第501重装地竜小隊
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──第501重装地竜小隊
ゴルト中尉の指揮する部隊は一種の実験部隊であった。
本来ならばもっと実験と検証、訓練と教育を行うべきところを、魔王ソロモンの『現場で試せ』との一言で前線送りになった経緯がある。
「愛しいワームども。またその不細工な顔が見れて嬉しいぞ」
ゴルト中尉がそう言うのはワーム──すなわち大蛇である。またの名を地竜とも呼ばれ、ゴルト中尉の指揮する部隊の名前はこの地竜の方を取っている。
翼がなく、手足もなく、地上で暮らし、海で暮らしているものでもない。魔王軍ではそれらをワームと呼称していた。
大きさは頭から尻尾までが列車4両分というところで、80メートルほど。太さも列車ほどはある。固い鱗に覆われており、強力なブレスを吐くほか、驚異的な回復力を有することで知られている。
第501重装地竜小隊。
ゴルト中尉が指揮するこの部隊には、そのようなワームが5体配備されていた。
いや、ただ配備されているだけではない。そのとても頑丈な鱗の上に、さらに分厚い鋼板からなる甲冑が全身に着けられており、まさに重装であった。
「今のところ、損害はゼロですね」
「ああ。こいつらは地獄の悪魔みたいにタフだ。砲弾の直撃を受けても傷ひとつなく、どんなバリケードだって乗り越えて破壊していく。あのドワーフどもの驚いた顔と来たら傑作だったな!」
「しかし、我々の想定した運用方法からはかなり隔絶をしているようですが……」
「うん。それは仕方がない。戦地においては臨機応変だ」
当初の第501重装地竜小隊の役割は歩兵の突破の援護であった。
塹壕や要塞。そういうものを突破する際に、歩兵の盾となり、道を切り開く。特に塹壕陣地の踏破能力は既にいくつもの実験でお墨付きが出ていた。
しかし、後方の将軍たちと違って手札が少ない前線指揮官は、限られた手札により以上を求める傾向にある。ゴルト中尉もそうだったし、彼に命令を下した狙撃兵大隊大隊長の少佐もそうだった。
『ゴルト中尉。敵を追撃しろ。ワームの速力なら敵の後方に回り込める』
『歩兵の援護はどうなるのですか、少佐殿。我々だけで向かえと?』
『1個歩兵小隊、お前に付けてやる。行ってこい!』
そうして、1個歩兵小隊30名が随伴し、第501重装地竜小隊は友軍に先んじて前進し、撤退するニザヴェッリル陸軍を追撃することに。
30名の歩兵のほとんどはゴブリンとオークで、ゴルト中尉は彼らをワームの装甲に捕まらせ、そのまま敵の後方に回り込んだのである。
「ワームの外装に歩兵を乗せて運ぶというのは、これまでの実験では上手くいかなかったのですが……」
「確かにな。あんな防護もない状態で砲撃などを受ければ纏まってしまっている歩兵は壊滅だ。だが、速度があれば割とどうにでもなるな。素早さに勝る装甲なし、だ」
ゴルト中尉たちはワームを陣地を突破するための破城槌として利用することを計画し続けてきたが、実際には戦場のタクシーとしての運用も行われていたわけだ。
何せワームは装甲を付けてもその速度はバイコーンのそれを上回る。障害物もものともせず進むワームに乗っていれば、戦場を騎兵より素早く移動できるのだ。
そんなワームにも弱点はある。それは頭がそこまでよくないことだ。
ワームの知能というのはゴブリン程度でいくら教育しても人狼や吸血鬼ほど賢くはならない。だから、それを指揮する人間が別に必要になってくる。その指揮を担うのがゴルト中尉たちなのだ。
「前進を再開する。このまま敵の背後に回り込んで撤退を妨害したい」
