第79話 カルチャーショック 2
そう説明されていたとはいえ、あの森の中にこうして居住地があるというのは驚きだ。
しかもちゃんと小規模な村程度の広さがある。
もちろん近代的な建造物があったりはしないものの、原始的ながらも人が住むことも可能であろう小屋が各所に建てられている。
村の三方向は岩山に囲まれていて、残り一方向は森と繋がる。
しかし村と森との境目は高さ五メートル近くある木製フェンスで仕切られているため、この村に森の脅威が及ぶことは無さそうだ。
「いる……いる……居るじゃないか!!」
そう、そして肝心なのはここから。
期待通りにオークが居るのだ!
しかも大勢!!
畑仕事をしている雄オーク。
野山を駆け回る子供オーク。
ここからざっと見渡しただけでも、八匹程のオークが目に入る。
他の冒険者が居る様子は無い。
俺達が一番乗り。
つまりこの村のオークは、俺が根こそぎ独り占めできるというわけだ。
こりゃ笑いが止まらん!
「ククッ……グフッ……グフフフ」
《もぉ……変な笑い方しないでくださいよリュウ君!》
「まぁなんで笑ってるかは想像がつくけど、ラトルちゃんのレスキューが先だよリューちゃん!」
おいおい、こんな奇跡的な幸運は人生そう何度もあるものじゃないぞ?
そんなミラクルを目の当たりにしたこの血湧き肉躍る胸のトキメキを、この二人は解せないらしい。
まったく嘆かわしい話だ。
ただチャンスが今ではないという点に関しては同意しよう。
この村の全体像を掴めていないし、総人……総豚口もわからない。
むやみに狩りを始めて洞窟に逃げられでもしたら厄介だ。
ここはラトルの治療を建前に、この村を探る必要がある。
急いては事を仕損じるというやつだ。
「まあまあポルテ、お久しぶりねぇ」
「これはミラス嬢さん。ご無沙汰してまさぁ」
俺達の近くを通りがかった婦人……もとい婦豚がポルテに声をかけてくる。
「あらぁ? そちらの方々は? もしかして……もしかしてだけど人間? 人間なのかしら? フガフガ」
怪しまれている……というよりは、興味本位という感じだ。
ミラスと呼ばれた雌オークはその大きな鼻で、俺達の服を吸い込みそうな勢いで匂いを嗅いでくる。
「……その、これにはちょっと事情がありやして。それよりドクターが今どこにいるか知らないですかい?」
「ドクターなら少し前に歩いてるトコ見たわよぉ。村長の家へ向かってたんじゃないかしら? 村長は最近持病の腰痛が痛むって言ってたから」
「そうですかい、感謝しやすミラス嬢さん」
ミラスはその場を後にする俺達を手を振って見送る。
「意外にも危なげなく事が進んだな」
ここのオークは人間に対する警戒心が無いのか?
この村の雰囲気も、人間の村とほぼ同様のそれである。
悲鳴でも上げられるかと思ったのだが、とんだ肩透かしだ。
しかしそう思った矢先──
「敵だっ! 包囲しろっ!」
突如甲高い号令が鳴り響き、三匹のオークが俺達を取り囲む。
やはりだ。
人間とオークは本来敵対的関係。
その人間が闊歩しているのを見過ごされるはずがないのだ。
「オイ! オレコイツら知ってる! バァバから聞いたことある。ニンゲンって言うんだぜ!」
「しろ〜い! 変な鼻〜! キャハハハ!」
……と思ったのだが、ガキだった。
三匹の小さくて丸っこいそいつらは、まるで珍獣を発見したとばかりに大はしゃぎ。
どうやら子供が鬱陶しいのはオークも一緒のようだ。
《わぁ~可愛いっ! 孤児院の子達を思い出しますねぇ!》
ユーティアは何気に失礼なことを言い始める。
孤児院の当人らが聞いたら怒るぞ?
「ゴメンねぇ、お姉ちゃん達いま急いでるんだ。道を空けてくれるかな? 後で遊んであげるから! わたしとポチでね!」
そう言ってなだめようとしたマリオンを見て、子供達の表情が豹変する。
「うわぁ!! こいつ悪魔を連れてる! 怖ぇえええ!!」
子供達の視線はマリオンではなく、その肩からピョコリと顔を出したポチに向けられていた。
この子オークを畏怖させている要因はポチのようだ。
「ええっ!? ポチ悪魔じゃないよ? ねぇほらよく見てよ!」
「ナーゴ!」
「うわぁああああ!! 逃げろぉおおおお!!」
かざして見せたポチの呑気な鳴き声で、しかし一気にパニックになった子供達は一目散に散っていく。
「ガーン! どーして……ポチこんなにカワイイのに!」
「すいやせん、この村には猫がいないもんで、知らないオークも多いんでさぁ。特に黒い生き物は不吉の象徴と言われてますもんでなおさらに」
落ち込むマリオンをポルテが慰める。
まぁこんなド田舎で育ったんじゃ、見知らぬ存在を過剰に恐れるようになるというのも当然なのかもしれない。
《のどかで子供達ものびのび育っていて、とても良い村ですねリュウ君》
「というか拍子抜けだよ俺は。だってオークの村だぞ? 人間の死体が吊るされていたり生首が転がっていたりと想像してたんだがなぁ」
《どういう偏見ですかそれは?》
ユーティアはオークをよく知らないから言えるのだ。
オークとは冷酷非情のおぞましい化物。
一見平和に見えるこの村でも、今もどこかの家で女騎士が監禁されてくっ殺されているに違いない。
そうこうしているうちに俺達は、村の中心近くにある村長の家まで辿り着いた。
木製円柱形のその建物は、むしろ北欧でトロールが住んでいそうなデザインだ。
「村長! ハーン村長! ポルテです! ドクターミンチに緊急の要件がございまして、こちらにいらっしゃるでしょうか?」
ポルテは入り口の扉を拳でゴンゴンと叩きながら大声を上げる。
──だが応答は無い。
留守だろうか?
「ぅんー? でもなーんか音がするよ?」
マリオンは扉に耳を近づける。
たしかに、扉の向こうから微かに音が聞こえる。
ちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱと。
まるで何かにむしゃぶりついているような……
ゴクリと、期待と緊張で俺の胸が高鳴る。
この扉の向こうでは、オークによるおぞましい所業が繰り広げられているのではないか?
たとえば全裸の女騎士が複数のオークに舐め回されているとか。
「村長! いらっしゃるんですか? 入ってよろしいでしょうか?」
「──入れ」
ボソリと、ぶっきらぼうなしわがれ声。
扉の向こうから、ただ一言だけそう返答があった。
しかしちゅぱちゅぱ音は止む気配はない。
俺とマリオンは顔を見合わせる。
見てはいけないものがこの先で待ち構えている気がするが、ここで退くわけにもいかない。
俺達は入り口の扉を開ける。




