消息不明
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──消息不明
カザーレ大尉が脱出を目指していたとき、汎人類帝国海外遠征軍は混乱状態にあった。それはもちろんカザーレ大尉の墜落に由来している。
「帰還していない、だと」
「は、はい。エスポワール作戦に参加していたグリフォンが未帰還だと空軍から連絡がありました。既に予定時間4時間超過しているということで……」
「クソ。なんてことだ」
帝国海外遠征軍司令官のクールベ大将は参謀の報告に悪態をつく。
「魔王軍によって撃墜されたのか?」
「分かりません。ですが、魔王軍は後方に大規模な治安部隊を展開させており、もしかすると墜落した空中騎手と情報将校を捜索している可能性があります」
「分かっていると思うが、このことが魔王軍に知られれば開戦の口実を与えることになるぞ。どうするつもりだ?」
今回のミスはエスポワール作戦を実施していた情報部のミスだ。そのことをクールベ大将は問いただす。
「このような可能性には備えてはいました。仮に発見されても三国同盟のどの国にも結び付かないように偽装工作が行われています。空中騎手と情報将校には自害のための毒薬も配布しておりますので……」
「生きている可能性はないということか?」
「そう扱うしかないでしょう。ここで我々が動けばますます魔王軍に疑われます」
情報部の判断は冷酷であった。彼らは既にカザーレ大尉たちを見捨てている。
「そんなことをすれば士気が落ちるだろう。可能な限り救出に手を尽くすべきだ。彼らは祖国のために危険に挑んだのだから」
「しかし、現状において救出プランは存在しません」
「では、今から策定するんだ。さあ!」
クールベ大将に促されて、情報部はカザーレ大尉たちを救出する作戦を立て始めた。
しかし、それは現実的に脱出させるものではなく、自分たちは仲間を見捨てず助けるために努力したというアリバイ作りでしかなかった。
その非現実的プランの中には北方海を経由して、コマンド部隊を送り込み、それによってカザーレ大尉を救出するというものも。
カザーレ大尉たちの救出の他に、それからもうひとつ問題になったのはエスポワール作戦を継続するべきか否かという問題だ。
既にエスポワール作戦は戦争の危機をもたらしている。それを継続すべきかどうかについては意見が分かれた。
あるものは継続しなければ魔王軍の動きが把握できずに奇襲されるとし、あるものは戦争のリスクを犯しては本末転倒として注視すべきだと訴えた。
「エスポワール作戦は継続する」
そう決断したのは汎人類帝国陸軍参謀本部情報総局のミシェル・ゼレール陸軍中将。
彼は長く諜報の世界にあって、海千山千の猛者たちと渡り合ってきた人物だ。しかし、その功績は多くは語られず、彼がどのような人間なのかは秘密に包まれているミステリアスな人間であった。
「魔王軍は口実もなくニザヴェッリルに攻め込んだことを忘れてはならない。連中には開戦の理由など必要ないのだ。そうであるからにして、奇襲を避けるためのエスポワール作戦は必要である」
彼は継続の理由をそう語った。
その上で彼はもうひとつ決定した。
「我々の作戦に協力してくれている空軍の空中騎手を見捨てるわけにはいかない。可能な手段を以てして救出せよ」
アリバイ作りのためだけの作戦は許可しないとの意味合いがそこにはあった。
その命令によって仕方なく作戦は練り直され、非現実的と思われた北方海経由の救出作戦が検討され始める。
深夜に高速水雷艇を使って海兵隊から抽出した1個分隊を東部占領地域に上陸させる。その1個分隊が救出部隊となり、現地の鉱夫旅団などと協力してカザーレ大尉を救出するというものだ。
しかし、ここで事態がさらに悪化する。
魔王軍がカザーレ大尉たちの不法越境を察知したかのように空軍のドラゴンたちを飛行させ始めたのだ。この突然の空軍の動きは当初の演習で予定されていたものに過ぎなかったのだが、三国同盟側がそれを知るはずもない。
情奥部の将校は既にカザーレ大尉たちが見つかったとして、やはり救出計画を打ち切ることを求めた。
それでもゼレール中将は作戦決行を指示。
「中将閣下は本気なのか?」
「クソ。海外遠征軍司令部に警告をいつでも発せられるよう準備を」
この救出作戦が露呈して、魔王軍が開戦することを情報将校たちは恐れながらも、作戦に向けて準備を始めた。
ニザヴェッリルに派遣されている汎人類帝国海軍北洋艦隊隷下の第1海兵師団から1個小隊が抽出され、その中からさらに1個分隊が作戦準備に入った。
防諜のために彼らには直前まで何をするのかは教えられていない。
そのころ、カザーレ大尉は北を目指して進み続けていた。そこで彼は幸運に出くわした。鉱夫旅団に接触できたのだ。
「あなた方には助けられている。我々があなたを助けるのは当然だ」
「ありがとう」
鉱夫旅団から温かい飲み物としてコーヒーを、食料としてパンを貰い、カザーレ大尉は安堵した。ここ数日は冷たい携行食料と井戸から盗んだ水で飢えと渇きと戦ってきただけに、これはありがたい。
「それで、北に向かうのか?」
「そのつもりだ。ここに私がいるという事実は戦争に繋がりかねないのだ」
鉱夫旅団のドワーフが尋ねるのにカザーレ大尉がそう答える。
カザーレ大尉は汎人類帝国の軍人である自分が、この東部占領地域にて魔王軍に発見された場合、魔王軍はグスタフ線を攻撃するだろうと見ていた。
「また俺たちの祖国は戦争の準備はできていないのか?」
鉱夫旅団のドワーフのその質問にカザーレ大尉は答えに詰まった。
そうだ。この東部占領地域でパルチザンを行っている人間としては、彼らの祖国ニザヴェッリルが自分たちを解放しに来るのを待っている。つまり、戦争は別に悲観すべき情報ではないのだと。
「まだだ。彼らは今の防衛線を守れるかも分からない。今はまだ待たなければならない。今戦争になれば魔王軍はさらに西に進んでしまうだろう」
「そうか……」
鉱夫旅団のドワーフたちは意気消沈した様子で、カザーレ大尉としても気の毒になるほどであった。彼らが生きている間に東部占領地域を解放することができればいいのだがと思ったのだった。
「北に向かうならば、俺たちが支援しよう。しかし、北に行った後のことは考えているのか? 北方海は今は静かなものだとは思うが……」
「何とかボートを確保して、グスタフ線に戻る。それしか方法はないんだ」
「分かった。いつ出発する?」
「可能な限り早く」
こうしてカザーレ大尉は鉱夫旅団に支援されて、北を目指すことに。
しかし、このとき後方の警戒に当たっていた警察軍が、墜落しているグリフォンと武器の収められたコンテナを発見。そこから国籍を掴むことはできなかったが、グリフォンを使用するのは三国同盟側で間違いない。
「少佐殿。足跡があります!」
「全員が墜落で死んだわけではない、と。ひとり逃げたな」
現場を調べていた警察軍の将校は墜落現場からカザーレ大尉が逃げたことを知った。
「ワーグを放て。追い詰めて捕らえるぞ。内務大臣閣下も興味を示されるだろう」
警察軍は軍用犬代わりのワーグというオオカミの一種を飼いならしており、そのワーグにカザーレ大尉の臭いを追わせて追跡を図った。
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