「友軍と離れすぎているのが懸念材料ですが、大丈夫でしょうか?」
「友軍は全軍が勢いよく前進しているし、敵にはもはや俺たちを防ぐ術はない。むしろ、こっちは友軍に追いかけられているという具合だ」
「了解です、小隊長殿」
そして、ワーム5体と1個歩兵歩兵小隊からなるゴルト中尉の部隊は前進準備に。
「前進、前進!」
他の兵士同様にゴルト中尉もワームの外装を掴んで指示を出す。無線機はワームの外装の中だったが、指揮官のゴルト中尉は外だ。
ワームはゴルト中尉たちの命令を受けて前進を開始する。騎兵突撃のごとき勢いを出して、全ての障害物を踏みにじってワームは前進する。
このときニザヴェッリル陸軍東部方面軍には北部の大都市ヴィンターシュミートから南部の都市ズューデンバッハに撤退していた。このヴィンターシュミート=ズューデンバッハ線で魔王軍を食い止め、西部からの援軍を待つのだ。
ゴルト中尉の部隊は小規模ながら、この撤退戦に食らい付いていた。
まだ一切機械化されておらず、進軍速度が限定的な一般的な魔王陸軍部隊では撤退する敵を完全に追撃殲滅するのは難しいのだ。さらに彼らは火砲を強引に前線に押し上げるために進軍速度を落としている。
なので、唯一騎兵並みの速度で敵地を進み、蹂躙する第501重装地竜小隊は魔王陸軍の中で唯一敵に食らいついたまま前進できる部隊であった。
「前方に敵陣地です!」
「歩兵は降りろ! ワームは突っ込め!」
「了解!」
ニザヴェッリル陸軍の小部隊が友軍が撤退するために必要なトンネルを守っている場所にゴルト中尉たちは到達。
随伴歩兵たちはワームから飛び降りて散開し、ワームはそのまま陣地に向けて突撃を決行した。随伴歩兵たちが小銃で射撃し、ワームがブレスを放って攻撃する。
それに対してニザヴェッリル陸軍の小部隊は火砲の直接射撃でワームを狙った。口径75ミリに山砲が火を噴き、榴弾をワームに叩きつける。
「ははっ! その程度、俺のワームどもに効果はないぞ!」
ゴルト中尉が笑うようにワームは山砲の砲撃をものともせず突撃し、そのままドワーフたちを蹂躙した。踏み躙られたドワーフたちが肉の塊になるのには10秒もかからず、ワームたちは完全に陣地を制圧したのだ。、
「うむ。これで友軍の進軍も早まるだろう。引き続き敵を追撃するぞ」
「了解」
とにかく前へ、前へ。重装地竜小隊は前進を続けた。
この神出鬼没な小部隊はニザヴェッリル陸軍の撤退戦を撹乱し、彼らの撤退を遅らせた。ドワーフたちはゴルト中尉たちを見て魔王軍に追いつかれたと勘違いし、そのまま撤退を止めて立て籠もってしまうなど、混乱が広がっている。
それによってゴルト中尉たちはいくつもの重要な橋やトンネルを確保することに成功し、その報告を受けた北方軍集団司令官のブラウ上級大将は満面の笑みを浮かべていた。要塞攻略で手間取ったのが、巻き返されつつあるのだ。
「司令部より命令です! 『引き続き全力で前進し、ゾンネンブルクまで届かんばかりに突撃せよ』とのこと!」
「了解だ。前進しろ!」
ゴルト中尉たちは途中でドワーフたちの武器を鹵獲しながら弾薬の欠乏を補い、一度も後退することなく突き進み続ける。
彼らはニザヴェッリル陸軍が定めた防衛線たるヴィンターシュミート=ズューデンバッハ線に急速に接近していた。
「小隊長殿。あれを見てください。友軍ですよ」
「空軍か。あれは……」
敵地後方へひたすら突撃するゴルト中尉たちの頭上にレッサードラゴン、ワイバーン、ファイアドレイクの大編隊が現れた。
それらは西に向けて飛行している。
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