第89話 敵もさるもの 2
メキメキと見えない力で全身を地面に押し潰されるマンティコアは、その場から脱出すべくもがくも、その巨体ではわずかに地を這いずるのが精一杯だ。
「ハッハハ! どーだ俺の重力魔法もなかなかのモンだろ? お前らみたいに図体のデカい奴らには特に堪えるだろうよ。相変わらず突撃しかできない畜生脳だからこんな手にひっかかるんだ!」
まあ事実、この魔法は発動場所を後から変更できないし発動領域もバレバレなので、対人戦闘では使い勝手悪いんだよなぁ。
「マータ・ロート・イーター・ラゼリア 唸れ怒濤 廻れ紅炎 空を焼き 地を焦がせ!」
仕上げとばかりに追撃の呪文!
俺の周囲に火の粉が舞い上がる。
炎の粒子はクルクルと踊るように次々とまとまると複数の火球を形成する。
『 爆 裂 光 炎 弾!!』
斉射された火球は着弾と同時に爆炎を巻き上げ、マンティコアを焼き払う。
見事、三頭同時に撃破!
「アッハハハァ! 敵が複数だろうと、こうして重力魔法で動きを封じたところに範囲魔法でトドメを刺せば楽勝! これが畜生には真似できない知的戦略ってヤツだぜ!!」
《ううっ……それよりも、もう少し穏便に解決する方法は無いんですか? たとえば動物と対話して仲良くなれる魔法とか……》
サバイバルの真っ只中だというのに、またユーティアは舐めた事を言い始める。
俺はビーストテイマーじゃないぞ。
そんなファンタスティックな魔法があってたまるか!
とは思ったものの、意外とそれはそれで妙案かもしれん。
手懐けたマンティコアの大軍を従えて王都に攻め込む。
それはなんとも痛快な光景ではある。
とはいえ無いものねだりをしてもしょうがない。
俺は次に倒すべき他のマンティコアを探すのだが……
「……いないな」
先程まで近場に居た他数頭のマンティコアの姿が見当たらない。
他の場所に移動したようだ。
この辺りは民家が多いので見通しは悪い。
行き先は追えない……か。
今確認できるのは入り口近くの高台に居るヌシだけだ。
咆哮は今も続いているが、いまだ参戦する様子は無い。
「なら俺がその観戦席から引きずり下ろしてやろう」
俺はヌシのいる方向へ走り出す。
ここからは距離があるが、道中で他のマンティコアを見かけたなら個別対処すればいいだろう。
緩やかに曲がりくねった道の両脇に、小型の商店が点在している。
本来は今頃の時間は賑わっているのだろう。
しかし今の所オークの姿は見当たらない。
皆洞窟などに避難できているといいのだが……
「これは……」
道の途中で、円形の広場があった。
その中央付近で、一頭のマンティコアが横たわっている。
後ろ脚に数センチにわたる傷があり、その周囲には血が滲む。
オークとの戦闘で深手を負い、ここで力尽きたといったところか。
闘争心の消えたその瞳は、こちらをボンヤリと眺めている。
抵抗できない相手を殺すのは気が引けるが、ここで見逃してもしばらくすればまた動けるようになってオークを襲うだろう。
「悪く思うな、せめて一思いに葬ってやろう」
俺はマンティコアに歩み近づく。
《リュウく──!》
「────!!」
ユーティアと俺がそれに気が付いたのは同時だった。
背後で商店の屋根を蹴る音。
地に落ちる影。
そして振り向いた時には、もうそれは目前まで迫っていた。
もう一頭のマンティコアだ!
奴はおそらく屋根の上に潜んでいて、俺が背を向けるのを見計らって奇襲をしかけてきたのだ。
「くっ……そ!!」
呪文の詠唱は間に合わない。
マンティコアが俺の頭部に噛み付く直前に、身体強化した右手で奴の上牙を、左手で下牙を掴んで止める。
しかし奴の体重に押され、そのまま地面に押し倒される形となる。
そして悪い事はまだ続く。
倒れていたはずの一頭目のマンティコアが、普通にスックと立ち上がったのだ。
まるで足など痛めていないかのように。
「ばかな、演技……だと?」
いや、よく考えてみればおかしな話だ。
敵地で傷を負ったなら、目立たない場所で身を潜め傷を癒すのが常道。
わざわざ広場の中央で倒れているのは不自然だ。
敵に見つけて殺してくれと言っているようなものではないか。
いくら野生動物とはいえ、その程度は頭が回るだろう。
つまり俺はまんまと誘い込まれたのだ。
この広場で、実際には軽傷のマンティコアを重症に見立て油断させ、前方に注意が向いたところを背後から襲う。
まさかマンティコアがこんな戦略を使ってくるとは!
……いや、違う。
「あのヌシか!」
奴が司令塔の役割になっているのだ!
村長がヌシの知能が高いと言っていた。
そしてあの遠吠え。
ヌシはああやって他のマンティコアに指示を出しているんだろう。
こうして群れで乗り込んでくるあたりやたらと統率が取れているとは思ったが、奴の仕業だったのだ。
ヌシは俺が早々にマンティコア三頭を撃破したのを見て、わざわざこんな手の込んだ罠をしかけてきたというわけだろう。
「くっそ! ケモノ風情が生意気な!」
《ちょちょ! リュウ君もっと力入れてくださーい!!》
マンティコアの牙が俺の頭を嚙み砕かんと迫る中、ユーティアがたまらず悲鳴を上げる。
さすが人食い虎、咬合力がハンパない。
少しでも力を抜けば頭をクルミのように割られるのは必至!
腕を伸ばしてなんとか押し退けるものの、相手の重量とこの態勢では押し返すまでには至らない。
加えて起き上がったマンティコアまで俺に食らいつこうと歩み寄ってくる。
両手が塞がっているから高度な呪文の詠唱もできない。
こりゃ……ピンチだぞ!




