第78話 カルチャーショック 1
「急いでくだせぇ、この煙玉の効果も長くは持ちません。こちらから逃げられますんで!」
……突然オークから救いの手が差し伸べられた。
あまりの展開に思考が追い付かない。
「リューちゃんこの煙……ってわわっ!!」
マリオンもオークの姿を目にして驚きの声を上げる。
《マリー、しーっです! この方はどうやら私達を助けようとしてくれているみたいです。見た目は……ちょっと特徴的ですけど》
「おおーっ! てゆーか顔が豚じゃん! てことはキミがオークちゃんだよねぇ! よろしくぅ!!」
「静かにしろと言ってるだろマリオン! 詳しい話は後、まずは避難だ。ラトルも連れてこい」
ここでマンティコアを倒すこともできるが、本来の標的はオーク。
ここは従うフリをして、探りを入れたいところだ。
この森に一匹で住んでいるということはないだろう。
仲間がいるかもしれない。
「リューちゃんラトルちゃん重っ! 鎧が重いのぉ! 手伝ってぇ!!」
マリオンがラトルをズルズルと引きずりながら助けを求める。
やれやれしょうがない。
ラトルはもはや一人では立つこともできないようだ。
俺とマリオンで両肩を抱え、視界の悪い中オークの後に必死でついていく。
せっかく見つけた金の卵。
見失うわけにはいかない! 絶対に!!
晴れつつある煙の中、俺達はオークに続いて茂みに分け入り進んでいく。
そしてほどなく大きな岩山に突き当たる。
「ここに隠し通路の入り口があるんでさぁ、ブヒヒッ!」
なんともオークらしい笑みを漏らしつつ、そのオークは岩肌の一部を担いで横へとずらす。
すると高さ1.5メートルほどの穴が姿を現した。
「こんな所に隠し通路が?」
俺達はオークに促されるままその中へと入っていく。
中は洞窟のようになっていて、空洞が奥へ続いているようだ。
一番最後にオークが入ると、懐から小型の松明と黒い石二つを取り出す。
そして黒い石同士を打ち付け火花を散らすと、松明へと着火させた。
魔石の一種だろうが、火打石と同じような効果があるようだ。
もっとも着火性能は普通の火打石と比べかなり高いようだが。
そうして灯りを確保した後、岩を元の場所へ戻して入り口を塞いだ。
「ふぅ……ここまでくれば安心でさぁ。ブヒヒッ!」
「うわぁ! ありがとぉオークちゃん!!」
オークはマリオンの好意的な態度に照れているのか、気恥ずかしそうにその大きな鼻を掻く。
「たしかにワイはオークですが名前はポルテと言いまして、そう呼んでいただいたほうが……」
「おおっ! んじゃポルテちゃん! 初めてのオーク友達だね! ヨロシクゥ!! わたしはマリオン! あ、ちなみにこれは相棒のポチだよ! 被り物じゃなくて猫なのだ!」
マリオンはポチを脱ぐと、元のサイズに戻してポルテに紹介する。
しかし……なんでこいつオーク相手に瞬時になじんでんの?
普通警戒とかするだろ? よな??
「しかしオークがこうして言葉まで話すとはな。意外と言うべきか」
たしかにこの世界では人間の言葉を使う他種族も存在する。
しかしこの人間とは隔絶された環境で生きているオークが人と同じ言葉を使っているとは意外だ。
「へぇ、ワイ達オークは正体を隠しつつも間接的に人間など他種族と取引などしてますもんで。この王国の標準語である人間の言葉を使って生活してるんでさぁ」
そういえばポルテが来ている服──モスグリーンのチュニックは、人間の農民が着ていた物と似ている。
この森に住みながらも、密かに人間と交易が行われているのだろうか?
