戦いののちに
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──戦いののちに
1729年6月。
「では、カッツェハイム停戦協定締結後のニザヴェッリル西部の情勢について報告いたします」
そう魔王軍の重鎮たちがそろった場で述べるのは、国家保安大臣のジェルジンスキーだ。彼はいつものように警察軍上級大将としての軍服を纏っている。
しかし、重鎮たちの顔ぶれにはいささかの変化が訪れていた。
まずスタハノフが失脚して姿を消した。彼はソロモンによって解任されたのちに国家保安省の将校に連れていかれ、そのまま行方知れずだ。
次に新しい五か年計画大臣及び産業省大臣として男吸血鬼のクズネツォフが席に座っている。やや痩せた体形をして、文民らしいスーツを纏い、絵にかいた官僚のように几帳面そうな見た目の吸血鬼だ。
そして、彼は政治的にメアリーに後援された技術官僚であり、内務大臣のメアリーが彼を推薦したのは同じ技術官僚である農林大臣グリューンへの対抗でもあった。
メアリーは自分が統治すべきニザヴェッリル東部占領地域に農場建設を銘打ってグリューンが介入してくることに腹を立てている。
ともあれ、今はジェルジンスキーの報告だ。
「ニザヴェッリル軍は停戦協定に従って動員を解除しましたが、密かに常設部隊の規模を増強しました。彼らは我々や汎人類帝国と同様に師団・旅団編成を基本単位に改めることで、それを隠しています」
連隊が基本単位であったニザヴェッリル陸軍は、その編制の上に師団・旅団を新たに設けることで魔王軍との間にあった差を埋めようとしていた。
「ニザヴェッリル陸軍は現在のグスタフ線において、これによって捻出した18個師団を展開させています。これは汎人類帝国やエルフィニア方面に兵力を展開せずともよくなったことも影響しているでしょう」
汎人類帝国とエルフィニアはこれまではニザヴェッリルの潜在的な脅威であったが、今やニザヴェッリルは彼らの支援なしには成り立たなくなり、彼らと敵対する贅沢などできなくなっている。
「さらにニザヴェッリルは汎人類帝国からの支援を受けて航空戦力の育成を開始しました。独立した軍ではなく、陸軍航空隊としているようですが試験的に汎人類帝国からグリフォンを導入したとの情報があります」
1726年5月13日から始まった第一次土魔戦争においては、空軍を有するのは魔王軍の側だけだった。しかし、その状況を変えようとニザヴェッリルは考えている。
「海軍においては現在ニザヴェッリルでは目立った再建の動きはありません。汎人類帝国から旧式の水雷艇などを少数導入し、沿岸監視を行っているだけです」
グレートドラゴンたるウィッテリウスの攻撃でニザヴェッリル海軍は全ての主力艦を喪失した。その打撃は今も響いている。
「ニザヴェッリルは立て直しに入っているようだが、聞く限りはそこまでの脅威とは言えない。問題は汎人類帝国とエルフィニアだろう」
「はい、陛下。汎人類帝国とエルフィニアは相次いでニザヴェッリルに遠征軍を派遣し、駐留させています。その規模はもはや当事者であるニザヴェッリル軍全体より大きくなっているほどです」
「述べよ」
ソロモンがそう説明をジェルジンスキーに促す。
「まずエルフィニアが義勇軍として7個旅団を派遣。エルフィニア義勇軍団としてニザヴェッリル首都ゾンネンブルク及びグスタフ線に展開しています」
エルフィニアは旅団編成を好む傾向にあった。彼らは基幹となる2個連隊に砲兵や工兵などを付けて諸兵科連合を編成している。
というのもエルフィニアは決して軍の規模で魔王軍を上回っているわけではない。広大な国土の反面、軍の規模は足りないほどである。エルフというものの種族の人口が少ないこともこれに影響していた。
そのためエルフィニアは機動力を重視しており、規模の大きく鈍足な師団より、旅団という動かしやすい単位を好んだのだ。
「7個旅団のうち2個旅団はエルフィニア外人部隊という精鋭です。エルフィニアがこれを国外に展開させるのは、彼らのことへの関心を示す指標になるかと」
「ニザヴェッリルの独立を尊重するというゾンネンブルク会談は、全くのペテンではないというわけか」
エルフィニアの人口が少ないゆえに軍の規模が小さいのは説明した通り。それを埋め合わせるべく編成されているのが、エルフィニア外人部隊である。
エルフ以外の人類やドワーフ、ノーム、はたまた魔王軍内での政治闘争に敗れて亡命した人狼などで編成される部隊だ。装備こそ旧式であることが多いが、練度は高く、エルフィニアの精鋭といえた。
同時にこの部隊は国土防衛よりも国外介入に使われることが多く、エルフィニアによって関心の高い紛争や魔王国への逆侵攻に使われてきた。
「また空軍においてもエルフィニア空軍から義勇空軍が派遣されています。規模は我が方の空軍の編成に換算して2個航空連隊です」
魔王空軍においての空軍の編成は大きなものから、航空艦隊、航空軍団、航空師団、航空連隊、航空大隊、航空中隊となる。
航空中隊にはレッサードラゴンなどの種族が12体を基本として配属され、航空大隊は航空中隊を3~4個含み、航空連隊は航空大隊を同じく3~4個、航空師団は航空連隊をやはり3~4個含んでいる。
魔王軍のそれは陸軍にも分かりやすい名前になっているが、汎人類帝国とエルフィニアはこれとは違う名称や編成が行われていた。
「続いて汎人類帝国ですが、エルフィニアより大規模です。彼らは20個師団を派遣。これは汎人類帝国は動員によって充足するカテゴリーII、カテゴリーIIIの全師団を含めた総数180個師団のうちから出されたものです」
汎人類帝国の軍の規模は魔王軍のそれに匹敵する。
何せ人類はゴブリンとオークに次いで繁殖力の高い種族だ。それでいて知性は人狼や吸血鬼並はあるという。彼らが西部一帯からドワーフやエルフを追い出して、今の汎人類帝国を作り上げたのは必然と言えよう。
とは言え魔王軍に至っては総動員をした場合、240個師団が動員可能である。
そう考えると20個師団など微々たるもののように思えるが、動員した兵力を前線に展開させ、さらにはそれに対する兵站線を維持し、補給を続けるというのは、あまりにも途方もない大事業となる。
「汎人類帝国は動員を行ったのか?」
「部分動員を実施しました。恐らくは兵員をローテーションさせて兵力を維持しつつも、経済への混乱を最小限に抑えるためでしょう」
動員は予備役となっている労働者を社会から引き抜き、戦争という非生産的な事業に従事させる行為だ。大規模にやっても、長期的にやっても経済に響く。
汎人類帝国は経済的混乱を避けるため最小限の動員を、個人においては短期間で実施することで労働者を可能な限り社会に残そうとしている。
「汎人類帝国はこれら20個師団のうち13個師団を帝国海外遠征軍レーテ軍団として編成し、グスタフ線に展開させました」
汎人類帝国とエルフィニアはジェルジンスキーが報告したように既にニザヴェッリル軍全体を上回る戦力をニザヴェッリルに展開させた。
あたかもニザヴェッリルでの戦争を魔王軍に望んでいるかのように。、
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