第44話 悦楽の園 1
「な……な……なんなんですかこの服は! これじゃほとんど裸じゃないですか!!」
ユーティアは水着を持った手を震わせる。
「おおーっこりゃすっごいセクシーデザインだね! それにこの生地、ペラッペラだよ? なのに体にフィットするかんじだし、こんなの着たら破れちゃうんじゃないの?」
マリオンも初見のようで、ユーティアが手にしたものを興味深そうに見つめる。
《二人とも知らんのか? それは水に入る時に着るために設計された水着というものだ。その生地もデザインもその用途のために特化されているんだよ。まさかこの世界にあるとは思ってもみなかったがな》
「ありませんよこんなもの! 最近は文化の多様化が進んでいるとはいえ、こんな破廉恥な装いが許されるほど大俗な世の中ではないですよ!」
ユーティアはなんかぷんすか怒っとる。
ということは、この水着はリンゲル司教が独自に考案し作り出したということなのだろうか?
だとしたらある意味で恐ろしい。
水着には様々なデザイン、サイズ、そして色のバリエーションが用意されている。
生地も数種類あるようで、質感も多種多様。
どれもなまじ出来がいいだけにその執念に戦慄すら覚える。
「んーでも、そのオアシスってとこに入るにはこのれーそーを着なきゃなんだよね? それに見てティア! カワイイデザインのがいっぱいあるよ! とりあえず着てみようよ! どれにしよっかな~、迷っちゃうな~」
やたらと順応が早いマリオンは、アパレルショップで選り好みする女子高生のように礼装を物色し始めた。
「ううっ……わかりました。できるだけ控えめのを探してみましょう」
こちらは渋々選び始めるユーティア。
ここまできて手ぶらでかえるわけにはいかないと、覚悟を決めたようだ。
部屋の奥にはロッカーとカーテンで仕切られた試着室のような縦長のボックスがある。
そこで二人が着替える間、俺は同調の魔法を解除するよう言い渡される。
まぁ当然そうなるわな。
──約五分後。
《さて、どうなった?》
再び視界が開けた時、二人の水着姿が目の前にあった。
正確には部屋の側面の壁に姿見が取り付けられていて、二人はその前に並んで全身を確認している最中だった。
「ねぇねぇリューちゃん、これでいーのかな?」
「も、もぅ無理ですぅ……穴があったら入りたい気分ですよぉ……」
マリオンもユーティアも、とくにおかしなところも無く水着を着こなしていた。
マリオンは白地に赤紫色のハイビスカスのような花柄が入ったビキニタイプ。
ユーティアは青地のフリルの付いたワンピースタイプ。
大胆に肌を晒したマリオンとは対照的に、ユーティアの露出はかなり抑え目だ。
《ほう、これは眼福だな。似合っているぞ二人共》
もちろんお世辞でもない。
この二人がミスコンに出れば、セクシー部門とロリ部門でそれぞれ優勝間違いなしだろう。
「これ、靴はどうしたらいいんでしょう? まさかコレを履け……ということでしょうか?」
ハンガーラックの横にはシューズラックがあり、平べったい履物が並べられている。
ユーティアはその一つを手に取ってみる。
スポンジのような素材で作られたそれは、まさにビーチサンダルだ。
《礼装でなければオアシスには入れない。とすれば、これを履いていくべきだな。ドレスコードとしてもそのほうがふさわしいはずだ》
見慣れぬビーチサンダルにユーティアは不安そうに、マリオンは意気揚々と足を通す。
慣れないせいか二人共少し歩きにくそうではあるが。
《さてこれで準備も整ったな。では急ぎオアシスへ向かうとするぞ!》
「……なんで急にやる気になってるんですかリュウ君?」
「はっはーん、リューちゃんオアシスにはれーそーを着た女性がいっぱい居そうだから乗り気なんだね? 相変わらずえっちぃですなぁ~」
《ギクッ! ……な、何を言う! 俺はただ純粋にアンゼリカを助けたいだけだ。こうしている間にも彼女の身に危険が迫っているかもしれないんだぞ。放ってはおけないだろう? だから一刻も早く向かうぞハーレムに!》
「ハーレムじゃなくてオアシスですリュウ君!」
うむ、俺としたことが、つい本心が表に出てしまったようだ。
俺達は部屋を出て直進。
建物のエントランスへと抜ける。
エントランスは吹き抜けになっていて、ここで階段を使い二階に上がれるようになっていた。
入り口向かいの壁には、唐草模様がレリーフされた両開きの巨大な鉄の扉がある。