「ううっ……」
寝かせて楽な姿勢にさせていたラトルが呻き声を漏らす。
やはりまだ体調は優れないようだ。
鎧のせいで顔色などはわからないが。
「マンティコアの針にやられたんですかぃ? いけねぇでさぁ、アレには毒がある。そちらさん、聖職者とお見受けしますが、解毒の魔法は使えますかぃ?」
ポルテは俺……というよりはユーティアに尋ねる。
「……だそうだが?」
《解毒は……無理です、ごめんなさい。その手の魔法はすごくレベルが高いんです。複数種類あるうえに毒の種類によっては複合して使う必要があるんです。院長なら使えたんですが。普通の回復魔法じゃダメなんでしょうか?》
「解毒はムリだが、普通の回復魔法じゃだめなのか?」
俺がユーティアの説明を要約してポルテに伝える。
だがポルテは首を横に振る。
「そうですかぃ。しかし回復魔法はやめておきましょう。解毒をせずに回復魔法だけかけると代謝が上がって毒が回りやすくなるので危険なんでさぁ。傷自体は小さそうですし、出血もほぼ無さそうなので傷を今すぐ塞ぐ必要もないでしょう」
《ど……どうしましょうリュウ君! 私のせいでラトルさんの命がぁ! というかリュウ君持ってないんですか解毒の魔法? いつも俺は天才魔法士だーって言ってるじゃないですかぁ!》
「う……うるさいな! 天才にも得手不得手があるんだよ!」
実際に無いものは無いのだからしょうがない。
町まで戻れば治療できるだろうが、それまで何時間かかることか。
それまでラトルの体力が持つとは思えないが……
「でしたら、ワイ達の村まで案内しましょうかぃ? そこでしたら血清がありますし、治療が可能でさぁ」
「なにっ! あるのか? オークの村が! この近くに??」
「は、はい、この洞窟を抜けた先に。森の中央近くに岩山で囲まれた土地があって、そこがワイ達が暮らす村となってるんでさぁ。岩山にはいくつか洞窟があって、村と外を繋ぐパイプラインになっているんでさぁ」
ポルテは洞窟の奥に松明をかざしながら説明する。
オークの村……そこにはオークが大量に居るに違いない!
となればオークは狩り放題!
つまり稼ぎ放題!
これは絶対に行くっきゃない!!
「ただ……勝手に他種族を入れるなと言われてはいるんですが……」
「そこを頼むっ!」
俺は渋るポルテの肩を鷲掴みにして、頭を下げ懇願する。
「ラトルは……彼は俺達のかけがえのない大切な仲間なんだっ! 絶対に、絶対に死なせるわけにはいかない! 彼が助かるためなら、俺はどんなことでもしよう! だから今は、どうか俺達を村へ連れて行ってほしい!」
それは自分でも驚くほどの迫真の演技。
熱が入るあまり、自然と涙までこぼれてきた。
「お嬢さん……わかりやしたっ! ワイはその熱い友情に心打たれました! 鼻頭が震える思いでさぁ! 案内させていただきますんで、ついてきてくだせぇ!」
本当に鼻先をブルブル震わせながら、ポルテは一転して快諾する。
オークといえども所詮は男……いやオス。
乙女の涙には弱かったようだ。
《リュウ君、そんなにもラトルさんのことで親身になってあげられるなんて……思いやりのある子に育ってくれて、お母さん嬉しいです……グスン》
「う〜ん、さすがにちょっと白々しかったかな。騙されちゃダーメだよティア!」
やかましいぞマリオン。
俺のおかげでラトルが治療できるのだろうが!
ポルテは松明で足場を確認しながら洞窟の奥へと進む。
その後ろを、再び俺とマリオンがラトルを抱えてついていく。
洞窟は所々分岐しているようだ。
ガイドがなければ遭難は必至だろう。
迷えば生きて出られる気がしない。
「おっと、ここでさぁ。着きましたよ!」
ポルテは洞窟の突き当たりで足を止める。
行き止まりに見える……がポルテは松明を地面に置き、正面の壁を手で探る。
岩の窪みに指を入れると、横にスライドさせた。
ここも先程と同様に隠し扉か。
しかもうまくカモフラージュされている。
知らなければスルーするところだ。
開かれていく岩の隙間から、眩い光が差し込み洞窟内を明るく照らす。
「おおっ! これが……オークの村!!」
俺は思わず声を弾ませる。
洞窟を出た俺の目の前には、本当に村があったのだ。




