第76話 張子と虎 1
「わぁお! ラトルちゃんじゃん! ちゃお!!」
マリオンもすぐに目の前の剣士がラトルだとわかったようだ。
登校中に偶然見かけたクラスメイトにかけるような、やたらと軽いノリで挨拶する。
「……………………」
ラトルはその時点でようやく俺達の存在に気が付いたのだろう。
頭部だけをこちらにわずかに向けるが、すぐに無言のまま前に向き直す。
まぁマンティコア相手によそ見をしている暇は無いわな。
「お前一人だけなのか? 坊ちゃんはどうした?」
「……兄上とははぐれた。ここはぼ……私が抑えます。あなたたちは早く逃げてください」
ラトルはそう答えると、マンティコアへ向けて一歩踏み出す。
そのフルヘルムから漏れるくぐもった声からは、相変わらず感情が読めない。
よってラトルが今マンティコア相手に戦々恐々としているのか、それとも余裕綽々なのかすら推し量れない。
《ラトルさんだけでは危険ですよ! 私達も加勢しましょう》
「まぁ待てユーティア。ここはお言葉に甘えて様子見させていただくとしよう。王都に名が轟くというルーキーの実力、お手並み拝見といこうじゃないか」
俺はこの世界の剣士の戦い方というのをよく知らない。
同じ剣士であるラトルの戦闘が、俺がライアスと戦う際の参考になるかもしれない。
ただ、ラトルの剣はライアスの物とはかなり違う。
ライアスは長く細身の剣を片手で振るっていた。
対してラトルはバスタードソードを両手で握り、真正面に構えている。
その戦闘スタイルにはかなりの違いがあるようだ。
ラトルはさらにマンティコアとの間合いを詰める。
剣は正面に構えられたまま。
だがそれは放たれる直前の弓矢のように、極限まで力を溜めているのだろう。
今まさに繰り出されんとする必殺の一撃のために。
ダッ──と地を蹴り、ラトルが仕掛けた。
マンティコアに向かって一直線に距離を詰めたかと思うと、獲物の首元めがけて一閃!
その斬撃は、しかしマンティコアへはわずかに届かず空を切る。
体重の乗った大振りだったため、ラトルは勢いを殺し切れずに前のめりになってバランスを崩す。
そこにマンティコアの前脚による攻撃!
鋭い爪による打ち上げるような一撃を腹部に受けたラトルは、宙を舞い地面に叩きつけられる。
「うわっ! 見てられない! やっぱり助けにいこーよリューちゃん!」
「まぁ待てマリオン。奴はまだやる気らしい。今攻撃をしくじったのはたまたまだろう」
俺は右手を横に広げ前に出ようとするマリオンを遮る。
ラトルは地に剣を突き立て起き上がる。
派手に攻撃を食らったように見えたが、そこまでダメージは深刻ではないようだ。
そして再びマンティコア目掛けて突っ走り、今度は相手の斜め前方から腹部めがけて斬り込む。
──が、またしてもその一撃は躱される。
いや、躱されるというよりも、そもそも的が外れている。
今の攻撃は明らかに、最初からマンティコアの右側10センチほど外れて振り下ろされていた。
そしてまたしてもマンティコアの頭突きによる反撃を食らい、地面を転がるラトル。
「クッ! すばしっこい奴だ」
まるで強敵相手に苦戦しているかのようなラトルの言い様。
だが攻撃が当たらないのは、明らかにお前の実力不足のように見えるのだが?
その後もラトルは突進しては空振りして反撃を食らい。
さらに起き上がり突進しては空振りして反撃を食らう。
……なんかだんだんデジャブを見ている気分になってきた。
「ねぇリューちゃん。もしかして、もしかしてだけど、ラトルちゃんって……弱い……のかなぁ?」
最初はハラハラしながら見守っていたマリオンだが、やや冷めた様子で聞いてきた。
「そうだな、むしろ壮絶に弱いと言うべきか。そして俺はすでにその原因も見抜いているぞ。兜で見えにくいが、ラトルの目元をよく見てみろ。アイツは攻撃をする時、もしくは攻撃を受ける時、あろうことか目を瞑っているのだ。まるで気弱な少女のようにな。あれでは攻撃は当たらないし、敵の攻撃も避けられない。とても剣士なんて呼べる実力ではないぞ」
なんなんだこれは?
これではルーキーというより完全な初心者ではないか。
まるで農作業しか知らない村人に、鎧を着せて魔物の前に放り出したような光景だ。
いや……しかし太刀筋は悪くない。
それなりに剣術を身に着けてはいるようだ。
しかし肝心なところで目を瞑るようでは話にならないが。
「クッ……しぶとい奴め」
もう何度目だろうか?
マンティコアの攻撃を受けて倒れたラトルが起き上がる。
むしろそれを言いたいのはマンティコアの方だろうが。
それにしても、これだけ打ちのめされても動けるというのは尋常ではない。
「やはりあの鎧か……」
《鎧? がどうかしたんですかリュウ君?》
「あの鎧、とりわけ攻撃を受けた時に魔力を発しているんだ。おそらくかなり高度な防御術式が施されているんだろう。マンティコアからのダメージ程度ならほとんど無効化できるほどのな。あれが普通の鎧だったら今頃八つ裂きにされているだろうよ」
そういえばグルードがラトルの事を無敗王とか言ってたっけな。
今までの戦場でも、ラトルはあの鎧に守られてきたのだろう。
確かにあれなら負けはしないかもしれない。
同時に勝ちもしないだろうが。




