第59話 はじめてのおつかい 2
「すいません、こちらの素敵なレディにあのアイリアの帽子を見繕っていただけますか?」
「まあまあ! これは可愛らしいお嬢様だこと! お任せください、すぐにご用意いたしますわ!!」
ルイに呼び止められた若い女性店員は、丸渕メガネをクイッと位置直しして気合を入れると、意気揚々とバックサイドへパタパタ走っていく。
「あの! いけませんルイさん! 見ず知らずの方にそこまでしていただくわけには……」
「まぁまぁ、せめて試着するだけでもいいじゃないか。物は試しと言うでしょう?」
やはりユーティアは押しに弱い。
強引なルイのなすがまま、鏡の前の椅子へと促され座らせられる。
「お嬢様は小顔ですので、こちらのやや小さめのサイズが合うかと。とてもお似合いになると思いますよ!」
戻ってきた店員が箱からショーウインドウの物より一回り小さめの帽子を取り出すと、ユーティアの頭に乗せ位置合わせをする。
「おおっ! 素晴らしい! 可憐さと清純さがさらに高まったぴゅありんさんの美しさたるやまさに冠絶! この帽子はもはやぴゅありんさんを彩るために天の神が拵えたとしか思えないほどです!!」
ルイの言う通り、鏡に映ったユーティアの姿は想像以上に映えていた。
金の髪と桃色の帽子が程良く調和し、お互いを引き立て合う。
無垢な下地に微かな色気が加味され、その優美さは至極の域に達しつつある。
「そ……そうでしょうかぁ?」
ユーティアもまんざらではないようで、鏡に向かって顔の向きを変えながら笑みをこぼす。
もはやすっかり年相応の少女と化していた。
「こちら1万2千リグになりますが?」
「ほう、安いね」
「たっ高っ!!!」
店員の告げた値段に、ユーティアは絶句。
一方のルイは涼しい表情だ。
「その値段でこんなに美しい女性を拝めるなんて、僕はなんて幸せ者なんだろう。もちろんいただくよ。ああ、箱は不要だからこのまま帽子だけもらおうかな?」
懐から財布を取り出そうとするルイを、ユーティアは慌てて制止する。
「そっ、その、ご厚意は本当にありがたいです! 嬉しいです! でも私のためにそんな高額な出費をさせるわけにはいきません! だから、ごめんなさい。私には受け取れません!」
だがそんなユーティアの主張を抑え込むように、ルイはことさら熱い眼差しでユーティアの瞳を射る。
「すまない、余計な気を遣わせてしまったかな? でもこれは、僕の趣味みたいなものだと思って付き合ってくれないかな? 僕は美しいものが好きなんだ。美しさのためなら多少の出費は当然だと思っている。言うなればこれは僕のポリシー。だから僕のためにも、今は少しだけ大目に見てほしいんだ」
そう語るルイの表情は、今までに無いほど真剣だった。
その頑なさに気圧されたのか、ユーティアはそれ以上説得する句を続けることができなかった。
結果半ば強引に高価な帽子を買い与えられた形となる。
「ど……どうしましょうリュウ君。ルイさんすごく、すごーくいい人です。良い人すぎますよぉ!」
《あのなぁ、だからお前を落とすための布石だって言ってんだろうが! 海老で鯛を釣るというやつだ。それだけ奴はお前に対して本気だというわけだ。くれぐれも舞い上がるなよ!》
「もぉリュウ君は人を疑ってばかりです。きっとルイさんは他人のためならば惜しみなく私財を分け与えることに抵抗が無いほど、心の清い方なのですよ。ならば本当は私などではなく恵まれない子供達にでも分けてあげてほしいところですが……」
やれやれ、こうもあっさり丸め込まれるとは。
つい先日同じように美の追求を声高に掲げる連中に痛い目にあわされたばかりだというのに。
まったく学習をしない奴だな。
そもそも俺達だって十分に恵まれない子供達だぞ?
