第62話 双璧の剣士 2
東西を横切る大通りを北側に抜けてすぐの、テニスコート四面分ほどの広さの公園。
中央には大きな石造りの円形の噴水があり、その周りを取り囲むように色とりどりに咲き誇る花々。
中世ヨーロッパにありがちな、古典的ながらもエレガントな雰囲気の公園では、家族連れやらカップルやらが憩いのひと時を楽しんでいる。
「今日は天気が良いし、ここで日向ぼっこでもしながらゆっくりと語らうべぇ」
グルードは公園の端のベンチにドスリと腰を下ろすと、グーッと背伸びをしながら提案する。
「良いですねぇ、お花も綺麗ですし。お弁当を持ってくればよかったです」
ユーティアも隣に並んで座る。
なんだその会話は?
還暦迎えた老夫婦か?
「ぴゅありんちゃんはシスターなのになんでこの仕事をしてるべか? やっぱり金銭的理由だべか?」
「ううっ……恥ずかしながらお金目的ですぅ。ちょっといろいろと事情があってお金が必要でして……」
「あぁ、詮索してわるかったべ。余計なことは言わなくていいべさ。誰しも悩みの一つ二つあって当然だべなぁ。オラも昔からよく悪友にイジメられてたもんだべ。でもそんな時、いつも助けてくれる人が居てなぁ。その人のおかげで今もこうして生きていられるようなもんだぁ。だから今はその人の下でその人の助けになるために働いてるだべよ」
「素晴らしいです! 固い絆で結ばれた助け合いの精神!! お二人に神のご加護がありますように!」
……なんだこの胡散臭い宗教の勧誘みたいな会話は。
それにしても、この豚はなぜもっとがっついてこない?
まさか本当にこのまま閑談だけで済ます気じゃないだろうな?
ぐぬぬぬ……これでは追加料金が取れないではないか。
何か手を考えなくては……
「本当は可愛いぴゅありんちゃんを助けてあげたいところだけんど、生憎と今は持ち合わせがないべぇ。だけんど、うまくいけば明日中にもまとまった金が手に入るかもしれないだぁ。そしたら次会った時にはぴゅありんちゃんに小遣いあげられるべぇよ! グェヘヘヘヘヘ」
《なんだと!? まとまった金だと! そこ、突っ込んで詳しく聞けユーティア!!》
ユーティアは人のプライベートを深堀りするなんてと嫌がったが、この仕事を明日以降も続けるのとどちらがいいのかと迫って無理矢理に聞き出させる。
「えぇっと……グルードさん、なんでお金がたくさん稼げちゃうのかなぁ? 気になるなぁあ? なーんて……」
「グェヘヘ、実は明日オーク討伐の合同クエストがあるんだぁよ。報酬はオーク一匹当たり、なんと10万リグだべさ!」
じゅ──10万リグだと!!
オークってあのオークだろ?
ゴブリンと同程度の──それほど上位の魔物というわけではないはずだが。
それを一匹で10万て、破格すぎるだろ!?
「オークの討伐……ということは、グルードさんって冒険者だったんですか?」
「グェヘヘヘ、いやぁオラはただの付き人だべよ。さっき言っていた昔オラを助けてくれた人だけんど、そのオラの雇い主が剣士なんだべ。今日この町で合流予定だもんだから、オラがこの近くで宿を取って手続等の事前準備を進めていたところだべ。そして、そのお方は強いだべよぉ。なんたって……」
「オイオイおデブちゃあん!? こんな所で真っ昼間から不純異性交遊ですかぁああああ!? ヒック!」
──酒クサ!!
いつの間にか目の前に顔を真っ赤にして酔っ払った三人組のオッサン共が、俺達を囲むように並び立っていた。
三人共が鎖帷子に部分的に薄いプレートで覆われた軽装の鎧を身に着けている。
この鎧は──この町の衛兵のものだ。
この様子からすると、さしずめ夜勤明けに歓楽街で飲み歩いた帰りってトコか?
「まぁーったく! このオルデラ様が毎日毎日身を危険に晒してこの町の治安と秩序を守ってやってるってのによぉお! おっまえらはそんな苦労も知らずに昼間っからイチャイチャしやがってぇえ! まったくけしからんんっ!! けしからんぞぉ!! なぁ、ロロイド、コーキン!」
中央のオルデラと名乗るオッサンは、酒臭いブレスと共に意味不明なイチャモンを吐き出す。
「小生の若いころは、恋愛とは奥ゆかしく育むものでしたが。いやはや、最近の性の乱れは目に余りますなぁ」
右に倣うはロロイドと呼ばれた黒のスクエア型メガネをかけた細身のオッサン。
「ほんとにうらやま……いや捨て置けないよね。これは邪魔を……いや健全な道を指導すべきだよね」
そして左に倣うはコーキンと呼ばれた本音が漏れすぎの小太りなオッサン。
しかし三人共酔っているとはいえ、町の平和を守る衛兵が一般人に絡んでくるとは迷惑な話だ。
「あのぉ、オラも一応騎士団に所属しているもんで、皆様方とは似たようなものだべが……」
「はぁ? 騎士団? お前がぁ??? ひぃーはっはぁ! やめておけぇ、戦場にお前が居たら魔物と間違えて斬り殺されるのが目に見えてるぞぉ! ひゃっはははぁあああ!!」
とりわけこのオルデラとかいうオッサンは凄まじい泥酔ぶり。
まぁ言ってることに一理はあるが、こちらは商売の途中なので邪魔しないでもらいたいのだが。
「大体この女は本当にお前の女かぁ? ヒック! いくらなんでも分不相応すぎるだろぉ? 人種越えちゃってるだろぉ? まさかどこぞから連れ去ってきたとかじゃないだろうなぁ?」
「これは匂いますなぁ。事件の匂いですぞ」
「彼女を横取……保護すべきだよね」
「いんやぁ、この子は妹……ではないだべぇが、知り合い……というのとも違うんだべぇが……」
酔っ払い三人衆にあらぬ疑いをかけられ弁明するグルードだが、ユーティアとのルックスの差がありすぎてどれもイマイチ説得力に欠ける。
というか、とっとと金で買ったと言えばどうだ?
そこは見栄を張るところじゃないぞ?
「私の従者に何か御用かな御三方?」
落ち着いたトーンの、しかし静かな威圧感を含んだ声がオッサン三人組の真後ろから発せられる。
そのよく通る声に貫かれるように三人共がピタリと動きを止め、振り返る。




