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第73話 アメイジングメイズ 2

 俺は反射的に真上を見上げる。

 木の枝に居たそいつは、手を伸ばせば届くんじゃないかというぐらいまで接近していた。


 巨大な──獅子よりさらに巨大な四本足の獣。

 そして奴の巨大な牙の群れからはアスタロッサの下半身が飛び出していて、悲鳴を上げながら今も足をバタつかせている。


 つまりこの魔物は、俺達の誰にも気取られることなく上方からアスタロッサを襲い半飲みにしたというわけか!

 バカ二人に気を取られていたとはいえ、こんな近くまで接近を許すとは──完全に油断した!


「なんなんだコイツは!!」

 俺は大きく飛び退きながら、横で同じく上を見上げているマリオンに視線を投げる。


 ポチの耳を過信していたせいだろうか?

 魔物に気付かず俺以上に驚いている風のマリオンは、口も開けず頭をブンブン横に振る。

 どうやらマリオンも知らない魔物らしい。

 

「うわぁああああ!! アスタァアアア!! マジやべぇええ!!!」

 俺達同様にこの惨事を突きつけられたブルムナは、絶望的な形相で悲鳴を上げる。


 アスタロッサの体はまだ噛み千切られてはいない。

 あの鎧にもそれなりの防御力はあったようだ。

 しかしそれも時間の問題だが。


「──いや待て、俺はこいつを知ってるぞ」


 一見すると大型の獅子。

 だがその顔は人間に近く、長い尻尾の先端は球状に膨らんでいて無数の針が放射状に突き出す。


「マンティコアか!!」


《まんて? 知ってるんですかリュウ君!?》

「ああ、人喰いの獣。オークなんて比較にならないぐらい危険度の高い魔物だ。積極的に戦いたい相手ではないな。幸いお食事中のようだから、今のうちにおいとまさせていただこうか」


《ちょちょちょ~っと! なに言ってるんですか! 彼を助けましょう! 早くしないと死んじゃいますよ!》

 ああ……予想はしていたが、またユーティアが頓珍漢なことを言い始める。


「あんた達! 頼む! アスタを助けてくれぇ! このままじゃマジやべぇよぉおお!!」

 そしてあろうことかブルムナまでもが、涙と鼻水を垂らしながら俺にしがみ付いて懇願してきた。


「はぁ? なに言ってんだナンパ野郎!? 助けたければ、とっととお得意の双剣で戦えよ! 女に泣きつくなんて恥ずかしいとは思わないのか?」


「ムリムリムリ!! オレっち達が戦えるのは自分より小さくて自分より動きが遅くて、知能が低くて凶暴じゃない魔物限定だから! だからあんなマジやべぇのムリー!!!」


 なんじゃそりゃ? よくそれで凄腕冒険者とか言えたもんだな!

 こいつらじゃ二人がかりでもオーク一匹すら相手にできないだろうよ。


「いずれにしても、あいつを助ける義理もメリットも無いな。それにあいつ自身が言っていたではないか。この世は弱肉強食、弱い奴は殺されても文句は言えないってな。それでさっそく餌食となるあたり、因果応報としか言いようがない。まぁせいぜい囮になってくれたまえ弱者諸君!」

 俺はしがみついたままのブルムナの腹に蹴りをブチ込んで無理矢理引き剥がす。


《こらぁあ! リュウ君メッですよメッ! そんな薄情な子に育てた覚えはありませ〜んっ!!》

「五月蠅い! 俺は育てられた覚えはねーよ!!」

 頭の中にキンキン響くユーティアの声。

 無駄とは知りつつも思わず耳を塞ぐ。


「もう、しょーがないなぁ! 正義の味方は誰であっても見捨てるわけにはいかないからね!」

 そんな俺とユーティアのいざこざを横目に、マリオンがマンティコアへ向かって跳ぶ。


「いくよポチ! 必殺ネコパンチ!!」

 マリオンはまるでバレリーナのように空中でクルリと身体を急回転させる。

 すると遠心力によって加速されたポチの前脚がゴムのように伸び、マンティコアの腹部にクリーンヒット!