とはいえ、ルイの金払いが良いのも確か。
コイツはなかなかの太客になりそうだ。
店を出た後、二人は隣の喫茶店へと立ち寄った。
オベリスクが間近に見えるオープンテラス席に着いたユーティアは、向かい合って座る形となったルイに金属製のカップに入った深い赤色の飲み物を手渡される。
「ここは僕の行きつけの店でね。それは僕のおすすめのカクテルなんだ。なんてねフフフ、安心してよただのベリースムージーさ。しかしこれがこの店の一番人気でね。特に女性には受けが良いそうだよ」
「あ……はい、重ね重ねありがとうございます」
またしても奢られたことが申し訳なさそうなユーティア。
恐縮した風に、遠慮がちにスムージーを口に含む。
砂糖など入っていないであろう天然の甘さと酸味のハーモニーはたしかに美味で、人気なのも頷ける。
「どうかな?」
「はい、こんな飲み物は初めてです! とってもおいしいです!!」
あの田舎じゃこういった飲み物は無かったようだ。
珍しそうにチビリチビリと飲むユーティアを、ルイは観察するようにジッと眺めている。
「…………………………」
ジーっと、食い入るように。
「…………あの」
「ああ、ごめんごめん。君の美しさについ見とれてしまったよ。気に障ったよね」
「いえ……その、ルイさんは雑誌の記者をしてるって言ってましたよね。若いのにすごいなと思いまして。ずっとそのお仕事を?」
「いや、その辺はちょっと複雑でね……」
ルイは急に、痛みを堪えるような表情で目を瞑る。
そしてゆっくりと目を開くと、重い胸の内を吐露するように語りだす。
「本当は僕は父の後を継ぐはずだったんだ。でも僕には当時将来を誓い合った恋人が居てね。実は君によく似た、本当によく似た朗らかな女性だったよ。彼女はとても好奇心旺盛で、将来記者になりたいといって地方を取材して回っていたんだ。しかしある日悲劇は起きた。家畜が魔物の被害にあっているという情報の裏取りの最中、逆に魔物に襲われて帰らぬ人になってしまったんだ」
うつむき両手で顔を覆ったルイは、言葉を詰まらせながら話を続ける。
「もちろん……僕は来る日も来る日も彼女のことを思い出しては悲嘆に暮れたよ。自ら命を絶とうと何度思ったことか。しかしそんなある日、彼女が集めた情報のおかげで仇の魔物が退治できたという話を聞いたんだ。そう、彼女の行為は無駄ではなかったんだ。そして僕は彼女の意思を継いで記者になることを決意したというわけさ」
……実に嘘くさい話である。
語りもやたらと芝居がかっているし、同情を買おうとしているのが見え見えだ。
こんな猿芝居に騙されるようなバカがいるはずが……
「ううっ……ひぐっ……そ、それは……お気の毒ですぅ~」
……居た。
めっさ身近に。
ユーティアはマジ泣きで同情してやがる。
しかしそれは……まぁ今はいい。
問題はルイがいきなりこんな話をベラベラと始めたということだ。
こいつと出会って20分以上は経過している。
残り一時間。
そろそろ仕掛けてくる頃合いだと思ってはいたが……
「ぴゅありんさん!!」
「はっ、はい!??」
突然ルイはユーティアの両の手を取ると、その小さな手をしっかりと握りしめてきた。
「あなたは……本当に彼女に似ているんです。あなたを一目見て、僕はまるで彼女に再会できたような衝撃を受けました。これはきっと運命の出会いなんだと僕は思うんだ……」
握りしめる手に力が入り、同時にルイの両の目から涙があふれる。
……が、あふれ方が不自然だ。
おおかた顔を伏していた時に目薬でも差したんだろう。
器用な奴だな。
だがルイはなおも続ける。
「こんなお願い不作法なのは百も承知です。しかし今となっては僕に彼女の暖かさを思い出させることができるのはあなたしかいないんです! この建物の裏手に今僕が泊まっているホテルがあります。どうかひと時だけ、そこで僕にあなたの温もりを分けていただきたい!!」
「えっ…………と、えええっ!??」
いきなり切り込んできたな。
やや遠回しな言い方だったが、その意味するところはユーティアにも伝わったらしい。




