第87話 始まりの地 2
村長はしばし沈黙。
そして立ち上がると、俺の方に向き直す。
「あまりにも突然の話──鵜呑みにしろという方が無理というものでしょう。……ですが長年村長を務めたワシにはわかります。シェルバーン様の言葉が噓偽りではないということが。それに先程のオーク料理、あれほどまでにご満悦いただけるとは光栄と共に驚きでございました。我々の文化をそれほどまでに気に入っていただける方ならば、心清く誠実な方であると確信できますじゃ。我々オークはシェルバーン様に従いましょう。どうぞこの村をお守りくだされ」
そう言って、胸に手を当てる。
「交渉成立……だな」
俺はニィ──とほくそ笑む。
俺としても手荒な真似はしたくない。
村長が賢明な判断をしてくれたのは、ありがたい話だ。
ポルテと、ドクターも最終的にはこの方針に納得したようで、祝いとばかりに水の入ったカップを掲げる。
「心清く……誠実だってさぁ! ぷっくくっ!!」
なぜかマリオンは俺の方を見てクスクスと笑っている。
しかしそんな中で冴えない表情の奴が一人。
「……すいません、村長さん。そのオークを狙っているエクシードというのは、僕の兄なんです」
そう、ラトルだ。
話の流れですっかり悪者にされてしまったエクシードの弟となれば、居心地が悪いのも当然とはいえる。
「もしも兄上がこの村に来るようなことがあれば、僕が説得してみます。僕の命の恩人であるオークの皆様を、どうか見逃してくれるようにと。ただ……兄上は任務に対してはとても厳格な方。この場で確実な安全を保障できないのは心苦しい限りなんですが……」
「いや、ラトル殿が気に病む必要はないですじゃ。説得の際にはワシも参加させていただけますかな? ラトル殿の兄上様とあれば、さぞかし機知に富んだ融通の利く方でしょう。きっとうまくいきますじゃ」
そう思うよな?
ところが、そうじゃないんだよなぁ!
あいつの頭の固さは変態レベルだぞ絶対!!
「そう……ですね、それに兄上は極度の方向音痴でもあります。ですからそもそもこの村にも辿り着かないとは思います。それを祈りましょう」
ラトルは村長に励まされ少しだけ安心した様子。
とはいえ……この迷いの森では方向音痴もクソもない。
この村を発見するかは運次第だとは思うが。
「いつもは鬱陶しいマンティコアに今は期待するしかないでさぁな。特にこの中心部近くにはマンティコアがたくさんいますんで、いくらエクシードでも村には簡単には近づけないはずでさぁ」
「そういえばポルテちゃん! マンティコアがたーくさんいるのに、なんでこの村は襲われないの? 不思議だと思ってたんだ!」
挙手して質問するマリオンに、なぜかポルテはしたり顔で解説し始める。
「よくぞ聞いてくれましたでさぁ! 実はこの村の周りには、マンティコアを寄せ付けない結界が張ってあるんでさぁ。森の中で巨大な石柱を見かけませんでしたかい? 魔法陣が描かれ魔石が埋め込まれた複数の石柱によって結界が展開されているんでさぁ。あの石柱があるかぎり、マンティコアはこの村に近づけないってわけでさぁ。どうです? オークの魔法知識も、なかなか隅には置けないモンでしょう?」
「…………………………………………」
俺もだが、マリオンもポルテの自慢話を聞いて表情が固まる。
しかし……まいったな。
この村を守ってやるなんて言っておいて、まさかの危機に晒していたとは。
《リュウ君今のうちに謝りましょう! やっぱりむやみに物を壊しちゃいけなかったんですよぉ!》
おまけにユーティアは俺に謝罪を要求し始める始末。
しかし柱には所有者の名前も、破壊するなとも書いてはいなかった。
そもそも森の中での器物損壊など成立しないはずだ。
俺としても無暗に謝りたくはないものだが……
「あーあのな、村長。これは不可抗力なんだ。森の中で急にマンティコアが襲ってきて、その戦闘の過程でやむなく、やむなーくなんだが、その結界の石柱が壊れ──」
しかし俺がそこまで説明したところで、ドンッ──と突然入り口の扉が勢いよく開かれた。
そして一匹の小柄なオークが飛び込んでくる。
「たた……たいへんです村長! まま……マンティコアに、正面の門を破られましたぁ!!」
そのオークは息を切らせながら、血相を変えて叫ぶ。
…………どうやら少し遅かったようだ。
「マンティコアが……なぜこの村に? シェルバーン様、まさか結界が!?」
「うん、すまんな村長。つまりこういうことだ」
俺はヤレヤレと肩をすくめた。




