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第49話 雌雄激突 3

「あーっはっはっはぁ! どーだい俺の熱ーいヴェーゼは! お気に召したかな?」

 俺は何事もなかったかのように、その場でスックと立ち上がる。


「なっ何故だ! ワヒの術が通用しないひゃと!? そんなハカな??」

「何故と聞かれて正直に答えるつもりはないな! 企業秘密なもんでね!」


 そう、奴のスキルが女性の精神に対してのみ適用されるというのなら、俺が出張ればいいだけの話。

 実に単純明快な攻略法である。

 想定通り、俺が動かす分にはユーティアの体の制御に齟齬(そご)は無い。


「おーい、もう平気か? ユーティア」

《は……はい、まだちょっと気分が優れないですけど。助かりましたリュウ君》

 俺がこの体の主導権を握るということは、その間ユーティアの精神はより深い領域へと後退するということになる。

 しかしそのおかげで奴の術から解放されたようだ。


 あと忘れてたがマリオンも助けてやるか。

 ユーティア同様に後ろでへばっているはず……


「ティア! じゃなくて今はリューちゃんか! ダイジョーブ? 急に苦しみだすからビックリしたよもぉ!!」


 ……んん?

 何故だ?

 後ろを振り向いた俺の顔を、マリオンは平常運転のノリで覗き込む。

 ヴェロウヤブは俺達二人に術をかけるような言い方をしていたが?


「おまえ……気分が変になったりはしていないのか?」

「なんのこと~? わたしはね、風邪もひいたことないんだよ! すごいでしょ? エッヘン!」

 しょーもないことで胸を張られても困るんだが、まぁ助ける手間が省けたのは有難い。 


「あ……ありえん! 小さい方ならともかく、年頃の娘にまでワシの術が効かないなぞ! どうなっておるのじゃ!!」

 しかし俺以上に驚いているのは当のヴェロウヤブだ。


 年頃の娘にまで、だと?

 つまり奴のスキルは同じ異性でも年齢によって効果の度合いが変わるということか。

 年頃の……つまり異性に対する欲求を極度に増幅させるのが能力の本質だとしたら……

 

「おいヴェロウヤブ! 一つ聞くがお前の能力は年端のいかない幼女相手でも効果があるのか?」

「……い、いや、ワシの力は主に思春期の情欲に作用し増幅させるものじゃ。子供には効かん。言っておくが試してもないわい!」


 ふむ、なーるほど。

 つまり人が持つ色欲を過度に増幅させ虜にする。

 これが奴のギフトの能力か。

 ということは……


「おいマリオン、一つ質問があるんだが」

「んーなにリューちゃん?」


「お前さっき恋愛経験豊富とか言っていたが、あれは嘘だな?」

 俺はビシリと両の人差し指をマリオンに突き付ける。


「ぎっくぅうう!! なっ何を急に言い出すかなリューちゃんは! 事実無根! そんなの冤罪でーすっ!」

「黙れお前が奴の術にかかっていないのが何よりの証拠だ! つまりおまえの異性に対する感性は幼女レベル! 恋愛経験はおろか、異性を好きになったことすら無い! どうだ? 図星だろう?」


「ううっ……それは……」


 俺はたじろぐマリオンに畳みかける。

「にもかかわらずリア充気取りなどとは言語道断! 童貞がテクニシャンですとイキがるぐらいダッサイぞお前! なーにが愛しの王子だ! 恥を知れ恥を!!」


「うひゃぁあああんっ! もーやめてぇ~」

 俺の罵倒に耐え切れなくなったのか、マリオンは両手で耳を塞ぎ泣き崩れる。


「嘘ついてごめんなさーいっ! ティアの前でちょっとお姉ちゃんぶりたかっただけなんだよぉ~! だってだって、恋多き魔性の女って魅惑的じゃない?」

「どーこが魅惑的なんだ? そりゃただの尻軽女だろうが。だがお前はその尻軽女以下! そうだな、これからはエア尻軽女と呼ぶことにしよう!」


《ちょっとリュウ君言いすぎですよ! それに今はそれどころじゃないでしょ!!》

 ユーティアに(とが)められて我に返る。

 いかん、本来天誅を下す相手を忘れかけていた。


「わ~かったよ、ではこいつらの処刑をサクッと済ませるとするか!」

 俺は変態親子の方へ向き直り、両の手に魔力を集中させる。

 手首を拘束している魔法の鎖は、バチリと音を立て弾ける。


「なっ! それは並の魔法士では外せない特注の魔法具ぞよ!?」

「ふーんなら話は簡単、俺が並の魔法士じゃないってこったろ? さて、あの世に行くためのお祈りは済ませているか? 天国にはお前らが好きな美女がわんさか居るかもしれんぞ。もっともお前らの行き先は地獄だろうがなぁ!」


 魔力で成形された鎖。

 そんなものはキャパオーバーになるまで魔力を注げば自壊するのは道理。

 こんなもので俺を封じようとはお笑い草である。


「アワワワッ……この娘、やはり見た目に反して強い! 昨日も吾輩は殺されかけたぞよ! ど……どうしようパパ!」

 完全に戦意喪失。

 へっぴり腰で父親に泣きつくリンゲル。

 しかしヴェロウヤブに動じる様子は無い。


「安心せい息子よ、ワシを誰だと思っておる? 第四等位とはいえエクシードじゃぞ! 術を破られたのは予想外じゃったが、それでもこんな小娘に負けるわけがなかろう! 見せてくれるわ、ワシの真の力を!!」

 ヴェロウヤブは錫杖を横に薙ぎ払う。


「感応せよ我が呼び掛けに 純朴なる(しもべ)は夢幻に目覚める!」

 そして同時に呪文の詠唱。

 そうか変態すぎて忘れていたが、奴はエクシード……つまり魔法士。

 ギフトを封じれば終わりとはいかないらしい。


  『 ギガオートマタ!』


 ヴェロウヤブ教主の魔法が発動する。

 だが奴が攻撃呪文を放つ様子はない。

 なんだ? ハッタリか?

 そう思った時、礼拝堂全体がドスンと揺れる。


「リューちゃんあれ! あっち! 動いてるよ!!」

 マリオンが指差す先、ドームの正面奥。

 そこに据えられていた女剣士の像が台座から降りていた。

 そして海の中を一歩一歩荒波を立てながらこちらへ一直線に向かってくる。


「フアッファッフアッ! どーじゃこれぞワシの最高傑作! ラブリーハニーちゃんじゃ!!」

 ヴェロウヤブは歯を剥き出し勝ち誇る。


「なんっ……だと!!」

 俺はかつてなく戦慄する。

 背筋が凍るとはまさにこのことか!


「ファッフアッ! どうじゃ、驚いて二の句も告げぬか? それとも腰が抜けて動けぬか? 今謝りワシの妹になるというのなら、許してやらんではないぞ?」

 勝ち誇るヴェロウヤブに、しかし俺はそうじゃないだろと苦言を呈する。


「あんのな、ラブリーハニーって名前ダサすぎだろ!!」


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