第97話 あとの祭り 2
「それと兄上……実は、相談があるのですが」
突然、ラトルは深刻な顔で話始める。
「いまさら改まる必要もないさ。なんでも言ってごらんラトル」
「はい、僕らは明日にはリムファルトに戻る予定なんですよね?」
「ああ、王国にどのような報告を上げるにしても、一度はリムファルトのギルドに戻り手続きをする必要があるからな。ギルドの馬車はリムファルトに戻っただろうが、森の西側に村があるはずだ。そこまで行けば移動手段は確保できると先程説明しただろう?」
そう、俺達がこうしてのんびり祭りに参加しているのには訳がある。
ラトルの治療が夕方近くまでかかったのだ。
その時点からギルドの帰りの馬車を目指しても間に合わない。
いや、間に合わないどころか森を抜けられないまま日が沈みでもしたら、さすがに生きて帰れる気がしない。
そこで村長が今晩は泊まっていけばよいと提案してくれたのだ。
明日になれば、森から出る道筋を案内してくれるそうだ。
「はい、それは聞きました。ただ……ユーティアさん達はリムファルトには戻らずこのまま東に抜けて王都を目指すそうなんです」
そうラトルの言う通り、俺達はリムファルトには戻らないと先程話し合って決めた。
俺の目的地はあくまで王都。
幸いかなり王都まで距離を縮められたのだ。
旅に必要な荷物は持ってきているし、ここからわざわざリムファルトに戻る必要はない。
俺達が戻らないことは三つ葉亭に伝えてもらうよう、グルードにも頼んである。
「兄上、ここからがお願いなのです。僕を、ユーティアさんマリオンさん達と共に行かせてはいただけませんか? 女性二人で王都まで旅するなんてあまりにも危険です。野盗に襲われるかもしれない。凶暴な魔物と出くわすかもしれない。だから僕が二人をお守りしたいんです。もちろん、僕がまだまだ未熟で頼りにならないということは重々承知しています。しかしだからこそ、自分を鍛えるためにもついていきたいのです。兄上の力に頼ることなく、自分の力でこの任務を完遂する。新しい力を自覚した僕の修行の一環として、認めてはいただけませんか?」
《これはまた……意外な申し出だな》
正直ラトルが戦力になるかは怪しいものだが、ユーティアやマリオンは王都周辺の地理に疎い。
王都暮らしのラトルがいれば、道案内程度には役立ちそうではあるが。
「なんだ……そんなことか」
ライアスは、優しい笑顔で懸命に懇願するラトルの瞳を見つめる。
「駄目に決まってるだろう!!」
そして言い切った!
キッパリはっきりと!!
「この二人が危険? だからなんだというんだ? 野盗に襲われようが魔物の犠牲になろうが、それをラトルが気に病む必要なんてないだろう? そんなことより、ついていったラトルが怪我でもしたらどうするんだ! ラトルが危機に晒されている時に私が近くに居られないかと思うと……あぁ、想像しただけでも胸が張り裂けそうだ! 修行がしたいなら、いくらでも私が付き合おう。王都の優れたトレーニング施設で私と一緒に修行すれば、ラトルの才能を伸ばしてすぐにでもエクシードになれるかもしれないぞ。こんな連中のことなど忘れて、明日は私達と一緒に帰るんだ。わかったねラトル」
……むぅ、三つ子の魂百までもか。
こいつぜんっぜん変わってないな。
さっき言ったことと実践していることが、まったく嚙み合ってないのだが?
「うう……兄上のばかぁー!!」
ラトルは泣きながら走り去る。
「どうしたんだラトル!? 私は何か気に障ることでも言ってしまったのか!?」
そして残されたライアスは呆然とする。
がすぐに我に返るとラトルの元にダッシュし、ペコペコと頭を下げ平謝りする。
そしてしばし言い合いをした後、ライアスはしょんぼりした表情で戻ってくる。
「泣く子と地頭には勝てないというが、ラトルに押し切られてしまったよ。ミスシェルバーン、申し訳ないが、王都までラトルを同行させていただけないだろうか?」
「えぇ、私は構わないのですが……」
頭を下げて頼み込むエクシード相手に、むしろユーティアの方が恐縮する。
「それと絶対の絶対に! ラトルの身の安全を守っていただきたい! 私と互角に渡り合った貴女なら容易いだろう? 頼んだぞ!!」
そしてユーティアの両肩を掴み、真顔で念を押してくる。
というか、こちらが護衛される立場という話だったはずだが?
「まったく、なんなんだあの極度のブラコン馬鹿は! それに子守りなんてまっぴらごめんだぞ!!」
これ以上付き合ってられないので、俺はユーティアと代わって広場の反対側へと避難する。
そして木の柵にもたれ掛かり、途中でポルテからもらったねぎまに噛み付きながらぶうたれる。
《クスッ……いいじゃないですかリュウ君。喧嘩するほど仲がいいなんていいますが、ああやってお互い言いたいことを言い合ってわかり合っていくものなんですよ家族というものは。ライアスさんとラトルさんは、きっとこれまで以上に素晴らしい家族になれますよ》
ユーティアの意見には同意しかねる。
俺なら喧嘩してまでわかり合おうなどとは思わない。
それはカロリーの無駄遣いだ。
《それに自覚してないかもしれませんが、ライアスさんとラトルさんがああやって本音で意見をぶつけられるようになったのも、リュウ君のおかげだと思うんですよ。きっと心の中では感謝してるのではと思います》
「いや、それは関係無いだろう。それに無駄に感謝などされてもありがた迷惑ってもんだ」
どんな理屈でそうなるんだ?
売れる恩なら惜しみなく売りたいところだが、あのライアス坊ちゃんに敬われるのは気味が悪い。
《それだけじゃありません。こうしてこの村のオークさん達が今も平和に暮らせているのも、リュウ君がライアスさんを止めてオークさん達と和解させてくれたからです。自分で言うのもなんですが、我が息子ながらなんと誇らしいって思ってしまいまして、私はちょっと鼻高々なのですよ》
「それは結果的にたまたまそうなっただけだろう? 俺は自分の利益を追求したにすぎない」
《結果論だってなんだっていいんです。子供が良い事をしたら親は子を褒めるべきだって言いましたよね? だから今日はめいいっぱい褒めるんですよ。リュウ君、ありがとうってね!》
ああ、こいつは本当に調子の狂う奴だ。
俺が褒めるに値する人間ではないということが、いまだに理解できないらしい。
ユーティアがこうしたくだらない事で俺を賞賛するのは、今に始まったことじゃない。
俺を戒めることも多いユーティアだが、それと同じぐらい俺の些細な行為を目敏く見つけては褒めてくるのだ。
初めはそれを鬱陶しく感じていたものの、そろそろさすがに慣れてきた。
貶されてるわけではないのだから、雑音程度に聞き流せばいい話だ。
そう、悪い気が……するわけではないのだから。
「まぁ……悪くはない……か」
俺は空高く燃え上がる火の粉をぼんやりと眺めながらつぶやいた。
To Be Continued
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