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女王の策謀

……………………


 ──女王の策謀



 汎人類帝国首相アンドレ・ボードワンとエルフィニア王国女王ケレブレスの会談は3時間に及んだ。


 両者ともに大陸共通語を使うことで通訳を挟まず、2名だけでの会談だ。


 会談が終わり、アルフヘイムを訪れていた新聞社に囲まれたアンドレは最初は会談は大成功だとばかりに笑みを浮かべていたが、馬車に乗って迎賓館に向かうと困惑しきった表情になっていた。


「カリエール大使を呼んでくれ」


 そして、迎賓館の部屋に通されるなり、アンドレは駐エルフィニア大使のフェルナン・カリエールを呼んだ。


「首相閣下。どうなさいましたか?」


「君はエルフィニア政府はゾンネンブルク会談に前向きだと報告していたが、どうも事情が違うようだぞ」


「と、申されますと?」


 アンドレの言葉にフェルナンはそう尋ねた。


「エルフィニア政府はニザヴェッリルを自分たちの防波堤にするつもりだ」


 そう、ケレブレスがアンドレに提案したのはそういうことであった。


 アンドレはニザヴェッリルのこれまで通りに独立国として扱い、あくまで汎人類帝国、ニザヴェッリル、そしてエルフィニアが肩を並べて同盟することを望んでいた。


 だが、エルフィニアはもっと利己的であった。


 このままニザヴェッリルが東部を失うのは避けられないとケレブレスは考えており、ニザヴェッリルは分断されると考えていた。


 それによって国力を大きく落としたニザヴェッリルはエルフィニアにとっても、汎人類帝国にとって対等なパートナーではなく、外交・安全保障の分野において格下の相手となるとも。


 そこでエルフィニアは汎人類帝国とは対等に手を結び、軍事同盟を締結しながらも、ニザヴェッリルに関しては分断を維持し、そこに魔王軍による侵略の重心を置かせ続けようと考えていたのだ。


 それはほとんどエルフィニアと汎人類帝国によるニザヴェッリルの政治的及び軍事的植民地化であった。


 アンドレがその女王ケレブレスの意見に異を唱えようとすると彼女はこういった。


『汎人類帝国にとっての我が国のようなものです』


 汎人類帝国も南部における魔王軍との緩衝地帯としてエルフィニアを扱っている節があることを、ケレブレスは知っていたのだ。


「女王はぞっとするほど恐ろしい現実主義者だ。だが、我々としても正直ニザヴェッリルに対する支援の在り方としてはこれがいいのかもしれない」


「しかし、もしこのことが外に漏れたら……」


「分かっている。私の政治信条からも外れるし、ゾンネンブルク会談前にこれが漏れたら魔王軍に我々の分断を誘われる。最悪、ニザヴェッリルが魔王軍側につく可能性すらあるだろう。ゾンネンブルク会談前ならば」


 実現すればゾンネンブルク会談は戦渦に巻き込まれた国の首都で行われる、劇的な印象を与える外交会談となる。


 ニザヴェッリルにとってはほしくてたまらなかった自国に対する諸外国の支援そのものに映るだろう。そこで彼らは自分たちの祖国に対する独立保証も汎人類帝国とエルフィニアに行わせることを狙うはずだ。


 それが行われてしまえば、今さらニザヴェッリルが魔王軍に加担する意味はない。


 そこで汎人類帝国とエルフィニアは独立を尊重するという声明を発表しつつも、ニザヴェッリルへ様々な要求を行う。


 両国の軍の駐留許可やその金銭的補助の約束及び駐留軍の地位協定の締結。ニザヴェッリルに対する一定の軍備の維持の求めと魔王軍との前線への戦力配置。


 これによって大規模な戦力をニザヴェッリルに駐留させつつ、ニザヴェッリルを魔王軍を引き付け続ける餌とする。そう、魔王軍はニザヴェッリルが東部奪還を目指す限り、兵力を撤退させられなくなるのだ。


 ドワーフたちには失われた東部奪還を扇動するだけでいい。ニザヴェッリルはそうやって東部の魔王軍を攻撃する意志を示し続け、静かで冷たい戦争を生み出し、決してそれを終わらせずにニザヴェッリルを巡る争いを続ける。魔王軍を巻き込んで。


 それによって本当に守られるのは?


 それは汎人類帝国、そしてエルフィニアだ。


 彼らは自国の国土を戦場とすることなく、魔王軍の戦力を漸減できる。


「女王の考えは悪魔的ですらある。しかし、我々はもはや友愛を謳うだけでは平和は手にできないのだ。我々が手を結ぶには遅すぎた……」


 もッと早くアンドレが友好条約に締結に成功し、テオドールが目指した3か国同盟へ向けて動いれば。それならば今頃はニザヴェッリルを汎人類帝国とエルフィニアが対等な立場の友好国として支援していただろう。


 しかし、外交の遅れは魔王軍の侵攻を招き、もう取り戻しようのない状況になってしまった。ニザヴェッリルは自分たちが同盟に値する国家だということを証明できず、エルフィニアもニザヴェッリルを認めなくなってしまった。


「このことは十分に秘匿してくれ。ゾンネンブルク会談までは」


「畏まりました、閣下」


 こうして汎人類帝国とエルフィニアによる同盟は締結に向かったが、その反面ニザヴェッリルについては非情な決定が下されることに。


 ただ、アンドレとケレブレスはゾンネンブルク会談の実現に向けての共同声明を発表し、ニザヴェッリル政府はそのことに喜びを示した。何も知らないニザヴェッリルの反応を見たアンドレの気分は重かったが。


 この後、アンドレに続いて訪れた汎人類帝国の外務大臣エリザベト・ルヴェリエとエルフィニアの外務大臣ティリオンに、ニザヴェッリルの駐エルフィニア大使オスカー・フレーベルを交えた三者協議が行われゾンネンブルク会談に向けてまた進む。


「重要なのは」


 エルフィニア王国王都アルフヘイムの高級ホテルの一室でエリザベトが告げる。


「我々がゾンネンブルクで会談を開こうとしていることを決して魔王軍に知られてはならないということです。防諜の面でしっかりとした対策をしなければ、容易に魔王軍によって会談は妨害されるでしょう」


 魔王軍は既にグレートドラゴンならばゾンネンブルクを爆撃可能であった。もし、ゾンネンブルクに汎人類帝国やエルフィニアの外相が集まるということを察知されれば、爆撃によって妨害されかねない。


「ゾンネンブルクでの会談にこだわる必要ないのでは? ローランドやアルフヘイムで行っても、メッセージとして伝わるでしょう」


 そう述べるのはティリオンだ。彼は戦渦に巻き込まれているゾンネンブルクにわざわざ赴くことを疑問に感じていた。


「いいえ。ゾンネンブルクで会談を開くからこそ意味があるのです。我々がニザヴェッリルを絶対に見捨てないという強い意志を見せるためにも。魔王軍にこれぐらいやらなければ意図は伝わりません」


「我々は安全対策に万全を期すつもりです」


 エリザベトとオスカーがそれぞれそう告げる。


「分かりました。おふたりがそこまで言うのであれば、開催地はやはりゾンネンブルクといたしましょう。しかし、防諜面で問題が起きれば、開催地の変更を」


「ええ。もちろんです」


 そして、ゾンネンブルクでの外相会談は決定した。


……………………

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