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第56話 マネーサプライズ 1



「あの……リュウ君? ここは何をする場所なんですか?」

 胸の前で不安そうに両手をギュッと握るユーティアが、かすかに声を震わせる。


 暗く狭い部屋にキョロキョロと視線を彷徨(さまよ)わせソワソワと落ち着かないその様子から、相当に怯えていることが窺える。


 まぁそれも無理はないか。

 なにせここほど本来ユーティアとは縁遠く、不似合いな場所はないだろう。


 リムファルトの中心部から少しばかり西へ。

 大通りの喧騒からやや離れた場所にあるこの地区は、いささか異質な空気が満ちている。


 赤やピンクといった劣情を煽る配色が目立つ店構えが連なり、その店先では胸元の空いたドレスの女性達が客引きに勤しむ。

 まだ午前中だというのに鼻の下伸ばした男性客達が、餌で誘い込まれる野猿のように建物へと吸い込まれていく。


 つまりここはお子様は来ちゃいけない系の、ちょっとアダルトな歓楽街なのだ。


 しかしこうした特定の需要を満たすスポットが用意されているあたり、さすがは大都市といったところか。

 

 そんな地区のとある一画。

 簡素な木組みと灰褐色の漆喰で作った立方体を、二つ積み重ねたような二階建ての建物。

 このチープな小屋の二階の一室に、今ユーティアは居る。


 一室といってもこの小屋自体に各階一部屋ずつしか部屋は無いのだが。

 一階の建物入り口正面のカウンター越しに一部屋。

 カウンター横の階段を上がった先にこの部屋が。


 明らかに居住性を無視した構造。

 この小屋が最初から特定の用途を目的としていることは明らかだ。


 そしてこの室内のインテリアも同様に、生活感が排除された実に地味なものとなっている。


 部屋中央には木製の楕円形テーブル。

 そのテーブルを囲むように一人掛けのソファが八脚置かれている。

 この部屋にある家具はこれだけ。

 テーブル上の中央に置かれた小さな花瓶の花だけが、この無機質な空間に文字通りに華を添えている。


 そしてユーティアは入り口に近いソファに座り、まるで怯えた兎のように身を縮めていた。

 彼女をそうさせているのはこの部屋の異質な様相だけではない。


 今この部屋にはユーティアの他に三名の女性が腰を据えている。

 そしてその全員が見知らぬ顔。

 まぁ今しがた会ったばかりの赤の他人なのだから当然だが。


 彼女達はお互い言葉を交わすでもなく、それぞれが思い思いに好き勝手なことをしているようだ。


 窓際の赤髪ロングヘアの女性は、ぼーっと放心したように宙を眺めながら煙草を吹かし、その向かいに座る小太りの女性は、目を伏しブツブツと独り言を呟きながら黙々と読書に耽る。

 ユーティア対面の厚化粧な女性は、先程からコンパクト片手にさらに熱心に化粧を塗り重ねている。


 いささかに、癖の強い面子である。


 ユーティアはこの部屋に入るなり頭を深々と下げ、彼女達に丁寧に挨拶をした。

 一瞬驚いた様子の彼女達だったが、すぐに不機嫌そうな表情を浮かべると一言も返さずにそっぽを向いた。


 どうやら鳴り物入りで参加したユーティアは、あからさまに歓迎されていないようだ。


 それでもユーティアは打ち解けようと当たり障りのない世間話を振ったりしたのだがことごとくに無視され、ついには諦めて、というかこの状況に不安を覚えつつ今に至る次第である。


《さて、何をするのかって話だったか? そろそろ説明したほうがよさそうだな》

 このままだと(たま)り兼ねたユーティアが部屋から飛び出しかねない。

 その不安を和らげるためにも、俺は疑問に答えることにする。

 ユーティアも待ってましたとばかりに小刻みに頷く。


《だがその説明をする前に、俺達の置かれた状況を今一度確認しておく必要があるだろう》

「状況を……確認ですか?」

 ユーティアは、もちろん他の女性達には聞こえないように声を潜める。


《そう俺達には今、お金がありません!!》


「っ! ……はい、ごもっともです……」

 ガクリと──

 申し訳なさそうに、うなだれながら弱々しい声でユーティアは同意する。


 べつに今に始まったことではないが。

 ユーティアがなけなしの金を薬代として恵んで以降、俺達の所持金は減りこそすれ増えることは無く今や無一文に近い状態である。


《幸い今は三つ葉亭で三食寝床にありつけてはいるものの、いつまでも人の親切心に甘え続けるのもどうかと思うわけよ。現にあの変態親子でさえ、早々と店舗を借りて事業を始めつつあるというのにだ。そもそも俺達の目的地は王都。こんな所でグダグダと油を売っている暇などない! しかしだ、こんな金欠状態のまま旅立っても王都に辿り着く前に野垂れ死ぬのは自明の理。ならばここは体を張ってでも金を稼ぎ一刻も早く自立するべきだと、俺は声を大にして主張したい!》


「すっスゴイですリュウ君! いつの間にか、そんなに立派に自立心と責任感に目覚めていたなんて! そうです、そうですともっ! 勤勉は成功の母なのです!」

 ぱちぱちぱちと、周りに迷惑にならないように小さな拍手で俺に惜しみない賛辞を贈るユーティアだが……


「……けれど、それとこの状況にどういう繋がりがあるんでしょうか? こうして座っていてもお給金は頂けないと思うのですが?」


《うむ、俺も色々と考えたんだ。どうすればより早く、より効率的に金を稼げるのかと。そうして悩んだ結果、俺の頭脳はついに最適解をはじき出したのだ。今金を稼ぐための最もふさわしい手段、それは……》

「それは……な、なんですリュウ君?」


《ユーティア、お前に体を売ってもらいます!!》


「いやぁあああああああああ!!! ──はむっ!」

 反射的に鳥を絞め殺したような悲鳴を上げたユーティアだが、周りの女性陣にギロリと睨まれ慌てて自分の口を塞ぐ。

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