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第72話 アメイジングメイズ 1

 こうなっては仕方がない、虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。

 多少のリスクは許容して探索するしかないだろう。


 ということで、結局俺達は攻略法の無いまま迷いの森を進むことにした。

 これ以上出遅れたくないし、現状では他に有効な手段があるとも思えない。


「森の熊さんっこっんにっちわ~♪」


 もちろん、森に踏み込んだ時点でユーティアに代わって俺が表に出ている。

 こんな見通しの悪い場所では、いつ魔物に襲われるともしれない。


「鮭が好きかっな? 鮎もうまいぞ~♪」


 俺ならば不意の襲撃にも対処できるからな。

 もっともユーティアの運動神経ではこの足場が凸凹の森を歩き回ることすら困難だろうが。


「一緒に食っべよっう! ヤッホー! ヤッホー!!」


「うっるせぇーなぁああ! さっきからなに歌ってんだこのバカ女がぁああ!!」

 クッキー完食事件に続き意味不明の歌を大声で喚き散らすマリオンに、温厚な俺の堪忍袋の緒が盛大にブチ切れる。


「ぶっぶぅー! バカじゃありませーんリューちゃん! こうして森の中で歌っていると、熊とか危険な大型生物が近寄ってこないのです! いやぁーまた博学っぷりを披露しちゃったかなぁ~エッヘン!!」


「なーにがエッヘンだこのバカ!! 今まさにその危険な大型生物のオークを探している真っ最中だろうが! 近寄ってほしいんだよ! 遠ざけてどうすんだよ!」


「あ、そーか! これは盲点モーテン!」


 信じられないことに、こんな気味の悪い場所に居るというのにマリオンはいつも通りのハイテンションだ。

 肝が据わってやがる。

 いや度を越して無神経なだけか?


《とりあえずできるだけ道順を覚えておくようにはしてますけど、段々と頭の中がこんがらがってきてます。できるだけシンプルに移動してくださいねリュウ君》

 マッパーを買って出たユーティアだが、早くも心が折れかけている。


 しかしそれも無理はない。

 うねりと捻じれで構成されたようなこの森は、まるで天然の迷路だ。

 筆記用具も無いので地図を作ることもできない。

 もっともこの地形の複雑さでは、まともな地図が作れるとも思えないが。


「とりあえず俺達はオークの探索に注力しよう。それらしい気配を感じたら俺に知らせてくれマリオン」


「おおっと! てことはアレの出番だね! ポチ! サーチモード!!」

「ナーゴ!」


 マリオンの肩に乗っていたポチの頭部だけがムクムクと巨大化し、そのままマリオンの頭を後頭部から丸飲み……いや、半飲みにする。

 あれだ、猫耳付きのフードを被ったような状態というべきか。


 そういえば以前に巨大化したポチがマリオン全身を飲み込むステルスモードってのがあったな。

 今回は頭だけ巨大化してマリオンの頭部に被さるという形態。

 これがどう違うっていうんだ?


「説明しよう! サーチモードとは、聴覚が約三倍になる探索特化形態なのだっ!!」

 などと得意がるマリオンだが、被り物をしているようにしか見えないその姿ゆえに貫禄は無い。

 だがピクピクと動くポチの大きな耳は、見通しの悪いこの森では確かに役に立ちそうだ。


「猫の手ならぬ猫の耳でも借りたい状況だ。ま、一応期待させてもらおうか」

 俺達は森の深部に向かって進んでいく。

 もっともすでに方向が狂っていて明後日の方向へ進んでるかもしれないが……


「……しかしこの森はなんでもありだな」


 森の地形同様に、ここの動物の生態系も異様だ。

 亀のような甲羅を持った鳥や、ムササビのように滑空する蛍光色のトカゲ。

 この森に入ってそれほど時間が経過しているわけではないのに、すでに多数の奇態な動物を見かけている。

 今のところは危険度の高い生物には遭遇していないが。


「リューちゃん目の前の上の方から音がする! なんかいるよっ!」

 マリオンの警告のほぼ直後。

 目前の木の枝が急にしなるように動くと、牙を剥いて襲い掛かってきた。


「フンッ──!」

 俺は喉元に襲い掛かってくるそいつの首根っこをすんでのところで掴み止める。


「これは……枝じゃない。擬態能力のある蛇か。……このまま握り潰してやってもいいが、オーク以外の殺生は禁止だったな」

 俺は蛇を後方へ向けて大きくぶん投げた。


《はわわぁ~びっくりしましたぁ! でもリュウ君妙に落ち着いてましたね。あんな大きな蛇を素手で掴んでも平然としてるし、その、つ、潰してもいいとか……》


「そうだな、俺VRゲームが好きだったから、キモいのとかグロいのとかも妙に慣れちゃってるんだよなぁ。それに厳密にはこれは俺の体じゃないわけだから割り切れちゃうというか……」

