第95話 決闘広場 3
「ぐぁはっ!!」
魔法士の俺が肉弾戦で来るとは思わなかったのだろう。
モロに食らったライアスは後ずさりしながらふらつくも、歯を食いしばり倒れるのはなんとか堪える。
「その……幼さにしてその戦闘能力、戦闘センス。驚異だ……いや脅威と言うべきだろう! そしてさらに恐るべきは王国に対するその敵意! どうやらオークよりも、ここで倒すべきは貴女のようだ!」
そう言ってこちらを睨むライアスの鬼気迫る表情。
そしてその両足で大地をしっかと踏みしめると、長剣を胸の前で両手で握り、天に向けて掲げる。
奴の膨大な魔力が渦となって、うねりながら剣へと収束されていく。
これは……かなりの大技を使うつもりか!
《なんかすごいのがきそうなんですけど! 大丈夫ですよねリュウ君! また防げるんですよねぇ!?》
その危険性はユーティアにも伝わっているようで、涙声で聞いてくる。
「さーてね、だが防げるかどうかじゃなくて、意地でも防ぐんだよ! そして今度こそトドメの一撃をお見舞いしてやる!」
しかし問題は、奴が抜刀したまま技を使うということだ。
高速剣とは別の技を使うつもりか?
それともあの状態から打つ高速剣があるのか?
いずれにしても、あの状態からではどこから攻撃がくるのか予見できない。
右か?
左か?
それとも突進系の攻撃か?
攻撃の軌道が読めない……ならば、こちらは物量でゴリ押しするしかないか。
「レギルトラスト・エルス・ド・メイス・アルティス 目覚めよ深淵 轟け叫号 暴狂せし双頭の魔炎よ 我が身に宿り敵を打ち滅ぼせ!」
炎の渦が俺の両腕へと宿っていく。
「龍牙爆裂砕」のダブルバージョン。
単純に「龍牙爆裂砕」の倍以上の出力がある。
攻撃の軌道を可能な限り見極め、この魔法で対処するのがベストだ!
ちなみにこの魔法、制御が難しく威力の調整もほとんどできない。
よってほぼフルパワーで打つことになる。
これを食らえばライアスは確実に死ぬだろう。
ライアスはもちろんラトルも、俺を恨んでくれるなよ?
カッ──とライアスは目を見開き、その闘気が最高潮に高まる。
『 奥 義 ── スパークルヘイズ!!』
振り下ろされた閃光は、一直線に俺を襲う。
が、その軌道が揺らぐ。
直進しているはずの一撃は、しかし陽炎のように重なり広がり、無数の刃となって迫る!
なんだこれは?
錯覚か?
これではどこから攻撃がくるのかまったく読めないぞ!!
「くっ……仕方ない!」
俺は両腕を脇に構える。
こうなったら正面突破しかない。
直接奴の刃を迎撃できなくても、この炎の渦の相乗効果を掻い潜って俺の体に到達するのは困難。
多少の傷なら、後でユーティアの回復魔法で治せばいい。
ここは力比べといこうじゃないか!
俺とライアスの剛力がぶつかり合う、まさにその瞬間。
しかし、俺の目の前に黒い影が揺らぐ。
と同時に、耳をつんざくような金属音が鳴り響く。
そしてライアスの渾身の一撃は、何者かによって俺に到達する前に止められていた。
「──っとと!」
俺は咄嗟に魔法を解除。
二つの炎の渦は、突然現れた邪魔者に当たる直前で拡散する。
おいおい、勘弁してほしい!
魔法ってのは一度発動すると、基本的にはキャンセルはできないもんだ。
無理矢理途中で止めようとすると暴発することだってある。
今回はたまたまコントロールがうまくいっただけにすぎないぞ!
「ら……ラトル!?」
ライアスは、その剣士の名前を口にする。
そう、俺達の戦いに割って入ったのは、なんとラトルだった。
ライアスの一撃は、やはりかなりの威力だったようだ。
それを受けたラトルの剣は半分ほど切断され、折れる寸前。
しかしラトルはライアスの必殺剣の勢いを完全に受け止めていた。
「兄上! もういいでしょう! 僕のお慕いする兄上は、僕の目指す気高いエクシードは、幼い女性に本気で剣を向けるような方ではないはずです! どうか剣を納めてください!」
そう叫ぶラトルは、息も絶え絶え。
あの一撃を受けるために、精も根も尽き果てたようだ。
その顔には大量の汗が滲む。
ライアスはラトルに言われるままに剣を引くと、呆然と弟を眺める。
「ラトルが……私の奥義を止めた? そんな……いったいどうやって……」
ライアスの体は震えていた。
それはラトルが奥義を止めたという現実が理解できないためか。
それとも奥義を受けたラトルが無事だったことによる安堵感ゆえか。
あるいはその両方か。
「はは……少しは驚かれましたか兄上? もっともそれ以上に驚いているのは僕自身ですけどね。でもこれは、この力は、ユーティアさんのおかげで自覚できたものです」
ラトルはこちらをチラリと見ると、俺が無傷なことに安心したような表情を浮かべて再び兄を見つめる。
「弱く泣き虫だった僕にも、こんな隠された力があった。危険だと思われていたここのオーク達も無害だった。だから兄上、ユーティアさんのことも少し長い目で見ていただけませんか? 僕を助け導いてくれた素晴らしい方だということが、きっとすぐに兄上にもわかってもらえると思うんです。だって、兄上はだれよりも聡明で俊英で、僕が世界一尊敬している方なのだから」
「ラトル……そうか、私が知らない間に、こんなにも強くなったんだな。身も……心も」
ライアスはそれ以上なにも言わなかった。
剣を捨て、ラトルへと両手を伸ばすとしっかりとその身を抱きしめた。




