第64話 双璧の剣士 4
《だそうだが、ユーティアは知っているのか?》
「いえ、すいません。なにぶん田舎育ちなもので情報には疎くてですね……」
だろうな。
この世界では、とりわけ情報の伝播が亀のように遅い。
ユーティアが知らないのは想定内。
だがこのオッサン連中はそうではないようだ。
「ひぇえ!! これは失礼いたしましたルーンフェルグ殿! 小生達は重大事件の捜査中でありましてぇ。任務上不可避な職務質問であったと、どうかご理解いただきたいですぅ」
「も、もちろん因縁……いえ誤解は解けましたので、ワタシらは失礼させていただくのよね」
ロロイドとコーキンは背筋が凍りついたような顔で直立すると、見苦しい言い訳を残して一目散に退散していった──が……
「はぁああああ? エクシード? だからなんだってんだぁよぉおお! ヒック!」
オルデラだけは怯む様子がない。
焦点の合わない目玉をギラつかせてライアスを睨みつける。
肝っ玉が据わった性格なのか、それとも物事の分別がつかないほど泥酔してるのか?
「だいたいよぉお! オマエらエクシードってのはぁ、ちょっと魔力があるってぇだけでエッラそーにしやがってぇよぉおお! 俺タチの方がよ~っぽど日夜働き続けて国の平和に貢献してるんだぜぇ! わかったかぁ? この若造がぁああ!! ヒック!」
「ええ、勿論存じております。そして見たところ今あなたは殊更にお疲れのようだ。グルード、この方を自宅まで送って差し上げなさい」
「はぁああ!? ガキか俺はぁ! バカにしやがってぇえ!!」
ライアスは心底心配して言ったようだったが逆効果だったようだ。
オルデラは赤い顔を怒りでさらに真っ赤に沸騰させて、腰のショートソードを抜き払う。
突然の事態に、この騒ぎを遠巻きに見ていた一般人から悲鳴が上がる。
「俺ぁこの町で一番の剛剣と呼ばれるほどの男ぉ! 生意気な若造に稽古をつけてやるぜぇえ! ヒック!」
剣を構えたオルデラはゆらゆらと、不規則でうねるような動きで間合いを詰める……っていうかこれ酔ってるだけだろ。酔拳ならぬ酔剣か?
「剣を抜いたな?」
ユラリと、ライアスの体が風になびくように揺れた──と思ったら、いつの間にか剣の柄に手を当て斜めに構えていた。
あまりに自然な動き故に、“動いた”という認識すら感じられないほどのモーション。
その表情は変わらないものの、その瞳には蒼い炎が揺らぐ。
「剣士が一度剣を構えれば、そこに歳の差も身分の違いも介在し得ない。あるのはただ──」
それは一瞬の閃き──!!
ライアスの手元から高速の光が放たれる。
その閃光はオルデラの体を射抜き、八つ裂きにする。
「──武人としての力量のみ!」
超高速の斬撃を打ち放ったライアスの剣──白く輝く細身の剣は、傷一つ、曇り一つ無く鏡のように光り輝いていた。
まるで勝利を誇示するかのように。
ガシャリ──と、オルデラの分断された体が地面に崩れ落ちた。
……と思ったのだが、落ちたのは鎧だけだ。
ライアスの一撃は、オルデラの鎧のプレート結合部のみを破壊し剥ぎ取ったのだ。
おいおいマジか?
我が目を疑うレベルの神業だぞ!
