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第71話 異世界の車窓から 3

 それは遠目にはなだらかな山のように見えたものの、近づくにつれ木々が密集した森であることが判明する。

 これは……想像以上に巨大な森だな。


 べつに「右手に見えるのが迷いの森です」とアナウンスがあったわけではない。

 しかし森全体から発せられるえも言われぬ異様な威圧感と、森に近づくにつれ感じられるジメジメと肌に纏わりつくような異様な空気感によって、否が応でもそれが目的地だと察せられる。


 いよいよ森が目前まで迫った時、なぜか馬車が急停止。

 この馬車だけではない、前方の馬車も動きを止めている。


 どうやら道の状態が悪く、これ以上進めないようだ。

 この辺りは人が住んでいる気配もなく、道も荒れ放題。

 むしろここまで来れただけでも幸運か。


「すいませーん! 馬車で進めるのはここまででーす! みなさん後は自力で進んでくださーい! 帰りの時間に遅れませんよーに!」

 先頭車両に乗っていたギルドのお姉さんからGOサインが出るや否や、馬車に乗っていた冒険者達は我先にと飛び出して迷いの森へとダッシュ!


《森へはあと300メートルってとこか? 俺達も後れを取るわけにはいかない! 走るぞ! ほら早く!!》

 走り去る他の冒険者達を他人事のように眺めているだけのユーティアとマリオンに言葉の鞭を浴びせ急がせる。


 先行する冒険者達は雄叫びを上げながら、吸い込まれるように次々と森に消えていく。

 俺達が森の入り口に到達するころには、周囲には誰も居なくなっていて静まり返っていた。


《少し出遅れたが、まぁ良しとしよう。この広い森では容易にオークが見つかるとも思えないからな。では張り切って行くぞ! 狩るぞ!!》


「でも……これは……普通の森じゃないですよ……」

 ユーティアが、驚きのあまり口をあんぐりと開けて森を見上げる。


 ……まぁたしかにな。

 迷いの森──ここがそう命名されている理由を、実際にこの場に来てようやく思い知る。


 まずこの森に自生している木々が異様だ。

 不自然に曲がっていたり捻じれていたり、他の木とこんがらがっていたり。

 その不規則な形状によって、見ているだけで平衡感覚が乱される。


 そしてこれまた無秩序に起伏する地面と曲がりくねったケモノ道によって、方向感覚まで奪われる。


 おまけに幾重にも重なる木の葉によって陽光は遮られ、太陽の位置も掴めないため方位すら読めないだろう。


「う~ん、なんか目が回ってきそうだよぉ!」

「先に入った人達は大丈夫でしょうか? みんなちゃんと迷わず戻ってこられるといいんですけど……」


《少なくとも他人の心配をしている場合ではないな。俺達が迷わない方法をまず考えるべきだ》

 オークを狩ったはいいが、時間内にこの場所まで戻れなければ意味が無い。

 重いオークの首を抱えて徒歩でリムファルトまで戻るのは現実的ではないし、日数がかかって途中でオークの首が腐敗してきたらと考えると……軽く地獄だ。

 しかしこの混沌とした森で迷わない方法となると……


《──そうか!! 閃いてしまったぞ! この森の攻略法を! やはり俺様は天才だ!! 自分の機知頓才(きちとんさい)ぶりが恐ろしい!!!》

 それはまったくの偶然だった。

 まさかたまたま頭に浮かんだ少し前の情景が、この森を切り抜けるヒントとなろうとは。


「なになにリューちゃん? わたしにも教えてー!!」

《いいぞ、まずさっきのクッキーをよこせマリオン。あのクッキーを砕いて、欠片を移動経路に撒いていくんだよ。戻る時にはその欠片が道標になるというわけだ。これで迷うことはない。どうだこの完璧な作戦は!》


「…………………ない」

 ウッキウキで発案する俺に向けて、なぜかマリオンは表情を固まらせる。


《ない……とはなんだ? いいから早くクッキーを出せよ。俺達は急いでいるんだぞ?》


「……食べた」


 食べた……だと?

 まさか……


「ぜんぶ、ぜーんぶ食べちゃったから、もう一欠片も残って無いんだよね! てなわけで、ゴメーンねリューちゃん!」


 いやいやいや、なにを言っているんだこの女は?

《あんなに大量にあっただろう! 目いっぱい! どっさりと! いくらなんでも少しぐらい残ってるだろ?》

「うーんそれがぁ、ティアとお話ししながらつまんでたらぁ、不思議なことにいつの間にか綺麗さっぱりなくなってたんだよねぇ……テヘッ!」


《テヘッっじゃねぇぞこの大食い女がぁああああ!!!》


 目的地に着く前におやつを完食。

 そんな非常識な暴食牛乳(うしちち)女に、俺は怒りを爆発させた。

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