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第43話 奥の手猫の手 3

 廊下には……今は誰もいないようだ。

 ユーティアと、それに続いてマリオンも廊下へと出る。


 廊下も外観同様に白くフラットな石壁が基調。

 ただ廊下に敷かれた真新しい赤のカーペットが、石壁とのコントラストによって荘厳な空間を醸し出している。

 

 廊下は東西に一直線に伸びていて、俺達が居た側──つまり建物外側のみに扉が並ぶ。


 ユーティアは足音を潜め東側へ歩く。

 突き当たると廊下は右に折れ、南方向の突き当たりまで真っ直ぐ伸びていた。

 ここも左手の建物外側にのみ扉があり部屋が並んでいるようだ。


 つまりこの建物は中央に巨大なドーム型の礼拝堂があり、その周囲を廊下を挟んで部屋が並んでいるという構造らしい。

 建物は二階建てだが、二階もほぼ同じと見て間違いないだろう。

 ドームへの入り口は今のところ見当たらないので、南側の正面にしかないと思われる。


「人影はないですね、アンゼリカさんはどこでしょう?」


「あら、あなたは!」

「ひゃわっ!!」

 周りに誰もいないと思い込んでいたユーティアに、しかし背後から声がかけられた。

 驚いたユーティアは軽く飛び跳ね振り返る。


「あらあら、驚かせてしまってごめーんなさいね。さて、ところで私は誰でしょう?」

 そうハイテンションなノリで問うてくる女性。

 それは俺達の知っている人物だった。


「たしか……エルトリーゼさんですね」

 そう、昨日会ったイルヴィネス教団の広報部部長兼イルヴィネス楽団団長のエルトリーゼだ。

 例の赤ドレスは着ているが、今は楽器は携帯していない。

 エルトリーゼはユーティアの答えにだいせいかーいと投げキッスしてくる。

 相変わらずの男心をくすぐるチャーミングな仕草。

 こんな訳のわからない教団に置いておくには惜しい逸材である。


「でもむしろ驚くのは私の方かな? あなたがこんなところにいるなんてとーっても意外! もしかして、教団に入る気になってくれちゃったのかしら?」

「えっ! えっと……」

 ユーティアは言葉に詰まる。

 

 おいおい、こんなの適当にあしらってくれよ?

 エルトリーゼはまだこちらを怪しんでいるようには見えない。

 だが教団が警戒しているであろう人物だとバレたら捜査は終わりである。



「はい、え……えと、その……ですね、人生なにごとも経験といいますか、今日は天気が良いので気が変わったといいますか……」

 ……なんだろう、しどろもどろで取り繕うユーティアは、もう明らかに胡散臭いのである。

 やはりこいつに嘘をつけというオーダーが間違っていたのだろう。


「はいはーいっ! わたし達ね、アンゼリカちゃんの友達なのです! んで、アンゼリカちゃんに勧められて体験入信に来ましたー! ってことで、アンゼリカちゃんどこに居るか知ってるかな? 知ってたら教えてほしいにゃー?」

 唐突にアンゼリカを連呼して居場所を聞き出そうとするマリオン。

 

 あからさまに怪しいだろうが!

 だがそのあまりにアホっぽい喋り方のせいか、エルトリーゼは不審に思わなかったようだ。

 

「まぁまぁ、お友達もご一緒なんですね。もっちろん大歓迎! アンゼリカさんなら今頃はこの建物の中央にある礼拝堂、通称オアシスにいらっしゃるかと。ただオアシスには普通の服装で入ることは許されてないの。オアシスとは究極の美を体現するための聖地。そこに足を踏み入れるには、(しか)るべき礼装を身に纏う必要があるってわけなの!」

 そしてエルトリーゼは通路の南端を指差す。


「その突き当り左の部屋が、礼装の保管庫になっているのね。適当にサイズが合うものを探してもらえます? いずれも司教様が直々に縫製されたもの。ご存知かもしれないけれど、司教様は以前は仕立て職人だったの。選んでいただいた礼装は無料で差し上げますが、もしご入信いただけないようでしたら残念ながら機密保持のためにこちらで回収処分させていただきます。それほどまでに、リンゲル司教様の作られた礼装はその一つ一つが最高技術の粋を極めて作られた大傑作ってわけなの! でも私はお二人がこの教団の真価に触れれば必ずや入信してくださると信じてますけどね!」

 エルトリーゼは自分の唇に人差し指を当て口を閉ざす。

 この先は自分で確かめてくれとばかりに。

 そして建物の奥へと歩いていった。


「どうやら疑われずにすんだようです。助かりましたマリー」

「いいってことよ! とりあえずあの部屋でれいそーっての着てオアシスに行けばアンゼリカちゃんに会えるってことだよね! では善は急げ! 行きますか!!」

 マリオンはユーティアの手を引いて通路を走る。


 そして突き当り左の部屋の扉を開ける。

 扉は施錠されておらず、すんなりと開いた。

 部屋の中は小さな洋服店のようになっていて、中央二列のハンガーラックに衣服が吊るされている。


 礼装はリンゲル司教のお手製だと言ってたな。

 あの変態にそんな器用な特技があるとは、人は見かけによらないというか……


「なっ、なな……なんなんですかこの衣装わぁ!!」

 礼装を手に取ったユーティアが甲高い声を上げる。


 だがしかし、俺も同時に驚いた。

 その礼装は全く予想外の、しかし俺が良く知るデザインだったのだ。


 それはこの世界ではお目にかかれないであろうと思っていた代物──水着だった。


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