第52話 意趣返し 3
「まっ待て! 許してくれ! 信者の女性達は全員解放する! それでいいじゃろう? 妻に先立たれたワシは、ただちょっと暖かい余生を過ごしたかっただけなんじゃ! ほんの出来心じゃて! お嬢さんも、むやみに老人をいたぶる趣味は無かろう? だから今回はどうか見逃しておくれぇ~」
ヴェロウヤブは土下座して懇願し始める。
やれやれ、ゴーレムを失ったことですっかり気弱な老人と化してしまった。
牙を抜かれた虎状態だ。
《リュウ君、ここは収めましょう。これでアンゼリカさんと、他の女性達も解放されるんです。私達の目的は十分に達成されましたよ!》
「私達の? それは違うな。それは私達ではなく、お前がここに来た目的だろうユーティア? アンゼリカがどうなろうが、他の女信者共がどうなろうが、そんなこと俺には関係ないし興味もない。俺がここに来た目的は別にある」
俺は淡々と、勘違いしているユーティアに告ぐ。
「なっなら何が目的じゃ? 金か? わかった、教団に残っている財産は全ておぬしにやろう! それでいいじゃろう?」
「ふーむ、それは魅惑的な申し出だ。だがリンゲルはこのオアシスを作るのに金を使い切ったと言っていたぞ? どうせ満足に残っちゃいないんだろう? それに悪いが俺の怒りはそんなもんじゃ収まらないぐらいに達しているのさ! 残念だったなエロオヤジ!!」
「なっなぜじゃ! ワシがおぬしに、一体何をしたというんじゃ??」
《そうですよリュウ君! なにをそんなに怒ってるんですか? もう全部解決したじゃないですか!》
まったくどいつもこいつもわかっちゃいない。
俺が今まで受け続けた苦痛を。
「そうか、なら教えてやろう。俺様の怒りを特大バーゲンセールの如くに買いまくっている連中の正体。それはお前の教団お抱えの楽団だ!」
「ワシの……あの楽団がじゃと?」
「そうだ、あの楽団の演奏──一般人にとっては心地よい旋律に聞こえるのだろう。だがあの楽器はただの楽器じゃあない、そうだろう? 音波に僅かながら魔力が含まれているからな。つまりあの楽器は一般人が使っても魔法の効果が得られる魔法具というわけだ。さしずめお前ら親子の能力を補助、持続させるためにああして町中で演奏させているんだろう? そしてお前は気付いていないかもしれんが、あの音色……魔力に敏感な者にとっては、黒板を爪で引っ掻いたような耳障りこの上ないノイズとして聞こえるんだよ!!」
「ぐぬ……たしかにあの楽器は魔法具じゃ。だが放出される魔力は極微量。普通の魔法士では気付きもせぬ程度のはずじゃが……」
「だ・か・ら! 俺は普通のレベルの魔法士じゃないんだよ! 特に魔法感知能力は秀でているんだ! おまけに放出される魔力は音波よりはるかに長距離まで届くときたもんだ! そもそも子供ってのは音に敏感なんだぞ! 微細な魔力であっても繊細な俺の神経には騒音なんだよ! だというのに四六時中不快な魔力を撒き散らしやがってぇ!!」
怒り最高潮の俺の鉄拳がヴェロウヤブに炸裂する。
「胎教に悪いんじゃボケぇええええ!!!!」
「グェホァアアアア!!!!」
ヴェロウヤブの体は、ダンプカーに跳ね飛ばされたドラム缶のように砂上をゴロゴロと転がるが──
だが止まる間もなく、今度は俺の顔面踏み潰し追い打ち攻撃が投下される。
「お前らのっ! 悪趣味な騒音でぇ! 俺様のピュアな性格が歪んだらっ! どう責任を取るつもりなんだ!! ぁああ!?」
何度も何度も、執拗に、ヴェロウヤブの頭部目掛けて俺の踵が杭打ちハンマーのように撃ち込まれる。
「ホゲェエ!! ぼげぇえええ!!!!」
《ストップ!! ストーップ!!!! 死んじゃう! これ以上やったら死んじゃいますよ!!》
ユーティアの叱声で、ふと我に返る。
足元にはヴェロウヤブがボロ雑巾のように朽ち果てていた。
「ふむ、俺としたことが、少し熱くなりすぎてしまったか。まぁさんざ暴れたもんだから溜まったストレスも発散されたし、今日はこれぐらいにしておくか。なによりエクシードなど俺の敵ではないことが証明されたのは大きい収穫だ。やはり俺は最強だ! 世界征服は近いぞユーティア! あっはっはぁああ!!」
《もぉ! なんでいつもこうなるんですかぁ! 今回ばかりは穏便に済ませられると思ったのに、またまた大惨事ですよぉ!!》
ユーティアの嘆きを余所に、戦闘によって半壊したドームの中で俺の勝利の高笑いだけが孤独に響き渡っていた。