《そこは割り切らないでぇええ! ぶいあーるってのはよくわからないですけど、私の体だから大切に使ってくださいよ!!》

 まぁユーティアの言い分にも一理ある。

 仮に毒蛇に噛まれたとしたら、俺自身にまで害が及ぶだろう。

 やはりこの森は慎重に進んだ方がよさそうだ。


 俺達は気を取り直して歩き出す。

 もうそろそろ本命に出くわしたいところだが……


「リューちゃん今度は前の方から! ちょっと大きめで二匹……かな?」

 ──来たか!

 再びマリオンの警告。


 ガサガサと前方脇の草が揺れる。

 俺はいつでも攻撃できるように構える──が……


「おぉおぉ! 可愛い子ちゃん達またあったジャン?」

「すげぇ! これはもう運命だろマジやべぇ!」


 出てきたのは先程の赤髪青髪コンビだった。


「いやぁ、完全に迷っちまうしオークは居ないし散々ダゼ!」

「あっ!? あのマジやべぇ猫は………ホッ、いねぇな」


 ポチが見当たらずに一安心の様子のブルムナ。

 目の前に居るのだが、マリオンが被っているためソレと気が付かないようだ。


「もう疲れたし、小遣い稼ぎはできたから今回は帰るかナァ……」

 そう言いながらアスタロッサは懐から二つの白い物体を取り出すと、愛おしそうにしげしげと眺める。


「ああっ! それもしかして一角ウサギの(つの)?」

 マリオンはその白い物体を指差し叫ぶ。

 たしかにコーン状のそれは、角のように見える。


「おっ、詳しいジャン? さっき偶然出くわしたから狩っといたンダ。この角は薬の材料になるから高値で売れるんだゼェ!」

「ばつばつばーつっ! オーク以外は狩っちゃダメって言ってたじゃん!!」

 胸の前で両手を大きくクロスさせ、猛抗議のマリオン。

 こいつこういうところは優等生的な真面目か?


「知るかよそんなクソルール! そもそも自然ってのは弱肉強食ナノサ! コイツらは弱くてオレァ強かった。この世はそれが絶対正義! だから殺されても文句は言えねーってワケサ! ケケケッ!」


「……わたしこの人達キラーイ!」

 マリオンは被ったポチの目の下を引っ張ってアスタロッサに向けてベーをする。


「クク……まぁそう言うなマリオン。奴の言い分はしかし正しいぞ。優勝劣敗は自然の摂理。弱い者、そしてその原則を理解しない者は死んでも文句は言えない。それを率先して実践しているという点では、奴めなかなか見所があるかもしれん」

 ユーティアやマリオンと過ごしていると、どうも調子が狂う。

 俺がこの世界で生き残るためにも、あの旺盛さはむしろ見習うべきだろう。


「おやおやぁ? キミさっきとキャラ違くネェ? なんかワイルドって言うか? でもこっちも好みだゼェ! ベッドでも激しそうだしナァ! それとも今ココでヤッちゃう? 時間はまだたっぷりあるし、四人で取っかえ引っかえ楽しもうゼェ!!」

 アスタロッサは鼻息荒げて舌舐めずりをする。


 ──ハァ……前言撤回。

 生理的に無理だわコイツ。

 やっぱ品性って大事ですわ。


 見習うどころか反面教師にする価値すら無い。

 一秒でも早く視界から消えてくれマジで。

 ってなことを思った矢先。

 

 ──消えた。

 本当に忽然と。


 目の前に居たはずのアスタロッサの姿が俺がまばたきをする一瞬の間に、まるで蒸発したかのように消滅する。


 これは一体どういう──


「ごぁあああああああアア!!!」


 ──突然!

 頭上から叫び声が降ってくる。



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