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空中突撃

……………………


 ──空中突撃



 魔王空軍は航空戦力の他に地上戦力を保有している。


 空軍が地上軍を有しているというのは何とも奇妙な話だが、今の魔王軍ではソロモンから特別に配慮されている空軍が政治力的に陸軍を上回っているが故にだ。


 魔王空軍が保有する地上戦力は空中突撃部隊というもので、空中輸送に従事する大型ワイバーンを利用して地上軍を輸送するという空中機動を行う部隊だ。


 魔王空軍は保有する7個の空中突撃師団のうち第1、第2、第3空中突撃師団をこのニザヴェッリルとの戦争に投入していた。


 北方軍集団司令官ブラウ上級大将の要請を受けて、この3個空中突撃師団はニザヴェッリル陸軍の撤退を阻止すべく行動を開始。


「乗り込め、乗り込め!」


 魔王陸軍とは違うオリーヴ色の戦闘服に身を纏った人狼の指揮する部隊が空中機動のためにワイバーンに乗り込む。


 レッサードラゴンに匹敵する大きさの大型ワイバーンは鉄の箱を下げており、小銃弾程度ならば防ぐ強度のそれに空中突撃師団の将兵は乗り込み、そのまま文字通り空を突撃するのである。


 また人員を運ばないワイバーンも火砲などを下げて移動することで、敵地後方で単独で戦闘を行う空中突撃師団の戦闘力を増強させていた。


『第1空中突撃師団、作戦開始、作戦開始!』


 レッサードラゴンの空中援護に守られ、大型ワイバーンたちが一斉に後方の空軍基地を離陸し、西にある降下地点を目指して飛行。


 完全な航空優勢を有する魔王軍のこの動きをニザヴェッリルにはどうすることもできず、空中突撃部隊は撤退を行うニザヴェッリル軍の後方に向けて機動した。


 そう、ニザヴェッリル軍が防衛予定地点としているヴィンターシュミート=ズューデンバッハ線の後方に向けて。


 北にヴィンターシュミートから南のズューデンバッハに至るまでの線には、古い城塞がある他に西部と東部を結ぶトンネルなどが多数存在している。またニザヴェッリルの主要な運河であるレーテ川の支流も存在する。


 ニザヴェッリル軍の放棄した東部から避難する住民たちも最終的な目的地はこのヴィンターシュミート=ズューデンバッハ線の後方だ。


 そのニザヴェッリル軍の希望が託されている防衛線の後方に向けて魔王空軍空中突撃部隊は機動し、大型ワイバーンたちが一斉に降下を開始した。


『降下、降下、降下!』


 レッサードラゴンの援護を受けた大型ワイバーンたちは編隊を組んだまま降下していき、地上から数メートルの地点でホバリングする。それから鉄の箱の扉が開かれるとそこからロープを使って一斉に魔族たちが地上に向けて滑り降りた。


 このファストロープ降下によって魔王軍空中突撃部隊は素早い展開力を有している。


「降下した部隊はすぐに展開しろ! 急げ、急げ!」


 師団規模の空中突撃によって魔王軍はニザヴェッリル軍が撤退を目指すヴィンターシュミート=ズューデンバッハ線後方を制圧した。


 まさに無人の野を駆けるがごとく、魔王軍は後方に展開していき、橋やトンネルを制圧しながら都市や村々を押さえていく。


 ニザヴェッリル側で抵抗するのはせいぜい拳銃程度の武装しかない警官ぐらいで、完全武装の魔王軍を前にしては抵抗はないも同然であった。そこにはまだニザヴェッリル軍は到達しておらず、魔王軍の行動を妨げる存在はない。


 これによってニザヴェッリル軍の撤退計画は破綻を始める。


「ノイベルク中将閣下。斥候が戻りましたが、ヴィンターシュミート=ズューデンバッハ線には既に魔王軍が存在すると……」


「遅かったか。クソ、どうしたものか……」


 避難民を連れて撤退中のハイマン・ノイベルク中将の部隊は、もっともヴィンターシュミート=ズューデンバッハ線に近い位置まで撤退していた。しかし、それでも魔王軍空中突撃部隊による後方の制圧に追いつかなかった。


