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第61話 双璧の剣士 1

「む……無理無理ムリですぅ! あと六人もなんてぇ!!」

 ユーティアは床に這いつくばって咽び泣く。

 

 そのあまりの悲嘆っぷりにコペルは驚いたようで、カウンターから飛び出しユーティアをなだめる。

「あちゃあ、やっぱり新人にはキツイっスよねぇ。でもそう言うかもと思って後半の四人は仮予約にしてるっスよ。だから少なくとも最初の二人だけでもこなしてほしいスけど……」


 何気に気の利く有能な店員だな。この手の店で働かすには勿体ない奴だ。


「あと……二人?」

「そうっす。できそうっスか?」

「無理……とは言えません。人様との約束を反故にはできませんから……」

 渋々と、嫌々ながらもユーティアはコクリと頷く。


《店員のアシストに感謝するんだな。まぁ三人相手にできれば、初日としては及第点だろうよ》

「初日としてはじゃないですよぉ! 店員さんには今日限りにさせていただきますと、後でキッチリお断りさせていただきますからね!」

 二階への階段を上りながら、そう言ってユーティアは決意表明する。


 まったく、まっとうな仕事で稼ぐのにどれだけの労力が必要だと思っているのか。

 そもそもこの都市で、ユーティアがこなせる仕事があるかどうかすら怪しいというのに。

 やれやれ、明日からどう説得をしたものか。頭の痛い話である。


 その後、二人目の客が来るまで待機室で数十分待つこととなった。

 相変わらず部屋の隅で縮こまって居心地の悪そうなユーティアだったが、予定より早く客が来たため時間前倒しで解放された──のだが。


「ヒャッホゥ! マブイじゃん? 早くハヤクゥ! オレちゃんとイイコトしようぜぇ!!」

 黒のレザージャケットに身を包んだリーゼントヘアのその男は、ユーティアを見るなりそう雄叫びを上げると同時に腰を前後に振り始める。


 これはこれは、ルイとは対照的に取り繕うこともない脳味噌までも猿野郎。

 歳もかろうじて成人している程度か?

 若さ故に持て余した性欲の制御すら効いていないようだ。


 コペルもそんな本能剥き出しの男に不安を感じたのか、見送る際に性的サービスは禁止の旨釘を刺す。


 しかしこの男は海馬まで性欲で機能低下しているらしい。

 店から出て10メートル程歩いたところで、ユーティアの肩をガシリと掴む。


「なぁ、いいだろ? ここでさ。金は後で払うからさ! な? な?」

 などと言いながら無理矢理ひと気の無い路地裏に連れ込もうとする。


「い・い・わ・け・ねーだろーが!!!」

 ユーティアと入れ替わった俺が、男の股間を蹴り上げる。


「後払いなど話にならぬ! ニコニコ現金前払いしか受け付けぬわ!!」

《怒るところそこですか? 少しは私の心配をしてくださいよぉ!》


 ユーティアの言い立てはさておき、この男もやはり俺への豹変ぶりに恐れをなして一目散に逃げていった。

 

「チッ、金を巻き上げそこねたか。まぁいい、あの手の輩はそもそも搾り取るほどの金も持ってはいまい。ホテルに行かずこんな場所で事を済まそうとするあたりで高が知れる!」


 こりゃ三人目に期待するしかないな。

 俺は襲われたショックでまたしても挫けそうになっているユーティアに活を入れ、適当に時間をつぶした後店へと戻る。


 ──んで三人目。


「ぅほーうっ! こりゃあすんげぇえ別嬪さんだべさ! オラぁグルードといいます。よろしく頼んまっさぁ! グェヘヘヘヘヘ」


 出た!!

 メタボ指数最大値の肥満体に、枯草色のヨレヨレの小汚いシャツ。

 豚を品種改良したような不細工な顔に、手入れされていないボサボサの髪。

 汗だか皮脂だかわからないが、ラードでも塗ってるのかと思うほどに謎にテカる体表。

 そして日頃風呂に入っているのかと疑いたくなる異様な体臭。


 まさに絵に描いたような古典的なオタク!!

 いや、この手の店に一番来そうな人種ではあるものの、どこの世界にも居るもんだなこういうタイプは。


「グルードさん、よよ……よろしくお願いしますっ! ユー……じゃなかった、ぴゅありんですぅ」

 三回目だというのにぎこちなさが抜けないユーティアは、しかし相手の外見を気にする風でもなくかしこまって挨拶をする。


「ほっほーっ! そんじゃちょっくらお散歩でもすんべぇ」

 のっそのっそとカバのように歩くデブの後を、ユーティアはちょこちょこと小さな歩幅で付いていく。


「ほら、オラこんなナリだべ? だからこんなチャーミングな娘っ子とこうしてお話ができるなんて普段はないべぇよ。だから今日は感涙モノだぁ!」

 ただ歩いているだけなのに、グルードの額にはうっすらと汗が滲む。

 それを白いハンカチで拭いながら、心底嬉しそうに話しかけてくる。


「そうですか? グルードさん気さくで包容力があって大人の男性って感じがして素敵だと思いますよ。もっと自分に自信を持つべきだと思います。主も光を見据えよ、さらば道は開かれるとおっしゃっておいでです」

「ほっ本当だべか? オラそんなこと言われたの生まれて初めてだべよ! ぴゅありんちゃんマジ天使! マジ天使だべなぁ!!」


 本当に初めてなんだろう。

 天にも昇る心地とばかりにダブンダブンと腹を揺らしてスキップし始めるグルード。


 豚をおだててどうするという気もするが、受けているなら良しとするか。

 なによりこの手ののめり込みやすい客は金払いの良い奴が多い。

 好感度を上げておいて損はないはずだ。


「オラこの近くで宿を取ってるんだべが、その向かいに公園さあるんだ。そこで一緒に話すべぇよ」


 うむ、来たな。

 公園で口説いて宿へ連れ込むという、ルイの時と同じ算段。


 ユーティアはそうとは気づかず、無防備にグルードの後についていく。

 こいつはさすがにもう少し猜疑心を持った方が良いと思う。


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