「ひっ! ひぇえええ!!」
その衝撃でようやくシラフに戻ったのか、オルデラは唖然とした表情で自分の両手足を必死に確認する。
無事繋がっているのを悟ると、その安心からかそれとも恐怖からか、今度こそ本当にその場に崩れ落ちた。
死の世界でも垣間見たのか。
生色を失ったその表情に、もう闘志は残っていない。
「……とはいえ、今回は稽古でしたな。なら相手を負傷させるというのは筋違いでしょう。しかしこれ以上続けるというならば、次は実戦としてお相手させていただきますが?」
「わわ、悪かったぁ! 俺の負け! 負けだぁ! 実はな、そうは見えなかっただろうけど、本当のところちょっとだけ酔ってて強気に出ちゃっただけなんだ! 勘弁してくれぇええ!!」
どう見ても思いっきり酔ってただろうという突っ込みをする間も無いほどに、オルデラは地面で何度も蹴つまずきながら逃げていった。
やはり酔いはまだ醒めきってはいないようだ。
ライアスはオルデラにはもはや興味は無いとばかりに、静かに剣を鞘に納める。
その何気ない動きまで一貫して無駄が無い。
見た目は確かに十代なのだが。
奴の所作の一つ一つが、とてもそうとは思えないぐらいに洗練されている。
「いんやぁ! さすがはライアス坊ちゃんだべ! おかげで助かったべよぉ!」
「兄上、あのような輩、兄上が手を下すまでもなく私にお任せいただければ」
「フフ……まぁいいさ、肩慣らしにもならなかったがな。ところでグルード、一緒にいた少婦はおまえの知り合いか?」
ライアスの興味はオルデラからユーティアへと移ったようだ。
こちらを眺めたままグルードを問いただす。
「えぇ!? そっそれは……その、知り合いというか、一時的な関係というか……」
「はあ……グルード、悪遊びも大概にしろとあれほど……」
「不潔ですね」
どうやらグルードの女遊びは今回が初めてではないようだ。
ライアスとラトルは早々とユーティアとの関係性を理解したようで、呆れたようにグルードを咎める。
「しょ、しょうがねぇべぇ! オラは坊ちゃん達みたいに黙ってても娘っ子が寄ってくるような容姿じゃねぇだべさぁ!」
「ふん、私は寄ってきてほしいと思ったこともないがな」
グルードとライアスが言い合う中、俺はユーティアの体を使ってやや強引にライアスの目の前に割り込んだ。
そして──
ぱちぱちぱちぱち──と、やや大袈裟なぐらいに拍手をしてみせる。
「いやぁお見事! さっすがエクシード様だ! 是非ともその強さの秘訣をお教え願いたいものですなぁ!!」
そしてわざとらしく賛辞してみせる。
ライアスは驚いたようで、その細い目を見開く。
《ちょ……リュウ君! 突然入れ替わって何を始める気ですか!? まさか相手がエクシードだからって、喧嘩をし始めたりはしないですよねぇ! ねぇ!?》
って、ユーティアにとって俺はどれだけ好戦的な戦闘民族だと思われてるのかね?
まぁエクシードをここでブチ殺したい気は確かにあるが、今は他に優先事項ができた。
こいつを葬るのはその後だ。
それにライアスの超高速の攻撃はちと厄介。
闘うにしても、現状では情報が少なすぎる。
ここは探りを入れたいところだが……
「エクシードが国民を守るのは当然。褒められる事ではありません。それと、私の力量に秘訣などありませんよ。全ては日々の鍛錬の成果です」
真顔に戻ったライアスは当たり障りのない解答をする。
なんだそりゃ?
なんの参考にもなりゃしない。
「あれれぇ? ぴゅありんちゃんキャラ変わってるべぇ?」
「んん? そっかぁ? 細かい事ぁ気にするなよデブ!」
「んえ? おぇええ!?」
この場で今からグルードから金を巻き上げるのは無理だ。
もうこいつ相手に猫を被る必要もあるまい。
「グルード、だからいつも言ってるだろう? 女とは仮面をかぶった生き物、面従腹背が常と心得よとな」
ポーカーフェイスを保っていたライアス。
だがこのセリフの時だけは、感情が露となる。
そしてそれは、明らかに嫌悪感が浮き出た表情だった。
「おやおや、ライアス坊ちゃんは女性不信と見える」
俺はライアスの顔を覗き込み、からかうように冷笑してみせる。
そしてその指摘は図星だったのだろう。
見透かされたことを悔いるように、ライアスは額を指で押さえる。
「いや失礼……あくまで私の私見だ。気を悪くしないでくれミス……ぴゅありん?」
「あっはっはっ! そりゃ偽名だよ。本名はリュウ! いやえ~と、リュウ……シェルバーンだ。以後お見知りおきを。ライアス坊ちゃん?」
「そうか、しかし私の主な活動拠点は王都なものでね。二度と会うこともないだろう。では私達は明日の任務の準備があるので、ここで失礼させてもらうよミスシェルバーン」
ライアスは俺に軽く一礼するとこの場を後にした。
弟のラトルもそれに倣うように頭を下げその後を追い、困惑したままのグルードも続いた。
「二度と会うこともないだろう……ね。そいつはどうかなぁ?」
俺はニヤリと笑いながら三人の背を見送った。




