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アイゼンベルグ失陥

……………………


 ──アイゼンベルグ失陥



 シュヴァルツ上級大将の言う魔王軍の2本の牙は突き立てられた。


 アイゼンベルグ正面では魔王軍がじりじりと戦線を押し上げつつあり、アイゼンベルグ後方では魔王軍が次々に上陸し、第2戦線を開いている。


 ニザヴェッリル側にもはや予備戦力もなく、アイゼンベルグに固執すれば、このまま包囲殲滅の憂き目を見る状態にあった。


「アイゼンベルグを放棄する」


 後方から魔王軍が迫るのにアイゼンベルグを防衛するニザヴェッリル軍司令官フリードリヒ・フリッケ大将はそう決断した。


 司令部の設置されていたアイゼンベルグ市庁舎では、参謀たちがフリッケ大将の決断に驚愕の表情を浮かべていた。


「アイゼンベルグ=ドゥンケルブルク線は既に魔王軍のアイゼンベルグ湾上陸によって無意味なものとなった。この防衛線に固執することは、もはや百害あって一利なしである。よって段階的に我々は撤退を実行する」


「しかし、陸軍司令部からは何も……」


「ただ命令を待って、無意味に兵を死なせるわけにはいかないのだ。責任は私が全て取る。命令不服従で銃殺されてもいい。だが、ここにいる勇敢な兵たちは、ニザヴェッリルの明日ためにも生かしたい」


 参謀が言うように陸軍司令部からはアイゼンベルグの防衛命令が出たまま、それは撤回されていない。現場ですら何が起きたのか理解するのに時間がかかったのだ。後方の陸軍司令部も状況に混乱してるのは間違いなかった。


 現在、アイゼンベルグの防衛に当たっているのは12個連隊約3万6000名だ。


 何故連隊数で表記するのかといえば、ニザヴェッリルの最大にして基本の軍編制規模が連隊であり、彼らはまだ師団や旅団という上位の編成を行っていないからである。


 最初から諸兵科連合となっている魔王軍の師団・旅団編成と違って、ニザヴェッリル陸軍は複数の連隊を軍司令官の下で組み合わせて運用している。そのような迂遠で、旧時代的な兵力の運用方法も敗因のひとつであったかもしれない。


「閣下の意志を尊重いたします。撤退作戦の策定を行ってよろしいですか?」


「ああ。速やかに頼む」


 フリッケ大将の指揮下で撤退作戦が開始され、まずアイゼンベルグ市内のインフラの爆破が開始された。運河を渡る橋や運河から物資を揚陸するクレーンなどが爆破され始め、アイゼンベルグは魔王軍の砲撃以上の経済損害を出す。


「市民の避難を急げ!」


「助かる負傷者は見捨てるな! 連れていくんだ!」


 市内にあった全ての馬車が軍に徴発され、女子供や負傷者が乗せられて脱出を急ぐ。歩けるものは歩き、殿を務める部隊は徹底して魔王軍の進軍を妨害した。


 その大脱出ともいえる作戦が開始されたのを、魔王軍北方軍集団司令部も捉えていた。


「確かか?」


 ブラウ上級大将が怪訝そうにそう尋ねる。


「はい、閣下。敵はアイゼンベルグの放棄を決定した模様です。空軍の偵察飛行で脱出するニザヴェッリル軍の隊列が目撃されています」


「ヒメロペ軍団はまだ敵の後方連絡線を遮断できていない。が、もう数日で達成できていた。敵は運がよかったのか、あるいはこっちの動きを把握しているのか」


 アイゼンベルグ湾に上陸したヒメロペ軍団は橋頭保を確保したのちに、南進を開始し、アイゼンベルグに立て籠もるニザヴェッリル軍の後方連絡線遮断を目指して前進していた。ブラウ上級大将が言うようにあと数日で後方連絡線は切れた。


 だが、敵であるニザヴェッリル軍はそのギリギリに脱出を開始している。


「このまま逃がすのは我々の利益にならない。脱出する敵に対する爆撃を空軍に要請する。徹底的にやってほしい」


「はっ!」


 敗走するニザヴェッリル軍は空軍にとっていい目標のはずだ。彼らは隠れることもできずに街道を進んでいる。グレートドラゴンなど動員せずとも、レッサードラゴンが数体いれば皆殺しにできるかもしれない。


「さて、敵も去ったところで我々はアイゼンベルグを落とす。これで大洪水作戦の作戦目標は達成されるのだ」


 大洪水作戦の目標はアイゼンベルグ占領であり、アイゼンベルグが落ちればドゥンケルブルク攻撃も開始される。両都市が陥落すればアイゼンベルグ=ドゥンケルブルク線は魔王軍のものとなるのだ。


 そして、北方海からアイゼンベルグ湾を通じて、レーテ川という大きな運河が利用可能となり、兵站への負担は軽減される。


 こののち魔王軍によるアイゼンベルグ市内への攻撃が開始された。


 アイゼンベルグ市内に残っていた僅かなニザヴェッリル軍部隊が抵抗したが、それらはほぼ魔王軍に損害を与えることもできず、撃破されてしまった。


 かくしてアイゼンベルグは失陥。


 これまでの歴史上、一度も敵に落とされたことのなかった城塞都市は、魔王軍を前にニザヴェッリルから失われたのだった。


「魔王陛下万歳!」


「魔王陛下万歳!」


 無人のアイゼンベルグ市街地に魔族たちの万歳の声がこだましている。


 並行して脱出を試みたニザヴェッリル軍とアイゼンベルグ市民への、魔王空軍の爆撃も実施された。レッサードラゴン、ワイバーン、ファイアドレイクは執拗に撤退するドワーフたちを追撃して、屠り続けた。


 だが、ニザヴェッリル軍は途中で分散し、街道にこだわらずバラバラになって逃げたため、全滅することは避けられた。


 さて、ついにアイゼンベルグ=ドゥンケルブルク線を喪失したニザヴェッリル軍だったが、魔王軍が彼らを追撃することは難しかった。


 大洪水作戦でかなりの弾薬を消費し、さらには人員もすり潰した魔王軍には時間が必要であった。彼らはドゥンケルブルク攻略を最後に行ったのち、ニザヴェッリル軍と同様にアイゼンベルグ=ドゥンケルブルク線で守りを固めた。


 ニザヴェッリル軍に少しでも余力があれば、この魔王軍の危機を攻撃できたのだろうが、残念なことにニザヴェッリル軍にはもはやまともな戦力がなかった。


 そんな一連の戦闘で魔王軍もニザヴェッリル軍も立て直しが必要になった状態で、両軍の活動は停滞し、自然休戦状態が発生したのだった。


 1727年3月はそうやって終わり、新しい戦争に向けて魔王軍とニザヴェッリル軍は準備を始める。


 ニザヴェッリル軍は動員によって人員を補充し、アイゼンベルグ=ドゥンケルブルク戦よりやや後退した位置に新しい防衛線を構築し始めた。魔王軍に追撃する体力のないうちに可能な限り頑丈な要塞を作ろうとドワーフたちが汗を流す。


 魔王軍は言えば大量の火砲とそれを収める陣地の構築を開始し、ニザヴェッリル軍の動きに同調するように防御陣地構築にいそしんでいた。


 まるで両軍がともに前進する意志を喪失したかのような動き。


 これは王都バビロンで決定されたことであり、魔王ソロモンの命令であった。彼らはニザヴェッリル完全占領を諦めたわけではない。


 だが、それは今ではないということであった。


……………………

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