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エスポワール作戦

……………………


 ──エスポワール作戦



 1730年2月。


 汎人類帝国海外遠征軍はその巨体に似合ったトラブルを起こしていたが、彼らはちゃんと仕事を始めていた。


 動員されているのは情報将校と空軍の空中騎手。


 大型グリフォンに跨った空中騎手はニザヴェッリル西部はグスタフ線後方に作られて空軍基地を離陸し、真夜中に魔王軍との停戦ライン上空を通過した。


 魔王軍はその防空能力において致命的な問題を抱えていた。


 彼らは魔力探知機を運用していないのだ。


 魔力探知機がエルフ製であるということ。当然エルフィニアは魔王軍への禁輸処置を取っていること。そして魔族はこの手の魔術を使った製品を作ることを酷く苦手とすること。それらが運用を不可能にしていた。


 魔王軍の防空は哨戒飛行による目視で行われているが、当然それでは夜間には監視能力が大きく低下することは言うまでもない。


 汎人類帝国空軍はその夜を突いて密かに停戦ラインを超えた。これは当たり前ながら停戦協定違反である。


 しかし、大型グリフォンも、それに乗る空中騎手も、国籍を示すものは一切身に着けていない。空中騎手は軍服すら身に着けず、作業着姿であった。仮に魔王軍に目撃されたとしても、これが汎人類帝国によるものだという証拠はない。


 しかし、こんな偽装工作をし、停戦違反を冒してまでやろうとしていることは?


「そろそろ降下地点だ」


「了解」


 空中騎手に指示するのは帝国陸軍の情報将校で、彼は地図を見て、うっすらと見えるランドマークなどから場所を割り出していた。その指示に従って空中騎手が高度を緩やかに落とし始める。


 降下した先はまだ魔王軍が集団農場化していない田舎の村落で、地面に降りる前に周囲を旋回して魔王軍の有無を確認したのちに、大型グリフォンが着地。そこで下げていた()()()()が金属音を立てる。


「稲妻!」


 村落の方に向けて情報将校が叫ぶ。万が一に備えて拳銃を抜いて。


「閃光!」


 しかし、予定されていた安全を知らせる合言葉が返ってきたのに彼は安堵した。


「鉱夫旅団のシュトラッサーだ。ようこそ、ニザヴェッリルへ」


「汎人類帝国のものだ。事前に連絡した通りの物資を持ってきた。確認を」


「ありがとう」


 そう、汎人類帝国は密かにニザヴェッリル東部占領地域で活動するパルチザンに接触し、彼らを支援していたのである。


 エスポワール作戦。汎人類帝国による極秘のパルチザン支援作戦であり、同時に情報活動でもあった。


「物資は確認できた。改めて感謝する」


 汎人類帝国は武器弾薬、医薬品、食料などを鉱夫旅団を始めとするパルチザンに対して支援し、魔王軍への破壊活動を扇動していた。


「さて。これが魔王軍の鉄道の動きだ。全て記してある」


「こちらも情報に感謝する」


 同時に汎人類帝国は魔王軍のニザヴェッリル東部占領地域での動きをパルチザンたちから入手し、ニザヴェッリル軍が1726年に受けたような奇襲を、自分たちも受けることを回避しようとしていた。


 いわば物資と情報の取引。


 これによって当初物資不足でパルチザンは行動が縮小すると見ていた魔王国内務大臣メアリーの予想は外れた。パルチザンは密かに補給を受けて、その反魔王軍としての行動を継続し続けたのである。


「それでは次の補給は2週間後だ。それまで生き延びてくれ」


「ああ。やってやるさ」


 汎人類帝国陸軍の情報将校が敬礼を送り、鉱夫旅団のドワーフたちも返礼して彼らは分かれる。汎人類帝国側は再び夜の空に飛びあがって、今度は西のニザヴェッリル勢力圏へと帰還していった。


 このエスポワール作戦を魔王軍はまだ察知していなかった。疑り深く、用心深い彼らにしては珍しい見落としであった。


 もちろん汎人類帝国も提供する武器弾薬を第三国製のものやニザヴェッリル製のものにする程度は当然気をまわしたし、かつ飛行ルートも毎回変更した。


 それでも汎人類帝国にも工作員を忍び込ませている魔王軍ならば、汎人類帝国が得ている情報の方から逆算してパルチザン支援を導き出せそうなものであったが。


 その点において汎人類帝国は上手くやった。


 彼らは欺瞞作戦として無線傍受による新技術を宣伝したのだ。


『ヴォーカンソン工兵中将の『万能無線機』。これで敵の通信を完全に把握!』と・


 そうやって彼らは意図的に無線の傍受で情報を得ているという欺瞞情報を流し、魔王軍はそれに引っかかった。新技術云々は胡散臭かったが、無線以外に情報が漏れる原因を彼らは連想できなかった。


 実際には魔王軍の無線情報は汎人類帝国に傍受されておらず、魔王軍が周波数を変えたり、暗号化したりと必死に無線傍受対策をしても何の意味もなかったのだ。


 いや。何の意味もなかったわけではない。


 この無線傍受対策がのちのちに魔王軍の電子戦能力と暗号化能力を高め、それに汎人類帝国とエルフィニア、ニザヴェッリルは苦しめられることになるのだから。


「魔王軍の脅威状態はレベルC。平常の活動です」


 汎人類帝国海外遠征軍司令部で情報将校がそう報告。


 魔王軍の脅威状態は三段階に分けられていた。


 レベルC──ほぼ平時であり、差し迫った軍事行動は存在しない。


 レベルB──準戦時体制。魔王軍部隊は集結しつつあり、軍事行動は近い。


 レベルA──戦時。停戦協定は破棄され、魔王軍はグスタフ線に攻撃を開始。


 現在はレベルCが継続しており、問題はない。


「魔王軍は意外に条約や協定を守るものなのだな」


 報告を聞いた帝国海外遠征軍司令官であるクールベ大将がそう呟く。


 士官学校では魔王軍の歴史上行った卑劣な作戦や非人道的行為について教わるが、今の魔王軍は停戦協定を順守している。破っているのは汎人類帝国の側だ。


「油断はできません。いつ攻撃が行われてもおかしくはないと思わなければ」


「ああ。我々にできる警戒はしておこう」


 兵士たちを無意味に警戒態勢に置くことは彼らを疲弊させ、いざというときの対応能力を失わせる。だが、司令部が警戒するのは仕事のうちだ。


「引き続き情報収集を頼むぞ」


「はい、閣下」


 魔王軍に対する警戒は続いた。


 その間、同時に汎人類帝国とエルフィニア、そしてニザヴェッリルは合同演習を行うなどして、軍同士の意思決定の共有や指揮系統の一本化などを図り、警戒状態が戦争状態に代わる瞬間に備えた。


 魔王軍は今は酷く静かであった。


 今もグスタフ線からは魔王軍が作り上げたヴィオレット線が見える。ドワーフたちは戻れない故郷に悲しみを抱き、人類とエルフはあの線の向こう側にいる恐るべき魔王軍が攻め込んでくることを恐れた。


 猜疑と敵意が渦巻くふたつの要塞線が戦火を交えることは1730年にはなかった。


……………………

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