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第58話 はじめてのおつかい 1

「やあ、初めましてお嬢さん。僕の名前はルイーズ・エリックス。皆はルイって呼んでいるからそう呼んでくれるとありがたいです。今日はあなたのような美しいレディにお会いできてとても光栄です。神に感謝しなくてはね。ああ、ちなみに僕の父が牧師をしていまして、子供の頃よりその信心から作法まで厳しく躾けられたものです。僕達は意外に気が合うかもしれませんね。アハハハ」


 部屋を出て、階段で一階に降りたところでその男と対面する。

 赤いワイシャツに上下白のスーツという出で立ちのルイーズと名乗るその男は、ニッコリと顔に張り付いたような笑みを浮かべながら勝手にペラペラと自己紹介を始めた。


 身長は180センチ近くあるだろうか?

 顔も身体もやや細型。

 少しカールのかかったブラウンヘアのその優男は、美形の部類には入るだろう。


 ──だが、だ。

 軽い……


 見た目こそ整えられているものの、なんだろう? このそこかしこから溢れ出る軽薄そうなオーラは。

 お面のような笑顔は詐欺師がカモを(そそのか)す時のそれであり、先程のコピペされたような常套句もまた然り。

 白のスーツで高貴な貴族でも気取っているのかもしれないが、むしろ安っぽいホストにしか見えない。


 俺が言うのもなんだが、なんとも人間性の薄っぺらそうな奴だ。

 まぁそもそも容姿性格共々に良ければ異性にモテるだろうし、こんな場所には来ないだろう。

 実際に異性と付き合っても長続きしないため、こういう場所でつまみ食いをすることが常習化した遊び人といったところか?


「あああの、あの……はっ、初めまして。わっ私ユーティ……じゃなくて、ぴゅありんってい、言います!」

 ガッチガチのユーティアは、まるでロボットのようにぎこちない動きで直角に腰を折る。


「いえいえこちらこそ、よろしくぴゅありんさん」

 その面妖な源氏名に動じることなくルイは静かに笑みを湛えたまま軽く握手を求め、ユーティアもそれに応じる。


 ──とその時、ルイの広角が歪むのを俺は見過ごさなかった。


 当たりを引いた!!

 と、そう思っているんだろう?


 この業界、パネルの写真とはかけ離れた実物が出てくることなど常事。

 それはこの世界とて例外ではないだろう。

 現に一階のカウンターで見かけたパネル写真と二階に居たあの三人は、完全に別人だった。


 ライティング等で工夫しているのか、もしくは魔法を使って修正しているのかは不明だが、かなり盛って美人に仕立てているのは確かだ。

 もちろん利用者もそれは理解し、ある程度は許容して利用しているはず。


 しかしそんな中、写真以上の実物が出てきたらどうだろう?

 ユーティアのルックスは修正が不要なレベルだし、年齢も(非合法なレベルで)若い。

 おまけに見るからに男慣れしてなさそうなウブな性格とくれば申し分なし。

 このルイとかいう男、冷静さを装っているものの内心ではさぞ胸躍らせていることだろうよ。


「ここで立ち話というのもなんですから、表通りへ行って少し歩きましょうか?」

「あっ、は、はい……」

 ルイはあくまで紳士的な態度のままでユーティアをエスコートする。


「リュウ君、優しそうな人で良かったです。これならなんとかなるかもしれないですよ」

 やはりというか、まんまと相手のペースに乗せられているユーティアが呑気にそんなことをのたまう。


《あのなユーティア、野生動物だって獲物を見つけたからといっていきなり飛びかかるわけじゃないんだぜ? 身を潜めて近づくなり群れで取り囲むなりして、確実に仕留められる状況を作り出すのさ。そしてそれは今のこの状況だって同じだ。こいつの穏やかな態度も、お前を確実に落とすための布石にすぎないと心得よ。すでに駆け引きは始まっているのだ! なすがまま相手に乗せられるなよ?》

「もぅ、考え過ぎですよリュウ君たら! 人とは損得感情だけで生きるにあらずです。それにこちらから相手を信用できないようでは、相手も心を開いてはくれませんよ?」


 ……アカン。

 清々しいほどの平和ボケっぷりである。

 ここが男と女の戦場だという自覚すら無い。

 どうやら俺が逐一目を光らせる必要があるようだ。

 

 ルイはユーティアを連れてひと気の多い通りへと出た。

 この都市の中心を東西に跨ぐ大通り。

 建ち並ぶ石造りの西洋風建造物の、そのほとんどは商店だ。

 まだ昼前だというのに、既にかなり活気づいている。

 二人は人の波に促されるように東側、つまり街の中央に向かって歩き出す。


「今日はあなたとの出会いにふさわしい素晴らしい日和ですね。そういえば僕はこう見えてもハドウッズが得意でしてね。三年前に地方大会で優勝した時も、こんな晴好せいこうでした」

 ルイは自分語りを始める。

 自慢話をしたいというより、相手の気を引くためにという意図だろう。

 ハドウッズというのはよくわからんが、この世界の競技の一種なんだろうよ。


 一方のユーティアはまだ緊張が抜けないようだ。

 自分から話題を振る余裕も無く、ルイの語りにぎこちない返事を返すのが精一杯。


 ほどなくこの大通りが南北の大通りと十字に交差する、この都市の中心地が見えてくる。

 交差地点の中央には巨大なオベリスクが空へと向けて突き立つ。


 このオベリスクにはなんでも特殊な鉱石が使われていて、側面にはこの地方に(いにしえ)から伝わる魔術文字が刻印されているという、魔法士がこの都市を訪れたなら必見のモニュメントなのだとかって昨晩マリオンが語っていたな。


 ルイはその中心地に差し掛かったあたり、一際大きなショーウインドウの前でピタリと歩を止める。


 どうやら女性向けのアパレルショップのようだ。

 ショーウインドウには、色鮮やかな衣装に身を包んだマネキンが複数並ぶ。


「おやおや、これは……」

 ルイはその中の一体を、顎を指で撫でながらしげしげと観察し始める。

 その視線はマネキンの着る服……ではなく頭部へと向けられる。


「この帽子はコリーデのアイリアシリーズですね。アイリアはリムファルト北部のサトナ地方でしか採れない特殊な染料を使っているんですよ。希少性が高いですが独特のパステルカラーが人気なんです。いえね、僕は雑誌の記者をしていまして、仕事柄流行りものには少々詳しいんですよ」

「はわぁ……すごいですねルイさん。私はそういうのはさっぱりで。でも……本当に素敵ですね。春の陽気にピッタリな」


 つばが短くシンプルなデザイン。

 さくらのような薄桃色のその帽子は、精彩を放ちつつも派手さは抑えられた上品な色合いでまとまっている。

 ファッションに無頓着なユーティアですら魅入られるのも頷ける代物だ。


 ルイはその帽子とユーティアを交互に見比べると、名案が閃いたとばかりにポンッと手を打つ。

「そうだ、よろしければこの帽子をぴゅありんさんにプレゼントさせていただけませんか? これをぴゅありんさんがお召しになれば、その美しさは天上の天使ですら霞むほどに昇華されること請け合い。さらに僕も眼福にあずかれると一石二鳥です!」


「ええっ!? いえ、そんなわけにはわわっ!」

 突然の申し出に断りを入れようとしたユーティアだが、ルイは半ば強引にその手を引き入店する。


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