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不審な事件

……………………


 ──不審な事件



 1726年5月上旬。


 ニザヴェッリルの国境線沿いの部隊におかしなことが生じ始めた。


「司令官が行方不明?」


 ニザヴェッリルの国境付近に配備されている東部方面軍の、その東部方面軍司令官が行方不明になったという知らせが、警察に入った。


「はい。司令官閣下は3日前にオフィスから帰宅したのを目撃されたのを最後に行方が分からないのです。憲兵も捜査を進めていますが、進展はなく……」


「そこで我々に……」


「その通りです。今は代理の将官が指揮を引き継いで任務に当たっていますが、このままでは何かが起きたときに対処できなくなります」


「分かりました。では、警察の方でも司令官の捜索を行いましょう」


 しかし、発生していた不審な点はいなくなった司令官だけではなく、他の部分においてもそうだった。


「クソ。電信が故障している。何度目だ?」


 国境付近で部隊同士を、そして司令部から隷下部隊を繋ぐ電信に不調が生じていた。全く繋がらない、あるいは何度も断線するということを繰り返している。


 他にもドワーフの好む地下居住区同士を結んでいるトンネルが崩落したり、弾薬庫で火災が発生して装備が失われるなど、事故か事件か分からないものが多発していた。


「どうにも怪しい。憲兵隊に警戒させろ」


 東部方面軍の司令官代理を務めるヨーゼフ・ギースラー陸軍中将はそう命じた。


 軍事予算を削減することを公約にしている執政官が選挙に当選した後とあって、軍内部のサボタージュの可能性もあり、そのことをギースラー中将は懸念していた。


 しかし、そのことを表に出すと司令官代理とは言え、指揮を執る人間が部下を信頼していないということを示してしまう。そうなると部下たちも司令官を信頼しなくなり、それによって軍は崩壊する。


 なので、憲兵には警戒させるものの、内部の犯行ではなく、外部による破壊工作の可能性として調査を行わせていた。


 だが、この憲兵隊による調査は思わぬ事件を呼んだ。


 それは東部方面軍憲兵本部隷下の第101憲兵中隊が、同じく東部方面軍隷下の第11猟兵連隊駐屯地において深夜に発生した電信の故障について調べていたときである。


「電信そのものの故障じゃないですね。ケーブルに問題があるのではないかと」


 同駐屯地に配備されている通信中隊の技術兵がそう報告する。


「ケーブルが切断された可能性があると?」


「ええ。その通りです。モグラがかじったのかもしれないですね」


「ふうむ。では、ケーブルを追ってみよう」


 この報告を受けて、技術兵と憲兵がともにケーブルを調査することになった。


 彼らは駐屯地を出て、そこから延びる電信をケーブルを辿り、どこで、どのようにしてケーブルが切断されたかを調べようとしていた。


「あれは……」


 深夜にもかかわらず、ランタンの明かりで調査を行っていた彼らは、ケーブルの位置する付近に怪しげな人影を確認した。ドワーフにしては大柄な人影で、憲兵たちはランタンの明かりでその人影を照らそうとする。


 ランタンが突然弾け、それから憲兵が倒れたのは、その直後だった。


 彼らは最初何が起きたかもか全く分からず、そのまま立ち尽くしていた。しかし、ふたり目のドワーフのランタンが同じように弾けて、倒れたときに、彼らは自分たちが銃撃されていると気づいたのだ。


「伏せろ、伏せろ!」


 指揮官が素早く命じ、憲兵と技術兵が伏せる。彼らの武装は拳銃程度でしかなく、技術兵に至っては非武装だ。


「撃ち返せ! 射撃を許可!」


 憲兵たちは拳銃を前方の人影に向けて乱射するが、まるで手ごたえがない。そうこうしている間にまだひとり、またひとりと負傷していく。


 しかし、憲兵の拳銃の弾も切れたころに、相手側からの銃撃はなくなり、同時に人影もどこかに消えてしまっていた。


 憲兵たちは警戒しながら人影がいた場所へと伏せたまま進出。


 やはりそこに既に敵はおらず、憲兵たちは周辺の安全確保を行うと、謎の襲撃者たちがいた場所を調べる。


「ケーブルが掘り起こされて切断されている」


 電信のケーブルは地面から掘り起こされて切断されており、これが第11猟兵連隊の駐屯地で電信が不通になった原因であることが分かった。


 しかし、問題が誰がこの破壊工作を行ったか、だ。


「……軍内部に亀裂を生まないように外部の犯行としていたが、まさか本当にその可能性があるとは……」


「はい、閣下。現場からは金属薬莢が回収されています。このような金属薬莢を使うのは魔王軍か、汎人類帝国のみです」


 ギースラー中将は捜査を行った憲兵からの報告に唸っていた。


 金属薬莢は魔王軍がまず使用しており、それから汎人類帝国が使用している。ニザヴェッリル陸軍とエルフィニア陸軍では未だに紙薬莢がほとんどであった。


 つまり、何者かが汎人類帝国や魔王軍から武器を仕入れたのでなければ、その2か国のいずれかが今回の事件を引き起こしたことになる。


「私は中央に現状を報告する。憲兵は引き続き破壊工作に警戒せよ」


「了解」


 しかし、この報告が首都ゾンネンブルクの陸軍司令部に届くことはなかった。


 報告書を携えてゾンネンブルクを目指していた将校は、その途中で事故に遭って死亡。彼が運んでいた報告書はそのまま紛失された。


 この将校の事故は東部方面軍司令部にも、ゾンネンブルクの陸軍司令部にも伝わらず、彼らはお互いに報告と命令を待ち続けることになった。


 陸軍司令部は未だに魔王軍はエルフィニアへの軍事行動を画策していると考えており、自国に対する攻撃はないとそう考えていた。


 新しく執政官になったテオドールもエルフィニア侵攻の可能性ありとの報告を受けているだけで、東部方面軍が察知した様々な破壊活動などについては把握していない。


 奇しくもこの月にテオドールは汎人類帝国との間で友好条約を締結することに成功。さらに汎人類帝国の首相アンドレ・ボードワンの仲介を得て、エルフィニアとも友好条約調印に向けて動いていた。


 そんな明るいニュースばかりが報じられ、魔王国を国境を接する東部の情報はかき消されてしまっていた。


 魔王軍の南部はエルフィニア国境付近での行動は未だ活発であり、グレートドラゴンが領空侵犯を繰り返し、魔王海軍は長い演習を続けていた。その情報はエルフィニアとニザヴェッリル間の非公式なパイプで伝えられていた。


 誰もが魔王軍が行動を起こすのはエルフィニアだと信じ、それに備えていた。


 ただ東部方面軍のギースラー中将だけは、魔王軍進攻の可能性は高いとして警戒するように各部隊に命じていた。執政官や国防大臣からの許可がなければ弾薬を配布することはできないが、それでもできる限りの警戒をと。


 彼の判断は正しかったことは、すぐに証明された。


 電信や弾薬庫に対する破壊工作が報告されていた次の週にことは動いたのだ。


 1726年5月13日。


 魔王軍は突如としてニザヴェッリルとの国境を越え、同国に侵攻を開始した。


……………………

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