第77話 張子と虎 2
「キェエエエエエエ!!」
いつまでも倒れないラトルに苛立ったのか、マンティコアは金切り声をあげると顎を地面に押し付ける。
その前傾姿勢のまま長い尻尾を高く前に突き出すと、先端の針のついたコブの部分を激しく振動させ始める。
「あの尻尾は──まずい! 伏せろ!!」
「ええっ? きゃうっ!」
俺はマリオンの頭部を掴んで押し倒し、そのまま二人して地面に突っ伏す。
直後、マンティコアの尻尾から針が爆散。
危機一髪──その中の一本は伏せた俺の頭部数センチ上を通過し木の幹に突き刺さる。
長く鋭く、そしてかなりの硬度がありそうな針。
それは木の幹に数センチの深さまで突き刺さっている。
そう、マンティコアはこうやって尻尾の針を飛ばして攻撃してくるのだ。
しかもその針には毒がある。
ラトルの鎧がダメージを軽減したとしても、少しでも貫通して毒が回れば致命傷になりかねない。
しかも俺達よりマンティコアの近くにいたラトルでは、この不意打ちを避けるのは不可能──
そう思ったのだが。
だがしかし、ラトルは見事にこの攻撃を防いでみせる。
素早く剣を振り上げると、なんとその一振りで自身に飛んできた針数本を弾き返したのだ。
「バカな! 高速で飛んでくる複数の針を完全に視認したような動き! あんなことが人間に可能か?」
とても一瞬前までタコ殴りにされていた奴と同一人物とは思えない。
「キェエエエエエエ!!」
攻撃が効かなかったことに危機感を感じたのか、マンティコアはさらに高い奇声を発する。
そしてすぐさま尻尾を震わせ追撃の態勢に入る。
俺とマリオンは流れ弾に当たらないよう太めの木の後ろに転がり込んだ。
ラトルはマンティコアと対峙したまま──
さすがに二度続けてのまぐれは起こるまい。
さすがに今度は攻撃を食らうはず……
と思ったのだがまたしても、ラトルは身を捻るようにして針を回避しつつ、さらに剣で躱しきれなかった針を叩き落す。
やはり偶然ではない!
攻撃を完全に見切っている!
こいつ……強いのか弱いのかどっちだ???
「ク……ウッ……」
しかし、ラトルは突然地に膝をつくと苦しそうな声を上げる。
《ラトルさん、もしかして今ので足を怪我したんじゃないですか?》
そのユーティアの窺知はどうやら正解のようだ。
ラトルは右膝の外側を手で覆う。
そこはプレートの継ぎ目で装甲が薄い。
おそらく毒針の一本がそこを貫いたのだろう。
しかし攻撃を受けてからラトルが苦しみだすまではタイムラグがあった。
怪我自体はかすり傷程度だが、毒が回って戦えなくなったといったところか。
「マズイよ! リューちゃん助けよっ!」
マリオンはマンティコアに向かって飛び出す。
おいおい、毒針の対処法も考えずにどう立ち向かうつもりだ?
後先考えない奴だな。
「まぁいい、ラトルには聞きたいこともあるからな。それにここでライアス坊ちゃんに貸しを作っておくのも悪くはないか」
あまり乗り気はしないが、いずれにしてもこのマンティコアを倒さねば俺達も危うい。
俺がマリオンに続いて木の陰から出たその時──
何か、黒くて丸い物体が俺達とマンティコアの中間地点に現れる。
そしてそれは次の瞬間ボンッと音を立てて爆発した。
しかし炎も、熱も、爆風も出ない。
代わりに凄まじい量の黒煙が一気に拡散。
瞬く間に視界は遮られ、わずか数メートル先すら見通せなくなる。
「なんだ……この煙?」
突然の展開に、さすがの俺も狼狽える。
「お静かに! こちらでさぁ!」
グイグイと、何者かが俺の腕を引っ張って呼び掛けてくる。
煙のせいでそいつの姿は見えない。
しかしその声からしてマリオンでもラトルでもない。
知らない相手にこちらと言われても、素直に従うわけにもいくまい。
俺はそいつの正体を確認するため、相手の顔に自分の顔を近づけ目を凝らす。
「うわあっ!!」
驚きのあまり、俺は思わず大声で叫んでしまう。
至近距離で見た相手の姿は、完全に予想外のものだったからだ。
やや小太りで小柄。
その肌は赤黒く、大きく裂けた口からは牙が突き出している。
そして何より特徴的なのは豚のような形状をした鼻。
──ついに見つけた! オークだ!!




