第93話 決闘広場 1
「こんな場所での私闘であっても、可能な限り公平は期さなければならない」
そう言ってライアスは俺に決闘の方式を説明する。
最近では滅多に行われないが、騎士同士のいざこざを決闘で解決するケースは稀にだがあるそうだ。
決闘の方式は様々。
ただ片方が剣士でもう片方が魔法士の場合、両者で30メートルの距離を取る方式が一般的だという。
30メートル。
剣士がダッシュして魔法士に攻撃が届くまで約四秒。
この世界の他の魔法がどうかは知らないが、俺の持つ魔法を基準にすれば詠唱の短い低位魔法なら四秒以内で発動できる。
逆に言えば一撃必殺の詠唱の長い高位魔法では間に合わない。
剣士と魔法士、どちらにも決定的に有利にはならない中立的な方式と言えるんだろう。
たしかにライアスの剣速は目で追えないほどのスピードだが、それは腕力でというよりも魔力によるものだ。
走る速度自体は人の域は出ない。
それは先程ラトルに全力で駆け寄った場面で確認できた。
ただ四秒以内で唱えられる俺の低位魔法がエクシードのライアスに通用するかと言われると、これもかなり怪しい。
だがまったく策が無いわけでもない。
無策でエクシードに挑むほど、俺は愚かじゃないからな。
「ああいいぜ、ならその方式にしよう。あとは中立な審判役が欲しいところだが……」
「やっほー! ティア! リューちゃん! ラトルちゃんも無事そーだね! わたしマンティコアちゃんをごとーも村の外におっぱらったんだよ! ほめてほめて~って、おっとライアスちゃんとグルードちゃんも来てたんだ! おっひさー!」
まったく場にそぐわないテンションで、今度はマリオンが現れた。
どうやらマンティコアとかなり奮闘したようだ。
顔も服もマントも土でドロドロ。
ポチだけがいつも通りのすまし顔で肩にちょこんと乗っている。
《マリー、いいところに来てくれました! リュウ君を止めてください! ライアスさんと決闘をする流れになってしまって、リュウ君たら俄然やる気になっちゃってるんですよぉ~!!》
「ほうほう、決闘とな? いいねぇ、男同士が拳で語り合うってやつだね! そして勝負の後に固い握手を交わし、より深まる熱い友情! いやぁ~青春だねぇ! いいじゃんティア! リューちゃんもいっぱしの男に成長したってことだよ!」
ユーティアはマリオンに戦いの仲裁を要請するものの、見事に空振りに終わる。
成り行きを知らないとはいえ、壮絶に勘違いしすぎだろう。
「だがマリオン、ちょうどいいところに来てくれたな。そこに転がっている木の枝を真上に投げてくれ。枝が地面に到達と同時に決闘開始の合図としよう。マリオンも俺の配下だが、小細工ができるほど頭は回らない。それでいいか坊ちゃん?」
「いいだろう、いずれにしても勝つのは私だ。それに少しは譲歩した方が禍根も残るまい」
そう言ってライアスは歩き始め、約30メートル先で止まりこちらを振り向く。
「むむっ! なんかすっごいバカにされた気がするんですけど? あとわたしリューちゃんの配下じゃないからね!」
むくれながらも、マリオンは枝を拾い上げる。
《ほ……本当に勝負するんですかリュウ君? オークさん達が善良であることを説明すれば、ライアスさんにもわかってもらえると思うんですが》
「甘いな、激甘! ああいう輩は信じたものは盲目的に信じて疑わないもんだよ。お前だって崇拝している神は偽物のペテンだと説得されても、はいそうですねとはならないだろう?」
《それは……そうですが》
ユーティアは腑には落ちないものの、俺の言わんとすることは理解できたようだ。
それにもうそんなことを議論している段階ではない。
ライアスは剣を構え戦闘態勢に入っている。
俺も目の前の敵に集中しなければ。
さすがにエクシード相手では油断はできない。
ここは丘の上。
近くには建物も大きな木も無い。
高低差が無く遮蔽物も無いこの場所では、エキセントリックな戦い方はほとんどできない。
正面でぶつかる正攻法となるだろう。
「んじゃ、いっくよー! そーれっ!!」
マリオンが俺とライアスの中間地点で枝を空へと放る。
クルクル回転しながら空を舞う枝が、地面にコツンと接地すると同時に──
ダッ──と、ライアスはこちらへと突進する。
やはり様子見無しで、一気に終わらせるつもりか。
しかし俺も同時に呪文の詠唱を始めている。
「アルバスター・キール・ド・メイス・レザリオン 燦爛たる煉獄の狂炎よ──」
俺がこの魔法を好んで使うのにはいくつか理由がある。
その中でも特に大きな要因として、呪文の詠唱中にマナの干渉によって俺を中心とした小さな竜巻が発生するという点が挙げられる。
呪文の詠唱中は、どうやったって無防備になる。
しかしこの竜巻が防壁になることによって、詠唱中の敵からの攻撃をある程度防ぐことが可能となる。
加えて例えばこういう状況。
本来ならば詠唱が間に合わないはずの間合いでも、竜巻の風によって相手は押し退けられ、詠唱の時間を稼ぐことによって中位魔法であるこの呪文を完成させることができるのだ。
ライアスは細身に似合わぬ脚力でもう目の前まで迫っている。
しかしどうやってもこの吹き荒れる風の影響は避けられなかったようだ。
間一髪、俺の呪文が先に完成する。
『 龍 牙 爆 裂 砕 !!』
炎の嵐を宿した俺の右腕は、そのままライアスの胴体──ではなく俺の前方の地面へと炸裂する。
まるで火山が噴火したかのように、土砂を巻き上げ爆裂する大地。
「なっなんだと!」
さすがにこの展開は読めなかったようだ。
当然ライアスも巻き込まれて吹き飛ばされる。
そう、いくら動きが素早いといっても所詮は剣士。
空を飛んでいるわけではない。
こうして足場ごと崩してしまえば、相手の態勢を大きく崩せる。
仮にライアスを直接攻撃しようとしても、躱されてカウンターを食らう可能性もあるからな。
ここは安全策でというわけだ。




