第47話 雌雄激突 1
ヴェロウヤブ教主。
その第一印象は、息子と全然似ていないである。
ヒョロガリのリンゲルとは対照的に、160センチ程の身長にガッシリとした体格。
顔も面長な司教とは違い四角顔で、その頭部はテカリのあるスキンヘッドとなっている。
そして真一文字に結ばれた口に細く高圧的な眼光。
その聖職者としての威厳と風格は、貧相な面構えの息子とは似ても似つかない。
ヴェロウヤブは自分の息子の姿を見つけると、ゆっくりと砂浜を歩きこちらに近づいてくる。
金の刺繍が施された純白のローブは、天井の魔光石の光を受け白炎のようにゆらめく。
左手には昨日リンゲルが手にしていたものより一回り大きな金の錫杖を携えていて、歩くたびにシャリンシャリンと音を奏でる。
そしてなによりも、胸元に燦然と輝く銀の十字勲章。
縁取りの無いそれは、正第四等位エクシードの証。
その称号も相まってか奴の発する威圧的なオーラが、大気を振動させているかの如くにビリビリと伝わってくる。
なるほど……こりゃ只者じゃなさそうだ。
遊んでいた信者達も教主が来たことを知ると黄色い声を上げて集まってきた。
息子同様に教団内での人気は高いようだ。
これに関してはやはり違和感しかないが。
「パパ……し、しばらくは任務で帰ってこないはずでは?」
「先方が老体に鞭打って働くワシを慮ってくれたようでな、人員を融通してくれたおかげで思いのほか早く片付いたから帰ってきただけのことじゃ。それよりこの有様はなんじゃ? デザインは任せろと言うから託したものの、荘厳美麗となるはずであった礼拝堂がなぜこのような面妖な光景になり果てておるのだ? それにこの信者達の姿は……」
ヴェロウヤブはもはや神聖などという言葉が一ミリも入り込めなくなった礼拝堂の惨状と水着姿の信者達を訝しげに眺めながら、低く嗄れた声を吐く。
「イルヴィネス教団の理念は究極的な美の追求ぞよパパ! 旧態依然とした礼拝堂で祈りを捧げたところで、なんの役に立つであるか? イルヴィネス教団に必要なのは、美しい女性の魅力を引き出すためのシチュエーション! 最高のステージで選りすぐられた美女が吾輩の仕立てた礼装で究極的に輝く! そのための最適解がこのオアシスと礼装ぞよ!」
「究極的な美じゃと? こんなものがか?」
力説するリンゲルを尻目に、ヴェロウヤブは渋い顔。
それはまさにバカ息子の不始末を抱える父親の姿である。
「ヴェロウヤブ教主! 今のイルヴィネス教団の状況は、同じ聖職者として看過できません。このアスガルド王国においての宗教団体とは、宗派問わず神への信仰心を育み国と民に寄与することを第一とせよと定義されています。しかし見ての通り、現状はリンゲル司教の我欲を満たすために私物化されているとしか思えません! どうかご子息の間違いを正していただきたく存じます!」
ユーティアはヴェロウヤブの前に這い寄ると請願する。
「ウム? ……なんだこの娘達は?」
ヴェロウヤブは両手を縛られ地に這ったままのユーティアとマリオンを見て、その細い目を見開く。
「こ……こいつらは我が教団の内部崩壊を画策していた異教徒ぞよ。パパに代わって教団を任された責務を全うすべく、こうして見事に教団の乗っ取りを阻止したところぞよ!」
「フーム……ではこの者らの素性は後で調べるとしてだ。だがそれはそれとして、この娘の言う事も一理あると思わぬか息子よ。ワシはお前を分別のある子に育てたつもりだった。だが今目の前の光景が、真に美を追求した結果とはワシには思えん。息子よ、やはりお前はまだ未熟なようじゃな」
ヴェロウヤブは不快と落胆の混じる表情で腐す。
奇天烈な息子とは対照的に、常識的な感性を持ち合わせているようだ。
まぁこれが当たり前の反応なのだろうが。
「なっ何を言っているのであるか!? やはりパパは時代錯誤の石頭ぞよ! この彼女達の美貌を最大限発揮させるために計算されつくした礼装と、そのパフォーマンスを遺憾なく発揮させるための眺望絶佳なロケーション! これ以上の美がこの世界にあるぞよか!?」
「馬鹿者がぁ!! 究極の美に到達すべくイルヴィネス教団を創設したのはワシじゃぞ! そのワシがお前は未熟だと言っておるのじゃ! そもそもお前はこの娘達の姿を見て、なんの疑問も違和感も感じぬのか?」
眉を吊り上げたヴェロウヤブは、水着姿の女性信者を一瞥した後リンゲルを睨みつける。
しかしリンゲルも負けじと睨み返す。
もはや俺達の事などそっちのけで親子喧嘩の始まりだ。
「吾輩は……なにも疑問など感じぬぞよ! 彼女達は最高に美しいのである! これ以上望むべくは無いのである!」
「息子よ、その考えが甘いというのじゃ! 見よ彼女達を! これだけの別嬪を揃え美を追求したと言うわりに、肝心な要素が欠けているではないか。そう、たとえば……」
「たとえば……ぞよ?」
ゴクリと、リンゲルが生唾を飲み込む音がここまで聞こえる。
「眼鏡っ子がおらんではないかぁああああっ!!!」
……………………は?
