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第53話 転職のすすめ 1


「こっ、ここは誰? 吾輩はどこぉ?」

 砂浜から引き抜かれ意識を取り戻したリンゲルは、なんとも古典的なボケをかます。

 記憶が飛んでいるのか、へたり込んだまま言葉にならないセリフを吐きながら視線を四方八方に振り回す。

 ちょっとした錯乱状態のようだ。


「落ち着かんか、我が息子よ!」

 ヴェロウヤブはリンゲルの前に屈み込むと、その両肩を掴んでユサユサと揺さぶる。

 焦点の合っていなかったリンゲルの瞳に生気が戻る。

 ようやく正気を取り戻したようだ。


「ぱっ……パパ? その傷だらけの顔は……ってゲェエエッ!!」

 リンゲルは自分の父親の後ろで仁王立ちしている俺を発見するなり絶叫する。


「ふん、安心しろ。お前らには利用価値がありそうだから、今回はこの辺で勘弁しておいてやる。現にお前のオヤジの傷も俺が回復してやったんだぞ」

 恩着せがましく言ってやる。


 もっとも治したのはユーティアだが。

 ヴェロウヤブをあのまま放置するのは危険だからと、一時的に俺と交替して回復魔法を施したのだ。

 結果全快とまではいかないが、動ける程度には持ち直した。


「そうであるか……吾輩達は、敗北したのであるな。吾輩の夢……究極の美の追求が潰えるのは無念ではあるが、パパを助けてくれたことには感謝するぞよ。エクシードになったからといって、吾輩達は少し調子に乗りすぎたのかもしれないぞよ。パパの能力を使って強制的に女性を信者にするなど……やはり許されなかったである。これも天罰ぞよ……」

 その落胆しているはずのリンゲルの表情は、しかしどこか安堵しているようにも見える。


 巨大な力を持つということは、同時にその力に吞まれるリスクを孕むことでもある。 

 おそらくは、ヴェロウヤブがユニオンに目覚めてあの能力を使えるようになったのは最近なのだろう。


 だからこそ今更ながらエクシードになれた。

 しかし突然得たその力と地位に、当の本人達が一番翻弄されたのかもしれない。

 

「天罰……ね、だが天罰のほうがよかったかもしれんぞ。なぜなら俺は神じゃない。だから戦利品は情け容赦なくきっちりといただいていくぞ。この教団の残りの金は俺がもらうって話になっているんでなぁ!」

《もうっ、意地汚いですよリュウ君! これだけ滅茶苦茶にしておいて、ヴェロウヤブ教主をあんなに蹴っておいて、まだ巻き上げるつもりなんですか? メッですよ!》

「なにを言う。改めて考えてみればこういう胡散臭い新興宗教ってのは、信者からかき集めた金を裏の財産として隠してるもんだろうと思い至ったわけさ。それを俺の世界征服の資金源として有効活用してやるってんだから、むしろ光栄に思うべきだな」


 そもそもあれだけの女性信者を解放したのだ。

 それぐらいの利得があって然るべきではないか。


「ああ、いいじゃろう、ワシも男じゃ。男に二言は無い。約束通り、おぬしに残りの全財産を差し出そうぞ」

「パパ、それでよいのかぞよ?」

「ああ、どのみち今回の騒ぎでワシらの行いが表沙汰になれば、ここの財産も差し押さえられるじゃろう。結果同じことじゃ。お前はここで待っておれ」

 ヴェロウヤブは立ち上がると、俺についてくるように促し入り口へと歩き出す。


 エントランスまで進むも、そこにも女性信者達は一人も残っていなかった。

 マリオンは全員を屋外まで退避させたようだ。


 ヴェロウヤブは外には出ずに、エントランス横の壁をいじりだす。

 鈍い金属音がしたかと思うと、壁がスライドして下へと向かう階段が現れた。


「こんなところに隠し通路が?」

「実はあの礼拝堂の地下にはもう一つ空間があるんじゃ。もちろんあそこまで巨大ではないが、物を隠すにはうってつけ。この場所は息子ですら知らんのじゃよ。この先は暗い。足元に気を付けるんじゃぞ」

 ヴェロウヤブはゴソゴソとローブを漁り魔石を取り出すと、灯りを点けて階段を降りていく。


 俺もその後に続く。

 暗闇の中、かなり下まで階段は続いているようだ。

 暗黒で満たされた空間に、魔石の光だけが足元を照らす。


《やはり納得いきません! 信者達から集めたお金ならば、彼女達に返すべきです!》

「……本当に融通が利かないなお前は。だが俺もタダ働きをする気はない。そもそも俺が居なければ、お前は今頃その信者の仲間入りをしていたんだぜ? ……だがまぁ、ある程度は信者達に還元してやらんでもないさ。どの程度の財産があるかを確認してから折衷案を出すとするか」

 やれやれ、戦いが終わったというのに、今度は戦利品の分配を巡ってユーティアとの駆け引きが始まりそうだな。


「ついたぞい、ここじゃ」

 階段を降りた先に、巨大な鉄の扉。

 だが……鍵穴は無い。

 ヴェロウヤブは扉の前に手をかざすと、短く呪文を唱える。

 すると扉が一瞬波打つように光った。

 どうやら魔法でロックが開錠される仕組みのようだ。


「こんなことを言うのもなんじゃが、おぬしはなかなか見込みがありそうじゃ。世界征服というのはいささか突飛だが、こうしてワシの財産を託してみるのも一興かもしれんの。この扉の向こうのワシの秘蔵のお宝。せいぜい役に立てるがよい」

「ほぅ、なかなかに先見の明があるオヤジだな。存分に有効活用させてもらうぜ!」


 ヴェロウヤブの思わせぶりな言葉に俺の胸が高鳴る。

 これほど厳重に保管されている宝。

 さぞかし価値のあるものなのだろう。


 分厚く重い鉄の扉がゆっくりと開いていく。

 徐々に広がる扉と扉の隙間からキラキラと輝く光が洪水のように溢れ出し、周囲を真昼のように照らしていく。


「おおおっ! この光は……黄金か? それとも宝石の山か? こんなに眩い光を放つほどの? ……ってええっ??」


 扉が開ききり、そして俺の目の前に現れたもの。

 それは金銀財宝などではなかった。


「ゴーレム……だと?」

 その空間に存在する物質はただ一つ。

 一体のゴーレムだった。


 俺が先程粉砕したゴーレムとよく似たデザイン。

 しかし先程の青銅色ではなく、こちらは黄金色。

 ラメ加工が施された表面はやけにキラキラと輝いていて、複雑なレリーフが施されていることも相まって殊更に光を反射している。


 だがしかしなんというか……悪趣味だ。

 ただでさえ垢抜けないデザインに、過剰に施された装飾がさらに拍車をかける。

 ゴテゴテと宝石を身に着けたがる成金のような品の無さよ。

 

「どうじゃ! 美しいじゃろう! これぞ教団の隠し財産をつぎ込んで新造されたラブリーハニーちゃんの妹、プリチーピーチちゃんじゃ! ラブリーハニーちゃんは機能性に特化しすぎたからの。その反省を踏まえ、さらに美しさに磨きをかけたのがこの究極のゴーレム、プリチーピーチちゃんじゃ! 動かす魔法はワシが教えよう、遠慮なく持っていくがい──」


  『 六 合 終(パリス・) 極 回 帰(メタリオン) !!』


「ほげぇええええ!! プリチーピーチちゃああああん!!!!」


 こうして教団の全財産は燃えないゴミと化した。


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