性も」
「……情報が足りないな……」
クールベ大将が参謀の言葉にそう唸る。
エスポワール作戦はカザーレ大尉の墜落事件とそれに続く魔王軍の哨戒飛行強化から一時休止されており、現在ゼレール中将が指揮をして海路での東部占領地域侵入を行うエスポワールII作戦が検討中であった。
つまり今の北部戦域軍司令部には、かつてのようにパルチザンが報告する魔王軍の鉄道の動きや、移動している人員の規模などの情報はないということだ。
そのせいで北部戦域軍司令部では、今の魔王軍の動きが戦争に向けたものなのか、ただの脅しなのか分からなくなっている。
怪しいと思えば人員を警戒態勢に置くべきだろう。だが、長く警戒態勢に配置されれば、兵士たちは疲弊し、逆に警戒が弱まってしまう。
確かな情報に基づく警戒が必要であった。
「魔王軍はこれまで何度も欺瞞作戦で我々を欺いてきた。1726年にはエルフィニアとの開戦を匂わせながら我が国に対して侵攻。アイゼンベルグ失陥の際もドゥンケルブルクが主攻だと思わせた」
ここでそう言うのは三国同盟北部戦域軍司令部に派遣されているニザヴェッリル陸軍の将官で、彼は苦々し気にこれまでの失敗について語った。
「そういうことがあるからこそ、あなた方には警戒してもらいたい」
「もちろんだ。警戒しよう」
彼の言葉にクールベ上級大将が確かに頷く。
しかしながら、警戒を続けるべきかどうかは揉め続けることになった。情報不足が別の地域での魔王軍の行動を予想させ、再びエルフィニアが攻撃されるという話まで出て来たのである。
三国同盟側はここで魔王軍の無線を傍受して情報を得ようとしたが、失敗してしまう。先に彼らが魔王軍の無線を傍受して情報を得ているという欺瞞工作をやったことの弊害が生じたのだ。
魔王軍の電子戦能力は高まり、三国同盟側は傍受することもままならず、傍受できたとしたも暗号化された文章を解読することができない。
「せめて8月まで侵攻が遅れればいいのだが……」
クールベ上級大将は知らされる魔王軍の動きというものを前にそう呟く。
8月にはグスタフ線のさらに背後にエミール線をいう第2の要塞線が完成する。これが完成すれば魔王軍がニザヴェッリル西部に攻め入ることは不可能に近くなるのだ。
そのことは魔王軍も把握しているということを三国同盟北部戦域軍司令部は把握していなかった。彼らは防諜の面で成功しているとは言い難く、特に情報統制を嫌うニザヴェッリルから情報が流出していた。
エミール線は完成前から魔王軍にその設計図が渡っており、魔王軍は完成を遅らせようとあらゆる手段を取り始めた。
平和集会が再びゾンネンブルクで開かれては要塞建築に反対運動を行い、作業現場では密かに破壊工作が実施される。
この一連の工作が1726年の開戦前を連想させたことで、執政官テオドール・エッカルトはクールベ上級大将との面会を申し込んだ。彼は軍がどのように行動するかを確認しておきたかったのだ。
「クールベ上級大将。この度は来てくれてありがとう」
「いえ、執政官閣下。軍人として当然のことです」
執政官官邸でテオドールがクールベ上級大将を出迎える。
「聞きたいことがある。もし、今魔王軍の攻撃があった場合、軍は対処できるのかということだ。また領土を放棄したりすることなく、だよ」
テオドールは早速そう尋ねた。
「軍人としての良心に従って言わせていただくならば、それは不可能です。魔王軍はグスタフ線で大損害を出すでしょうが、現有戦力だけで魔王軍を完全に撃退するのは不可能でしょう。まして今はエミール線の完成もまだです」
クールベ上級大将は媚びることなく、事実を告げた。
「……そうか。では、どのラインまでの撤退を想定している?」
「最善としてエミール線後方の山岳地帯であるアドラーピッツェ山脈で防衛線を構築し、そこで魔王軍の攻撃を粉砕するというところでです」
「最悪の場合は?」
「ゾンネンブルクに立て籠もることになるでしょう」
「なんということだ」
首都まで撤退するとしたクールベ上級大将の言葉にテオドールが呻く。
「あくまで最悪の場合です。現状はグスタフ線がきちんと機能しさえすれば、アドラーピッツェで迎撃は可能です。しかし、後方の混乱が少しばかり気になりますが」
「平和集会のことかね。毎度のことだよ。気にするべきものでもない。この国の国民には集会を行う権利も、自分の意見を述べる権利もある」
「戦時下においてそれはあまりに過ぎた贅沢であると考えますが」
「国是を捨てて国だけ守っても仕方がないだろう」
「国がなければ国是もありませんよ」
ニザヴェッリルが国是とする民主主義は国家が存在することが前提の理想だ。国家がなくなれば民主主義も失われる。魔王軍は占領を担う総督をわざわざドワーフたちに選ばせはしないだろう。
「……今はいろいろと難しい時期なのだ。執政官と元老院でねじれが生じていることは君も把握しているだろう。そのせいで政治の季節というものが訪れている」
「理解はしていますが、我々としては後方が脅かされているのでは、万全に戦うことはできません。どうかいざとなったら、断固とした措置を取ることをお約束いただきたい」
ここでクールベ上級大将は戦時なれば政治闘争を止めて、一致団結し、かつ戒厳令のような効力のある布告を出して後方を安定化させることを求めた。
既に第一次土魔戦争の研究を行っているものたちからは、開戦前に魔王軍が破壊工作を行っていたことや、ニザヴェッリル東部への援軍の派遣が魔王軍の政治工作によって阻害されたことなどを突き止めている。
クールベ上級大将としては1726年にニザヴェッリル軍の司令官たちの経験したものを、自分が再び経験することになるのはごめんということだ。
「考えておこう。今日は有意義な時間をありがとう、クールベ上級大将」
テオドールは断言はせず、クールベ上級大将を退室させた。
テオドールが政治的危機にあることは誰もが知っていた。執政官と元老院のねじれ政治が意思決定を大幅に遅らせ、素早い行動を阻害していた。
いざとなれば執政官は国家緊急権に基づき行動できるが、今のテオドールがそれをやれば自分の政治生命が永遠に絶たれるということも理解していたのだ。
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