これが施設の中央空間──オアシスへの入り口だろう。
「よっしゃ、んじゃ開けるよー!」
「は、はい……」
マリオンが左側、ユーティアが右側の扉の取っ手に手をかける。
ユーティアの声は緊張で張りつめていた。
それはこの扉の向こう側を想像してのことだろう。
あの変態司教が若く美しい女性信者に高露出度の礼装を着せて行う行為。
それは酒池肉林という言葉では生ぬるいレベルかもしれない。
さて鬼が出るか蛇が出るか……
扉がゆっくりと開かれる。
《なんだ……これ! 眩しい!?》
まず目に飛び込んできたのは、燦燦と照り付ける陽光。
その光量は、建物の外の日差しよりもさらに強い。
徐々に光に目が慣れてくる。
そして目の前には、想像を絶する光景が広がっていた。
青い空に浮かぶ白い雲。
砂浜は白く光り輝き、熱帯植物は高々と生い茂る。
硝子のように透き通った波は、心地良い波音を奏で寄せては返す。
そう、そこは南国のビーチそのものだった。
そして水着……ではなく礼装を身に付けた十数人の女性信者達。
彼女達は海で泳いだりビーチで戯れたりと、思い思いにこのロケーションを堪能している。
「ひゃっほー! 海だ海だー!!」
そしてマリオンも、ここに来た目的を忘れたかのように海に向かって大はしゃぎで走り出す。
「うみ……陸地が水でできているという地形のことですよね? ここがうみなんですか?」
《いや、ここはあくまで海を人工的に再現した施設のようだな。ここが海なわけではないぞ》
なにやら海に対して微妙な認識のユーティアに、さらに誤解を重ねないよう俺は解説しておく。
空と雲はドームの内側に描かれたものだし、太陽かと思われた光源もドームの頂点に据えられた複数の巨大な光を放つ魔石──魔光石によるものだ。
波も同じように魔石を使って再現しているのだろう。
なんにしても、俺の前世であった屋内プールと遜色ないクオリティ。
ちなみにドーム内の手前半分は砂浜、奥半分は海と、両面で存分に遊べる造りになっている。
「なるほど、それともう一つ疑問があるのですが……」
続きを聞くまでもない。
ユーティアの言う疑問とは、この場には不釣り合いなアレについてだろう。
入口とは反対側。
つまりドームの一番奥の部分に、海面から台座がせり出している。
そしてその台座の上には女騎士を模した薄い青緑に輝く金属製の像。
かなり巨大だ……全長10メートル近くあるだろう。
全身を甲冑で固めた女騎士の像は、台座に剣を突き立て直立している。
ただしかし、その女騎士のデザインはなんというか……少し野暮ったく感じられる。
兜から除く女性の顔はのっぺりとしたおかめ顔だし、鎧もずんぐりとした無骨なデザイン。
普通はもっと洗練されたシャープなデザインにすると思うんだが……
この美的センスで美の教団を名乗るというのはいかがなものか。
《ここは一応礼拝堂という扱いらしいからな。アレは聖像としての位置づけなんだろう。もっともこの遊び場を神聖な場としての体裁を保つために設置しているとしか思えないがね》
「うう……それは無理があるような。どう見てもみんなこの施設を楽しんでますよ。まぁそれはそれでよかったのですが」
想像に反してそれほどいかがわしい行為が繰り広げられてはいなかった。
その事実にユーティアは胸を撫で下ろす。
「ティア! リューちゃん! これ知ってる? 海に居る白くてぷにぷにしてるもの! そう、これがクラゲですっ!!」
どこから拾ってきたのか、マリオンは大きなドーナツ状の物体を頭からかぶって浜辺を走ってくる。
指定席を取られたポチは、滑りやすそうなドーナツの表面に爪を立てて張り付いている。
《それはクラゲじゃない、浮き輪だよ。泳ぎを補助する道具だ。そんなに遊びたければしばらく遊んできてもいいぞ》
しかしこの浮き輪も、なかなかによくできている。
ビニール製ではもちろんないだろう。
だがこの高い防水性撥水性に加えてポチが爪を立てても破裂しない堅牢性。
その素材を巧みに加工し再現されたこの複雑な形状。
それは並大抵の技術力では不可能だろう。
これもリンゲルの手作りなのだろうか?
奴め、やはりあなどれんな。
「ぶっぶー! ちゃんと捜査もしてますから! ってわけで、さっそく司教ちゃんはっけーん!!」
マリオンは浮き輪を首から外すと、ユーティアの目の前にかざす。
浮き輪の穴の先にリンゲル司教の姿が見えた。