 この攻撃?は殺傷力は無いだろう。

 しかし腹部に強烈な打撃を食らったマンティコアは、枝の上でよろめきアスタロッサを吐き出した。


「ゲェハッ! ゴゥホォッ!!」

 上半身マンティコアの濁った唾液でベタベタのアスタロッサ。

 半分白目を剥いて意識も混濁してそうだが、命に別状は無さそうだ。


「うぉおお! アスタァアア!! 動けるか? 歩けるかぁ?? 早く逃げねぇとマジやべぇよぉお!!!」

「おぉ……ぶあむな?」

 ブルムナはアスタロッサの元に這いずり、アスタロッサも息絶え絶えながら応じる。

 二人共まともに走れる状態ではないが、ブルムナはアスタロッサを抱えたまま転がるようにして脇の草むらへと逃げて行った。

 

「ほうれ見ろ、あの連中は自分達さえ助かるなら俺達など見捨てて逃げるクズだ! だから助ける価値など無いと言ったんだ。それにだ……」


「キシェエエエエエエエエ!!!」

 マンティコアは地上に降り立ち吠えると、怒りの形相を俺に向ける。

 

 まぁ当然といえば当然か。

 せっかくの御馳走を逃しちまったんだ。

 残ってる奴にターゲットを変更するわな。


 しかし食事の邪魔をしたマリオンではなく俺が標的とは。

 やはりこの世は理不尽に満ちている。


 マンティコアと対峙する形となった俺は、目の前の空間に右手で逆五芒星を、左手でその五芒星を囲むように三つのサークルを描く。


「リ・ジエート・リッタ・ラルハス 錬成されし烈風は 瞬きとなりて(ほとばし)る!」


「ガァアアアア!!!」

 俺の異常を察知したのか、マンティコアは大口を開けて突進してくるが──


「──甘いわ!!」

 俺は真正面の空間を切り裂くように右手を振り上げる。


  『 刃 風 空 絶 斬(ラースメード) !!』


 真空の刃が迸る!

 目前まで迫っていたマンティコアは一瞬で両断され、綺麗に左右に分断された体躯が勢いそのままに俺の真横をゴロゴロと転がっていく。


《はわわわわっ!! やりすぎですよリュウ君!》

「そうだよリューちゃんもっとマイルドに倒してよ! こんなのお子様に見せられませーん!!」

 二人揃って好き勝手言いやがって。

 俺が対処しなければどうなっていたと思ってるんだ?

 

「しかし……芸も無く突進してくるとは所詮は獣か。殺してくれと言っているようなもんだな! マンティコアといえども俺の敵ではない!! クックック……あっはっはぁ!!」


「リューちゃんシーッ!」

 勝利の悦に浸っている俺の口を、マリオンが両手で塞ぐ。

 

「まだ……他にも居るよ。遠くで……今のと同じ魔物っぽい鳴き声が聞こえる……それに交じって人の声も……」

「そうか、つまりこの森はマンティコアの巣窟ってわけか? どうりで高難易度認定されているわけだ。ギルドはこの事を知っていたのか? いや……今までこの森での生存者が少な過ぎて詳細までは掴めなかったといったところか」


 馬車は当初森の入り口前まで寄せる様子だった。

 マンティコアが居ると知っていれば、馬車の御者や馬をわざわざ危険にさらすことはしないだろう。


《引き返しましょうリュウ君! これじゃ命がいくつあっても足りませんよ!》

「バカを言うな! 先程の二人組のように、マンティコアのおかげでライバルが脱落してくれるならこれ幸い。お宝を独り占めできるではないか! むしろ俺は俄然やる気が出てきたぜ!! 成功を収めるには時として勇猛果敢さが必要だぞユーティア」

《それはただの無鉄砲って言うんですよ!》


 残念ながらユーティアとの意見の相違が埋まらないようだ。

 だがそれはそれとして、俺はさらなる森の深部へと踏み込んだ。


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