 ノイベルク中将も既に数回に及ぶ戦闘に参加しており、小銃を右肩に下げ、血のにじむ包帯を巻いた両手で参謀たちと地図を広げていた。


「どうにかして下がらなければ、このままだと挟み撃ちだぞ。もう一度斥候に穴を探させろ。敵の守りが薄い場所を強行突破する。地元の警官などがいたら抜け道などがないか聞いてみるんだ」


「了解」


 軍人だけならばここで戦って玉砕してもいいかもしれないが、彼らは民間人を抱えている。彼らに死ねというわけにはいかない。


 ノイベルク中将の部隊は撤退のための活路を探った。


 その結果、魔王軍がレーテ川支流にあるボートを押さえていないことが分かり、ノイベルク中将たちはボートでの渡河と撤退を試みることに。


 深夜になるのを待って、ノイベルク中将たちは静かに動き出し、ボートにまずは斥候を乗せて対岸に送り出す。


「どうだ?」


「見えました。斥候からの合図です。対岸に敵はおらず……!」


 斥候はランタンの明かりを振ってノイベルク中将たちに対岸に敵はいないことを知らせた。魔王軍はここを経由して撤退することを想定していない。


「いいぞ。このまま撤退を決行する。まずは市民からだ」


 ノイベルク中将たちは静かに、だが迅速にボートを使って市民と兵士を対岸に渡す。まずは市民、次に助かる可能性のある負傷者、その次にまだ戦える将兵。助かりそうにない負傷者はここで将校がその義務を果たした。楽にしてやったのだ。


 この撤退はまだ魔王軍に気づかれていなかった。というのも、偶然にも別の場所で夜に紛れて突破しようと交戦状態に陥ったニザヴェッリル軍部隊がいるからだ。魔王軍はそちらが組織的な突破だと誤認した。


 実際にはそちらは一部部隊が独断で起こした行動だったのだが、結果的に本命となるだろうノイベルク中将の撤退を支援することになった。


 魔王軍に気づかれずヴィンターシュミート=ズューデンバッハ線を越えたノイベルク中将たちはさらに西部に撤退することに成功。そのまま東部の主要都市であるアイゼンベルグへと逃げ込んだ。


 しかしながら、他の部隊はそこまでの幸運に恵まれず、ヴィンターシュミート=ズューデンバッハ線を越えられずに玉砕していった。


 また北の大都市ヴィンターシュミート沖合では魔王海軍北方艦隊から装甲巡洋艦4隻を主力とする艦隊が出現し、魔王空軍の確保した航空援護の下で行動を開始した。


 北の海を守るニザヴェッリル海軍第2艦隊がその迎撃に向かう。その艦隊は戦艦2隻と装甲巡洋艦4隻であり、魔王海軍のそれを有力であったが──。


「上空にドラゴン多数! あれは……!?」


「グ、グレートドラゴン……!」


 魔王空軍第3航空艦隊に唯一配備されていたグレートドラゴン──ウィテッリウスが飛来したのだ。以前、エルフィニアの領空を侵犯したグレートドラゴンとほぼ同じ大きさのそれはニザヴェッリル海軍に襲い掛かった。


「対空射撃、対空射撃!」


 あらゆる艦艇のあらゆる火砲がウィッテリウスを狙うも、魔術障壁を前には戦艦の主砲だろうと意味はない。


 ウィッテリウスからの反撃はすぐに訪れた。


 魔術によって生み出された真っ赤な熱線は戦艦を一瞬で蒸発させて、その周囲の海水すらも蒸発させていき、海は引き裂かれた。


 ぐつぐつと煮えたぎる海水の中で茹で殺された魚が大量に浮かび、ニザヴェッリル海軍第2艦隊はその腐臭のする海で壊滅した。生存者など望みようもなかった。


 魔王海軍は陸軍の上陸部隊をヴィンターシュミートに揚陸して都市を占領。


 海路を経由した兵站線がここに確立された。


……………………

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