なんだって?
両拳を振りかざし、唐突になにを絶叫しているんだこのオヤジは?
「息子よ、お前には常日頃から眼鏡っ子の尊さを説いてきたではないか? なのになぜ、究極の美を再現すべきこの場に眼鏡っ子が居ないのじゃ? そもそもそこのレベリアちゃんもあそこのメイザちゃんも、本来は眼鏡っ子だったではないか! 今裸眼となっている理由はなんじゃ!?」
「それは、メガネが濡れると拭き取るのが面倒だからぞよ。補助魔法が得意な信者がいるので一時的に視力を上げる魔法をかけて……」
「ばっかもーん!! 物事には優先順位というものがある! 眼鏡をかけない眼鏡っ子など存在価値が無いではないか! 死守!! そこはなんとしても死守すべき聖域であろうが!!」
顔をタコのように赤く染めて性向を力説するヴェロウヤブ。
そこにはすでに聖職者としての面影はなかった。
なんだコイツ。
もはやただのエロオヤジではないか!
「息子よ、お前はまだ若い。若さゆえに即物的すぎるのじゃ。よく考え、そして想像してみるがよい、水辺で眼鏡を手に取り拭き取る美少女の姿を! 水滴が滴る柔肌の色香と眼鏡という知的要素のコラボレーション。こう最高に胸がキュンッとトキメクとは思わなんだか?」
「た、たしかに……そのシチュエーションはあり! それは盲点だったぞよ!!」
「この礼装のデザインも悪くない……が、肌の露出に対して腰が引けている気がするの。ワシなら素材をさらに紐のように細くすることで、究極的に露出度を高めるぞい! おもわずポロリしちゃいそうなほどにの。どうじゃ? そんな礼装ならば、見ただけで胸が高鳴りキュンキュンドキドキしそうじゃろ? よいか、この感性が大切──」
「いい加減にしてくださぁああいっ!!」
ヴェロウヤブの熱弁を引き裂くように怒声が響く。
「なんなんですかなんなんですかあなたたちは! 女性をなんだと思ってるんですか!!」
珍しくキレているのはユーティアだ。
ヴェロウヤブに詰め寄ると、拘束されたままの両腕をブンブンと上下に振りながら抗議する。
「まぁまぁお嬢さん。そんなに怒っては端正な顔が台無しじゃぞ?」
「だ・れ・の・せいですかぁ~!」
「わわっ! ティア落ち着いて!」
今にも噛み付きそうなユーティアと、それをなだめるマリオン。
ヴェロウヤブはそんな二人を眺めながら、唇の端を吊り上げる。
下衆な事を考えている奴の面構えだ。
「ふむ、しかしこの二人はなかなかの逸材じゃぞ。二人共我が教団に迎え入れるとしようかの? かまわぬな息子よ?」
「でもパパ、一人は未成年であるが……」
「よいではないか。大きい方は見栄えが良いから外回りをやってもらうとするか。小さい方はワシの妹になってもらおうかのぉ? お兄ちゃんったらいつまで寝てるの早く起きなさい!って毎朝ワシを起こしに来る係に大抜擢じゃ。どうじゃ光栄じゃろう?」
なんだその役はキモすぎる。
そもそもどんだけ歳が離れた兄妹なんだよ?
「な、なんですかその役は! そんなの絶対にやりませんからっ!」
「いいやぁ、やるわぃ! これで二人共にイルヴィネス教団の一員じゃ!!」
断固拒絶の意思を表するユーティアだが、ヴェロウヤブは不敵に笑みを浮かべる。
そして両手で錫杖を掴むと体の正面に掲げた。
なんだ?
なにをするつもりだ?
『 魅 惑 の 幻 想 曲 !!』
地面に向かって垂直に打ち下ろされる錫杖。
同時に杖頭の複数の鈴から、低音と高音が入り混じったような不協和音が放たれる。




