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消耗戦争

……………………


 ──消耗戦争



 1729年3月。


 警察軍の手によってニザヴェッリル国内軍は大打撃を受けた。


 だが、ニザヴェッリル国内軍の崩壊に合わせたように、次に現れた鉱夫旅団がより過激な攻撃を始め、占領地での治安は依然として安定していない。


 そんな中で魔王軍は前線での戦いを未だに続けていた。


 それを戦いと言えるかどうかは微妙だ。そのとき前線にいた魔族たちは、これを単なる挑発だと見ていたこともある。


 何故ならば魔王軍は整備された陣地から砲爆撃を行っていただけなのだ。


 1726年5月13日から始まり、1727年4月のアイゼンベルグ陥落までの戦争とは別に消耗戦争と呼ばれることもある戦争が始まっていた。


 魔王軍の狙いは常にニザヴェッリルに圧力をかけて、反撃を抑制しつつ、奪取したアイゼンベルグ=ドゥンケルブルク線の要塞化を進めること。


 ニザヴェッリル側は魔王軍の圧力に耐えながら、次の魔王軍の大攻勢に備えてグスタフ線と呼ばれる新しい要塞線を作ることが狙いだ。


「砲撃、砲撃だ! 伏せろ!」


 ニザヴェッリル側の要塞線工事が行われている場所に向けて魔王軍が散発的な砲撃を繰り返す。それは完全に敵を粉砕する魔王軍好みの鉄と炎の嵐ではなく、せいぜいつむじ風といったところだった。


 この奇妙な戦争を何とも疑問に感じる魔王軍の将兵は多かったが、これは魔王ソロモンの命令であった。


 彼はニザヴェッリルでの戦争に既に汎人類帝国とエルフィニアが様子見していることを国家保安省からの情報で確認していた。


「汎人類帝国とエルフィニアは軍事顧問団を密かにニザヴェッリル軍に派遣しております。汎人類帝国陸海空軍から12名、エルフィニア陸空軍から3名です」


「軍事顧問団か」


 ジェルジンスキーはソロモンに直接そう報告する。


 ジェルジンスキーとカーミラ、そしてソロモンだけの会議室で、ソロモンは何やら考え込んだように、ニザヴェッリルの地図を眺めていた。


「ニザヴェッリル東部占領地域においてパルチザンが再び活発化している」


 ソロモンはしばらくの沈黙の既にそう語り始めた。


「メアリーが言うには、いずれ補給のないパルチザンは弱体化し、無視できるものになるということだった。だから、そこまでの問題だとは思っていない。しかし、全く問題がないわけではないことは理解しているな、ジェルジンスキー」


「軍の兵站にとって障害になっているかと」


「そうだ。今の前線部隊は1726年のあの日のようには前進できない。物資が足りないのだ。あらゆる分野において」


 口調こそ忌々し気だったが、ソロモンの醜い顔に表情はない。


 魔王軍の兵站線はただでさえ伸び切っていた。


 ニザヴェッリルとの本来の国境からアイゼンベルグ=ドゥンケルブルク線まで700キロを超える距離を進軍し、占領してきたのだ。


 魔王軍がいくら近代化したとしても、鉄道を使っているとしても、自動車化せずにこれだけの距離の兵站線を維持すること難しい。


 大洪水作戦の際には空軍の輸送部隊も動員して必死に物資を前線に集めたという経緯がある。それでも大洪水作戦は辛うじて物資が足りたという程度であった。


 今は北方海ルートの海上兵站も魔王軍を支えているものの、やはり十分ではない。


「その軍事顧問団というは恐らく我々がいかに弱ったかを調べるためのものだ。そのために軍人たちを派遣した。そうだろう?」


「国家保安省も同様な分析です」


 この魔王軍の1728年から1729年の危機を、汎人類帝国とエルフィニアというハイエナは敏感にかぎつけていたようだ。


 彼らはこのタイミングになって、頑なに拒んでいた援軍ともいえる軍事顧問団をニザヴェッリル軍に派遣。彼らの指導に当たるという名目で展開している。


 だが、実際には汎人類帝国とエルフィニアは介入のタイミングを窺っているとみられていた。魔王軍数百万が敵地で立ち往生しているならば、それは恐るべき未知の敵などではなく、攻撃すべきカモである。


「ジェルジンスキー。エルフィニアとの国境警備を強化しろ。エルフィニアがこれを機に我々に殴りかかってくる可能性は皆無ではない。エルフどもは大勢が考えるより、冷血で、現実主義的だ」


「畏まりました、陛下」


「それから我々はニザヴェッリルとの和平を選択肢に入れる。これは既にカーミラには明かしてるが、次がお前だ」


 ソロモンが燃えるような赤い瞳でジェルジンスキーを見て言うのに、ジェルジンスキーは何も言わなかった。これは肯定しても、否定してもならないことだと察したのだ。


「軍内部で和平に反発する人間が出るかもしれん。そのときはお前の仕事だ」


「……はい、陛下」


「話は終わりだ」


 ソロモンは手を振り、ジェルジンスキーは退室。


「ジェルジンスキーは和平には反対しない。陛下はそう仰っていましたね」


「ああ。やつにとって戦争は自分たちが主役になる舞台ではないというだけだ。国家保安省は平時でこそ軍より活躍する。そう思っているだけだろう」


 カーミラが言うのにソロモンはそう返す。


「だが、軍は反発するだろう。平和ならば平和に文句を言う派閥がいて、戦時ならば戦争に文句を言う派閥がいる。それが政治というやつだ。相反する派閥間の利害調整というのがな」


 ソロモンはそう言い、椅子から腰を上げた。


「陸軍のシュヴァルツ上級大将を後で呼べ。陸軍には引き続き砲撃によってニザヴェッリルに対する圧力を与え、汎人類帝国とエルフィニアの介入を抑止する」


「はい、陛下」


「それから和平のために軍使を送る準備をさせろ。メアリーには外交団の編成を命じるので、メアリーはシュヴァルツ上級大将の後に宮殿に」


 こうして1729年は戦争の転換点となった。


 魔王軍は進軍を止めて消耗戦争に明け暮れ、その裏で密かに魔王軍はニザヴェッリルに軍使を送り、和平を申し出た。


 今日も砲撃は続く中で平和が語られる。


 魔王軍は建築に当たった工兵の司令官ヴィオレット中将の名を取ってヴィオレット線と言われる防衛戦を構築。レーテ川を防衛するように無数の火砲が配備され、最大で60万の地上戦力が張り付けられた。


 対するニザヴェッリル側もグスタフ線の構築を急ぎ、ドワーフ好みの鉄で作られた要塞線が、魔王軍による砲撃の妨害を受けながらも完成に近づいた。


 人々がこの要塞線を巡って次の戦争が起きるとそう考えていた時だ。


 1729年5月。


 ニザヴェッリル外務省は魔王軍から和平の打診を受けていることを公表。


 執政官テオドール・エッカルトもそれを認め、中立地帯となっているグスタフ線とヴィオレット線の間にあるカッツェハイムにして交渉が始まっているとした。


 カッツェハイムには魔王国内務省から派遣された人員とニザヴェッリル外務省から派遣された人員が実際に話し合いを始めていた。


 魔王軍とドワーフの戦争はその前触れがないままに終わろうとしている。


……………………

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