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第42話 奥の手猫の手 2

 その高さはあっという間に10メートル近くまで達した。

 その機動力はたいしたものだが、今の俺には恐怖しか感じる余裕がない。


 この身動きできない状態でここから頭から落ちたとしたら、身体強化魔法を使ったとしても無傷とはいかないだろう。

 バカの無鉄砲ほど恐ろしいものはないと思い知らされる。 


 ポチは適当に太い枝を見つけるとそこを渡り、枝の先から外壁上部へと飛び移った。

 ポチの口から外壁の中の様子が見える。


 敷地内にはやはり白くシンプルなデザインの立方体の建物があり、その中央上部がドーム状となっている。

 ここから建物までは数メートルの距離があるので、いくらポチでも飛び移るのは無理だろう。

 しかし建物と外壁の間には太めの庭木があったので、ポチはその木の枝に飛び移る。


 だがやはり二人分の体重は無理があったのだろう。

 枝はメキメキと音を立てて折れる。


「はわわっ! 落ちる! 落ちますよマリー!!」

「なんの! ニャッと空中大回転!!」

 マリオンが意味不明な技名?を叫ぶと、頭から落下していたポチは空中でクルリと回転して着地する。


「やったね大成功!」

《大成功じゃない! ヒヤヒヤしたぞ! 無謀な策を強行するからだ!》

「にゃっははっ! めんごめんご!」

 マリオンは恐ろしく軽いノリで詫びやがる。


「誰? 誰かいるの?」 

 その時建物の陰から、一人の女性が現れた。

 例の赤いミニドレス。

 イルヴィネス教団の信者だろう。


 侵入早々さっそく見つかってしまったようだ。

 人間二人が入るサイズの巨大猫。

 どう取り繕っても異様。

 案の定、女性はこちらを見て悲鳴を上げた。


「きゃあっ! おっきな猫ちゃん! よちよち、可愛いでちゅね~」

 女性はポチの間近まで小走りしてくると、その喉元をスリスリと撫でてくる。


 …………どういうことだ?

 この世界ではこのサイズが猫として通用するのか?

 俺まだそんな巨大猫見た事ないんですけど?


「残念だけどここに餌はないのよ。今度用意しておくからまたいらっしゃい。じゃあね猫ちゃん」

 女性は手を振って正門の方へと歩いていった。


「ふぅ、うまくごまかせたみたいだね! さすがポチ!!」

 マリオンはしてやったりみたいに言いやがるが、まったく納得できないんですが?

 とはいえもはや突っ込むのも馬鹿らしい。

 俺はあえて深く考えないことにした。  


 その後ユーティアとマリオンを一人ずつ吐き出したポチは、元のサイズへと戻るとマリオンの肩の上へと飛び乗った。

 二人は周囲を見回す。


「裏口は見当たらないね。でも窓からなら入れそうだよ。ほらあそこの!」

「窓から……まぁ……しょうがないですよね。正面にはあの二人がいますし」

 まだ探偵気分でノリノリのマリオンとは真逆に、ユーティアは気乗りしないようだ。

 窓から侵入というのは完全に犯罪的行為。

 まぁここまで来てる時点でいまさらなのだが。

 

 建物の裏手中央のわずかに開いていた窓。

 やや高い位置にあったので最初にマリオンが背伸びしつつ入り、次にマリオンがユーティアの体を引き上げる。


 幸い部屋の中には誰もいなかったようだ。

 部屋中央に木製の長テーブルがあり、そのテーブルを挟んで両脇に二人掛けの革張りソファが設置されている。

 応接室、もしくは会議室か?


《しかしそう都合よくアンゼリカが見つかるのかね? 俺達は見たことすらないんだぞ?》

「背は少し高めで髪の色はミリィちゃんとほぼ同じだそうです。それと季節によって髪飾りを変えるようで、今は水宝玉の髪飾りをしているはずだそうですよ。条件が合う女性はそれほど多くないはずです」

 そういえば出際にユーティアはミリィにそう聞いていたっけか?


「ティアしー! 誰か来るよ!」

 マリオンがしゃがみ込んで部屋入口の扉に耳を近づける。

 どうやら部屋外の廊下を誰かが近づいてくるようだ。

 扉を通して話し声が聞こえてくる。


「聞きました? リンゲル司教様がお怪我をなされたとか。それもお顔に!」

「まぁ大変! あの見目麗しい美顔に傷がつくなど、人類にとって耐えがたい損失ですわ!」

「幸い大事には至らなかったそうよ。回復なされて今はオアシスで職務を遂行なされているとのこと。あの方の勤勉さには頭が下がるわね」


 声は扉の前を通り過ぎ、遠ざかっていった。

 どうやら見つからずにすんだようだ。


「オアシス……とはどこのことでしょうか?」

《なぁ、そんなことよりも一つ聞きたいんだが……》

 俺はユーティアの言葉を遮って質問する。


《今の会話を聞く限り、あのリンゲル司教が美男子みたいな扱いだったんだがどういうことだ? 俺には奴は神がウケ狙いで作ったネタキャラにしか見えないんだがな? それともこの世界の基準ではアレが美男子の範疇に入るのか?》


「え……と、さぁ……どうなんでしょう? 私はそういうのがどうも疎くて、よくわからないです。感じ方は人それぞれなんじゃないでしょうか?」

 予想通りというべきか。

 ユーティアからの年頃の少女とは思えない返答。


 人それぞれというレベルではないから聞いている。

 現に奴が仕切る教団に若い女性信者がこぞって集まっているわけで、俺にはそれが腑に落ちないのだ。


「なになに! 恋バナ? ならわたしも混ぜてくれなきゃ困るにゃ〜!」

 聞いてもないのに、マリオンが会話に割って入ってきた。


「うん? 恋愛経験? そりゃあ豊富だよわたしわね! ほら、わたしは旅をしてるでしょ? するとあるんだよねぇ。行く先々でさ、運命の出会いってやつがね! でもわたしは修行中の身! 同じ場所には留まれない。出会いと同じだけの辛い別れを乗り越えてここにいるってわけなのさ! みんな元気にしてるかな? あぁわたしの愛しい王子達!」

「ま……マリースゴイです! オトナです! 聞きましたかリュウ君!」


 あーハイハイ。

 そりゃこんだけ大きな餌をぶら下げてりゃ男なんてワラワラ寄ってくるだろうよ。

 性格はともかく皮だけは一級品だからな。

 人生イージーモードで羨ましい限りだ。

 しっかし他人のモテ自慢ほど胸糞な話はないな。


「というか、こんな話をしてる場合じゃないですよ! アンゼリカさんを見つけないと! こうしていてもしょうがないですし、施設内を探しましょう!」

 正気に返ったようにユーティアが言うと、ドアノブに手をかけわずかに扉を開ける。

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