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第48話 雌雄激突 2

 その音自体は大きなものではない。

 だが一瞬三半規管が揺さぶられるような衝撃を覚える。

 まるで周囲の空間が歪み、掻き乱されているかのような感覚。


 しかしそれも一瞬。

 すぐに感覚は平常へと戻る。

 まるで何事もなかったかのように。

 ヴェロウヤブは錫杖を握ったまま、薄ら笑みを浮かべこちらを眺めている。


 ──なんだ今のは?

 何かの宗教儀式か?

 なんにしても実害はな──


 だがその瞬間、ユーティアは全身の力が抜けたように地に両膝をつく。

 そしてその場で苦しそうに両手で胸を押さえ始めた。


《なに? どうしたユーティア? どこか痛むのか?》

「あ……はぁ……だ、……いじょうぶです」

 そう途切れ途切れに言葉を発するユーティアだが、全然大丈夫そうには見えない。


「ただ……急に……体が熱く……なって、頭がボーって……なって、ちょっと変な気分になって……いる……だけ……」

 そう苦悶を露にしながら立ち上がろうとするユーティアだが、うまく体に力が入らないようで立つことすらままならない。


「無駄じゃ無駄じゃ! ワシの力は分け与えた息子のそれとは別格! 相手に抗えぬほどの効力を発揮する。もはやお嬢さんは心底にワシの虜じゃて! さぁ愛しの妹君よ、ワシに祝福の接吻をしておくれ!」

 ヴェロウヤブは気色の悪いことをほざきながら、こちらに歩み寄ってくる。

 冗談ではない、あんなロリコン色情オヤジに唇を奪われたとあってはトラウマものだ。


 しかし……これはどういう状況だ?

 相変わらずユーティアは苦しそうだが、俺は苦痛を感じてはいない。

 つまりこれはフィジカルではなくメンタルに対するダメージが入っているということか?


 そんなことが可能だとすれば魔法攻撃だろうが、しかし先程ヴェロウヤブは呪文を唱えなかったぞ?


 いや待てよ、こいつはエクシード。

 エクシードはほぼユニオンだとマリオンが言っていたな。


 ユニオン──魔物の恩寵(おんちょう)を受け、高い魔力と特殊なスキルであるギフトが与えられた存在。


 ヴェロウヤブの攻撃が、ギフトによるものだとしたらどうだ?

 ギフトは魔法とは違い呪文の詠唱も不要なのかもしれない。


 奴のギフトが相手の精神に干渉するものだとしたら、これだけ多くの信者がこんなバカげた教団に入信していることの辻褄も合う。


 だとしたら奴のユニオンの正体はなんだ?

 精神攻撃が得意な魔物?

 いや、信者達はまるでリンゲルを美男子のように崇拝していたし、ヴェロウヤブは自分の虜になると言っていた。

 それにあの時発した「魅惑の幻想曲チャーム・ファンタジア」という言葉。


 魅惑チャームの──

 そういえばユーティアの反応も、厳密には苦しんでいるというよりは内から沸く情動に耐え堪えているように感じる。

 


 つまり苦痛を与えるのではなく、術者に好意を持たせ心酔させている……ということか?

 そしておそらくその対象は異性に限られるのだろう。

 そしてギフトの発動は十中八九あの鈴の音。


 音によって……異性を……虜にする?


「なるほど、セイレーンか」


 ピタリ──とヴェロウヤブの歩が止まる。

「ほう……ワシの力の根源を見抜くか。たいしたお嬢さんじゃ、益々もって気に入ったわい。確かに、ワシの力は歌声で人を惑わすと言い伝えられるセイレーンのものじゃ。しかしそれが判明したところでワシから逃れる術は無いわい。なにせこの力は異性に対しては絶対的じゃからの。さぁそれでは改めて、飛び切りの熱ーいキッスを……」


 ついに目前まで迫るヴェロウヤブの巨大な顔面。

 ユーティアはその突き出されたタラコのような唇に向かって──


「ぶぎゃぁああああっ!!!」


 盛大に! 頭突きをブチ込んだ!!


 いや、正確には俺がだが。

 ボーリングの球が顔面にクリーンヒットしたような豪快な一撃を受け、ヴェロウヤブは前歯数本を撒き散らしながら砂上をもんどりうって吹き飛んだ。


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