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エルフたちの思惑

……………………


 ──エルフたちの思惑



 1726年11月。


「まさか女王自らが首相と会談していただけるとは」


 汎人類帝国の駐エルフィニア大使フェルナン・カリエールは喜びを口にしながらも、その表情はやや困惑したものであった。


 彼は40代のベテラン外交官で、エルフの文化にも詳しく、何より交渉が上手い男であったため、今の大使という地位を得ていた。


「女王陛下は事態を憂慮しておられるのです」


 そう告げるのはエルフィニアの外務大臣ティリオンで、彼はエルフにしては社交的なその性格から今の地位にある。


 ほとんどのエルフの高官たちがそうであるように1000歳を超える彼も、年齢を感じさせるものは全くない。文句なしの美男子であり、エルフと思い描いて浮かぶエルフそのものであった。


「ええ。我々の首相も同様です。ところで、ゾンネンブルク会談のことは前向き検討していただけていますかな?」


「まずはアルフヘイムにて会談を。ゾンネンブルクはその次です」


「そうですか」


 そこまでドワーフが嫌いかとフェルナンは内心で思った。


 というよりも、エルフの病的なプライドが原因かも知れないとフェルナンは考え直した。まずは人類がエルフの女王に跪いて許しを得て、女王の慈悲で高潔なエルフがドワーフたちを助けに向かう。


 ああ。そう見えると言っても異論はないだろうさ、とフェルナン。


 だが、実際にこのゲームを操っているのはエルフィニアではないし、我らが祖国である汎人類帝国ですらない。全ては魔王軍のご機嫌次第なんだぜ、と彼は思っていた。


 エルフィニアは1726年4月までの魔王軍の圧力──その実は壮大なる欺瞞作戦──を前に、密かに汎人類帝国のボードワン政権に接触し、莫大な規模の軍需物資の購入などの交渉を持ち掛けていた。


 その相手がハト派のアンドレ・ボードワンだったからよかったものの、これが統一党内のタカ派だったならば『エルフィニアは弱った。今やエルフたちは人類に助けを乞うている』として足元を見ただろう。


 今もエルフィニアとの交渉は続いてるが、魔王軍がエルフィニアではなくニザヴェッリルが目的だったと分かるにつれて、エルフたちは強気になっている。当初の弱り切った様子はもう欠片もない。


「カリエール大使。あなたが何を思っているかは分かっているつもりだ。私は他のエルフたちと違って狭い森の中で偏見とともに育ったわけではない。外国を旅し、言語を覚え、彼らの文化を学んできた」


 そこでフェルナンの気持ちを察したかのようにティリオンが告げる。


「世界には様々な文化があり、その文化は統治のために必要とされているものだ。我々がどうして常に居丈高に振る舞うのか疑問だろう」


「そのようなことは……」


「気にしなくていい。あなたがそれを必死に表に出さないよう努力しているのは分かっている。だが、農業の才はなく、工業に嫌悪を示す我々が得意とするのは魔術だけ。その魔術から神秘が失われたとき、我々は滅ぶ」


 ティリオンは他のエルフと違って危機感を覚えていた。


 エルフがその傲慢さゆえに外交的に孤立することを。外国の文化や知識に興味を示さずに遅れていくことを。それによって魔王軍に踏み躙られることを。


「女王の統治は長く、これまで続き、これからも続く。その統治の上においても我々はエルフであることに過剰なまでの誇りを持ち、それでいて外の存在に対して謎めいていなければならないのだ」


 よくぞここまで心情を明かしてくれたと思うほどティリオンは率直だった。


「幸いエルフの中でも若者たちは改革を望んでいる。海軍志願しているようなものたちは外に興味を持ち、外から学ぶことに意欲的だ。我々エルフのイメージもあと500年もあれば変化するに違いない」


「分かりました。我々としては500年後も友好が続くことを望みます。私の遠い子孫が、私と同じようにこの美しいアルフヘイムに外交官として訪れることができることを」


「ああ。私もあなたの子孫と会うのが楽しみだ」


 海軍は汎人類帝国から艦艇を購入し、運用している。人類が作った鋼鉄の船に乗ることを老人たちは拒んだが、若者たちは冒険を望んで志願している。


 変革は少しずつ起きている。このあっまエルフが魔術依存の経済から脱却し、女王ケレブレスによる長い統治が終わった時には、エルフたちは昔のような傲慢さを持つ必要がなくなるだろう。


 それから汎人類帝国外務省とエルフィニア外務省は外交プロトコルの確認などを行い、精力的に首相アンドレと女王ケレブレスの会談に向けて動いた。


 この会談は通常の会談より面倒なものであった。


 というのも、首相アンドレは外交的な立ち位置としては汎人類帝国における2番目であり、女王ケレブレスはエルフィニアにおける1番と食い違っているのだ。


 この外交的な地位の違いは席順から祝砲の数まで様々なものに影響し、もちろん国民感情にも影響を及ぼす無視できないものだ。


 女王ケレブレスと同等となるのは汎人類帝国皇帝であるルイ=オーギュストとなるが、汎人類帝国史において皇帝が外交のために国を出たことはない。


 皇帝は人類統一という不可能を実現した英傑の血筋であり、汎人類帝国においては神のような存在。それを政府の要請で外交に出すなど恐れ多いにもほどがある。宮内省や保守派からの猛反発は必須だ。


 そして、これまで女王ケレブレスが外国の首相を出迎えたということもなく、両国外務省は頭を悩ませたのち、汎人類帝国が譲歩して『首相アンドレによる女王ケレブレスへの謁見』という形を取ることになった。


 アンドレは11月中旬に鉄道でエルフィニアに向かい、同国王都アルフヘイムを訪れた最初の汎人類帝国首相となった。


「ようこそ、ボードワン首相閣下」


「歓迎に感謝します、ティリオン外相」


 この会談は最初から友好的にスタートした。


 そもそもこれは会談のための会談だ。アンドレの本当の狙いはゾンネンブルクにおける3か国会談であり、ニザヴェッリル支援の確約と魔王軍への外交圧力であった。


 既に大使のフェルナンからはエルフィニアにはゾンネンブルク会談に前向きとの情報は得ている。後はケレブレスから言質を取り、実行を確かなものにするだけだ。


 ケレブレスへの謁見は当然彼女の宮殿で行われ、馬車でアンドレは移動する。


 アルフヘイムは美しい都市だ。緑が豊かで、建物は古風ながら荘厳。計画都市にはない歴史を感じさせる都であった。


 その中心部にある宮殿はさらに素晴らしく、真珠のように真っ白で、神々が祀られた古代の神殿のように美しい建物だ。


「こちらへ、首相閣下。女王陛下はすぐに謁見に応じられます」


「ありがとうございます」


 アンドレは初めてアルフヘイムを訪れた首相となり、そして初めてエルフの女王に謁見する首相となるのだ。


 アンドレは謁見の間に無事に通され、そこで女王ケレブレスを待つ。


「ようこそ、アンドレ・ボードワン首相」


 そして、ケレブレスがその姿を見せた。


……………………

本日の更新はこれで終了です。


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