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それに手を差し伸べるものは

……………………


 ──それに手を差し伸べるものは



 1726年8月。


 首都ゾンネンブルクは大混乱だった。


「マスケットからゆりかごへ!」


「戦争反対!」


 ゾンネンブルク中央のヒンデンブルク広場では、今も平和集会が開かれており、多数の警官が動員されて集会が暴動にならぬよう見張られている。


 ヒンデンブルク広場から上がるシュプレヒコールは、執政官官邸にまで響いていた。


「このままでは『マスケットから棺桶へ』となりそうですな」


 そう皮肉気に言うのは陸軍司令官のギュンター・ルントシュテット元帥で、この老齢のドワーフと新しく執政官に就任したテオドール・エッカルトの何ともしがたい不仲は誰もが噂していた。


「皮肉を言っている暇があるならば、状況を好転させたまえ、元帥」


「失礼、大臣」


 国防大臣のヘルムート・ブルクミュラーが叱責するのにルントシュテット元帥はそう言って謝罪。


「しかしながら、現状もはや東部は救いようがありません。我々は一度アイゼンベルグまで完全撤退するしかないという現状は変えようがないのです。まして、首都では革命騒ぎが随分と不穏になっていますからな」


 ニザヴェッリル陸軍総司令部は以下のような提案をテオドールに行っていた。


 東部はアイゼンベルグ=ドゥンケルブルク線となるレーテ川まで撤退。それ以東は一切を放棄し、橋やトンネルなどの一切のインフラを破壊する。


 また西部方面軍、北部方面軍、南部方面軍から部隊を抽出して投入し、レーテ川での防衛線を強化し、持ちこたえる。


 現段階で東部奪還は事実上不可能。


「首都の()()を武力で鎮圧することはできない。そんなことをすれば、ますます市民からの戦争への理解を失う」


「何を馬鹿な。あの()()のせいで西部から軍を機動させるのが大きく遅れたのですぞ。そのせいでどれだけの陸軍将兵が犠牲になったか。あの売国奴どもは全員拘束して懲罰兵として前線に送り込むべきですな!」


「我が国は民主主義国家だということを忘れないでもらおう!」


「民主主義はいつから子供の我がままを許す口実になったのか!」


 テオドールは現状、東部放棄には反対していた。彼は奪還は望めるとして、陸軍に可能な限りの遅滞戦闘を求めていた。そこで生じる犠牲は覚悟の上で。


 東部にはニザヴェッリルでも有数の鉱山が複数あり、それらを喪失することはニザヴェッリル経済に大きな打撃となる。もちろん、そこで働いている勤勉な市民たちを失うこともだ。彼らは選挙でテオドールを支持してくれた。


 その点においてテオドールとルントシュテット元帥は対立している。


「執政官閣下。カウフマン外務大臣がいらっしゃいました」


「通してくれ」


 ここで外務大臣のハンス・カウフマンが姿を見せる。


「いいニュースがあると言ってくれ、ハンス」


「残念ですが……」


 テオドールがすがるように言うが、ハンスは首を横に振る。


「エルフィニアは我々への支援を拒否しました。魔王軍がエルフィニアに対して開戦する口実になるとして。それがエルフィニア大使が本国に問い合わせて、受け取った回答であると……」


「見たことか。エルフなど信頼できる相手ではなかったのだ。今にこの混乱に乗じて我々の領土に踏み入ってくるだろう」


 ハンスの報告にルントシュテット元帥はそう言って鼻を鳴らす。


「しかし、我々との国境線にいる軍部隊については決して増強しないと確約を」


「いい知らせだ。南部方面軍をこれで動かせるぞ。そうだな、元帥?」


 続いての報告にヘルムートが頷き、不満そうなルントシュテット元帥を見た。


「汎人類帝国についてはどうなのだ?」


「彼らは我々に軍事物資の支援を行うと約束してくれました」


「……物資だけか? 援軍は?」


 汎人類帝国はまだニザヴェッリルを見捨てないと思われていた。ニザヴェッリルが陥落すれば、汎人類帝国は魔王軍との緩衝地帯を失うのだから。


「今も要請はしていますが、かの国も国内で派兵反対の声があるらしく、難しいと。それに我々が現状全く勝算が存在しないことも恐らくは理由になっているかと」


「何たることだ……」


 選挙前にテオドールが訴えていたのはニザヴェッリル、エルフィニア、汎人類帝国で同盟を組んで、魔王軍を共通の敵に安全保障や経済面で交流を深め、集団安全保障による防衛政策を取ることだった。


 だが、現実はテオドールが求めていたものを全て否定した。


 エルフィニアでは女王ケレブレスが未だにドワーフたちに強い猜疑の念を抱いていること。汎人類帝国では国内で戦争に反対する世論が盛り上がっていること。それらがニザヴェッリル救援を阻んでいた。


「執政官閣下。諦めずに粘り強く外交を進めましょう。きっとそれで道は開けるはずです。今は支援に後ろ向きなエルフィニアも、物資支援は約束してくれた汎人類帝国も、交渉を続ければ進展はきっとあるはずですから」


「そうだな。そうだな、ハンス。まだ諦めるには早い。だが、我々の側もひな鳥のように口を開けて支援を待つのではなく、自らの手で支援に値することを示す勝利を得なければならない」


 ハンスが言うのにテオドールがそう言ってルントシュテット元帥を見た。


「ルントシュテット元帥。どのような形でもいいので、魔王軍に一度勝利してもらいたい。戦局に対して影響ない戦術的な勝利でもいいのだ。宣伝できるだけの勝利を得てくれ。そうすれば東部の放棄も認める」


「分かりました。努力しましょう」


 ルントシュテット元帥もハト派のテオドールは好まずとも、このニザヴェッリルを愛している。この国が滅亡することは決して望んでいない。


「ハンス。君は引き続き外交攻勢を。使えるコネは全て使ってくれ」


「はい、執政官閣下」


 ハンスもテオドールの指示に頷く。


「ヘルムート。数日以内に動員を発令する。その準備を」


「動員ですか? しかし、今の状況では逆に混乱が生じる可能性も……」


 多くの国の軍隊がそうであるように、ニザヴェッリルも予備役及び徴募兵の動員によって国防を行うことを想定していた。


 しかし、動員は計画的に行わなければ、動員によって労働力が引き抜かれることで生産力が著しく低下したり、政治的な反発、厭戦感情の蔓延などを呼び込み、混乱が生じることがある。


 まして、今は魔王軍に大敗を喫し、国が傾きかけているうえに、首都では反戦集会が開かれている。ここで動員が受け入れられるのかは分からない。


「国家存亡の危機だ。首都の平和集会も解散を命じる」


「分かりました。ただちに動員令の発令に備えて準備を進めます」


「頼むぞ」


 この後、ニザヴェッリル政府は平和集会に国家非常事態に基づく国家緊急権を以てして解散を命じ、同時に首都に戒厳令を布告した。


 平和集会の主催者たちはこれに反発し、解散命令を拒否。政府は警察を動員して強制的に解散させ、解散を拒否した主催者たちを拘束した。


 そして、動員令が発令され、予備役になっていた市民たちが軍隊に動員されていく。


……………………

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