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第86話 始まりの地 1

「配下……ですと?」

 まぁ当然だが、いきなりこんな話をされても青天の霹靂。

 ハイわかりましたとはならないだろう。

 村長は俺の真意を測りかねているようで、髭を撫でながら眉間に皺を寄せる。


「意味がわからんのだがね。なぜワタシ達がアナタの支配下になる必要が? まさかこんな村を侵略しにきた……というわけではないだろうに」

 ドクターは立ち上がると眼鏡をギラつかせながらこちらを睨む。

 こいつだけは怒らせないほうがよさそうだ。

 なんならこの場で毒ガスとか撒きかねないからな。


「いや……残念ながらそれは当たらずとも遠からずだ。お前達は知らないだろうが、今この村のオークには王国から討伐命令が出ている。理由は知らんがオークは殲滅せよとのお達しだ!」

「なっ! なんじゃと!!」

 村長とドクター、ポルテ。

 それぞれが驚き入って顔を見合わせる。


「う……嘘に決まってまさぁ。ワイ達を殺したところで、王国になんの得が?」

「いや、そうとも言い切れん。ワシも昔から頭の片隅で懸念していたことじゃ。ワシらは他種族と距離を置きすぎている。わずかに漏れ伝わるオークの情報に尾ひれがついて、凶悪で危険な魔物と捉えられたのかもしれん。そうでなくとも正体の掴めない未知なる存在というのは恐れられるものじゃよ。現にシェルバーン様の持っていたオークに対する印象は、実態とはかけ離れていたじゃろう?」

 村長に言われて、そういや俺も一瞬前までオークに対して悪印象を持っていたなと思い出す。

 まぁあれは俺の前世でのスタンダードなオーク像だっただけではあるが。

 

 しかしまぁ、実際には村長の推測通りなのかもしれない。

 でなければここのオークを殺す理由が見当たらない。


「そうだな。だが救いなのは王国もオークの脅威は怪情報の域を出ないと見ているところだ。確証があるならとっくに軍を動かしているだろうからな。だからこうして冒険者を使って探りを入れているわけだ。高額な報酬を餌としてな」


 俺はテーブルの周りをゆっくりと歩きながら続ける。

「それでも雑魚の冒険者共だけならここまで辿り着けもしないだろう。森にはマンティコアがいるからな。しかしその中にはエクシードと呼ばれる王国認定の戦闘員がいる。エクシードにこの村が見つかれば、戦闘力の無いこの村のオークなぞ簡単に全滅させられるぞ!」


「エクシード……聞いたことがありますじゃ。上位になれば一人で一軍に匹敵するほどの力があるとか……」

「そうだ、だから選べ村長! エクシードと戦って殺されるか、それとも俺の配下となり生き長らえるか。俺に従うというのなら、俺が助けてやろう! エクシードを倒してやろう!!」

 我ながら、まるで政治家のような名演説!

 カリスマ性に満ちた自分の才能が怖い!


「しかしシェルバーン様、ワシ達はこの村でただ平和に暮らしてきただけのオーク。従えたところで戦力にはなりません。とてもお役に立てるとは思えませんですじゃ」

「まさか、ここのオーク達に軍事的支援なんて期待しちゃいないさ。むしろ今まで通りの生活を続けてほしい。そして俺の元に定期的に物品を送ってくれればいい。味噌や醤油や納豆や漬物など、食品が多くなりそうだがな。ポルテが外の世界とも少なからず取引をしていると言っていたぞ。オークが直接運ばなくても、人間の物流インフラを利用すれば可能なんじゃないのか?」

「それはもちろんですが……本当にそれだけでよろしいので?」

「ああそうだ、それは約束しよう」

 まぁ、村長が疑心暗鬼になるのも無理はない。

 メリットとデメリットが明らかに釣り合ってないからな。


《意外ですリュウ君。いきなり何を言い出すのかと思えば、この……料理のためにオークさん達を助けるんですね? あんなに賞金を欲しがっていたのに》

「覚えておくといいユーティア。この世の中にはな、お金じゃ買えないものがあるんだぜ?」


 たしかに賞金は欲しい。

 しかしここでオークの村を失えば、もう二度とここの日本食もどきが食べられなくなるだろう。

 金なら後から稼ぐ手段はいくらでもある。

 だが一度失われた技術とノウハウは取り戻すことはできない。

 使えば無くなる金と永遠に残る和食。

 両方を天秤にかければ、俺の判断は当然の帰結なのだ。


「悪い話じゃない……いやむしろ渡りに船でさぁ。ワイ達がエクシードを相手にするなんて不可能でさぁし」

「そうかね? ワタシは反対だがね。どこの馬の骨とも知れない人間に支配されるなど……」

 賛成派のポルテと反対派のドクター。

 二匹で言い合いを始めるものの、意見はまとまりそうにない。


 一通り言いつくした後、二匹は村長に向かってゆっくりと頭を下げる。

 どうやら最終的な判断は村長に一任するということのようだ。

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