第41話 奥の手猫の手 1
《あれが大聖堂か。近代的というか、随分とシンプルなデザインだな》
中央広場の北側から東に進むこと約200メートル。
目的地が見えてきた。
大聖堂というぐらいだからゴテゴテと装飾されたゴシック様式の建物を想像していたのだが、実際には白い箱型のモダニズム建築だった。
四方を幅約50メートル高さ約15メートルほどの飾り気のない外壁で覆われたその建物は、むしろ強固な要塞のようである。
外壁が高いため中の建物の全体像は把握できないが、中央部の大きなドーム状の屋根だけは見て取ることができる。
「しゅ……しゅっごいです! 都会の宗教施設って、こんなに立派なんですか?」
ユーティアが呂律が回らなくなるほど驚くのは無理もない。
あの田舎のオンボロ教会とこの大聖堂とでは、その規模たるやまさに雲泥の差である。
「ここは元々魔法の研究施設として作られてたんだってさ。でも途中でイルヴィネス教団が買い取って大聖堂として使うことになったらしいんだ。やっぱりエクシードってお金持ち多いのかなぁ?」
とはマリオンの解説。
「それにしても、なんだか物々しいですね」
ユーティアは大聖堂正面の門から少し離れた木陰で足を止めて様子を窺う。
門の脇には二人の赤ドレスを着た信者の女性が常駐している。
どうやら出入りする他の女性信者に通行証のようなものを提示させ確認しているようだ。
「あちゃ〜、昨日誰かさんが派手に暴れたもんだから、警戒してるのかな? それにあの門番ちゃん、昨日リンゲル司教ちゃんの護衛をしてた二人だよね。ティアは顔を覚えられてるし、正面から行くのはナッシングかな? 忍び込んでアンゼリカちゃんを説得する方が良さそうだね」
《は? 俺のせいだと言いたいのか?》
幼稚な性格のマリオンに含みを持たせた言い方されると余計にムカつく。
もっとも血眼になって姉を取り戻そうとしているミリィになんかやべぇ奴が味方に付いたっぽい感じとなれば、セキュリティを上げるのも当然とは言えるが。
あの態度だけデカくて臆病そうなリンゲルの考えそうなことだ。
《面倒だな、俺が魔法で壁をブチ破るとするか》
「だーめーでーすーよ! どうしてそう過激な方法を取ろうとするんですか? アンゼリカさんを助けるのが目的なんだから、暴力はメッですよリュウ君!」
俺の妙案もユーティアに即座に却下される。
だがならどうする?
正面にしか門は無いようだ。
高い外壁はフラットで、よじ登るのも無理だろう。
「ふっふっふ……お困りのようですねお二人さん。難事件はこの名探偵マリオンにおまかせあれ! 見事解決してみせましょう!」
なんだろう、テンションの違う約一名が、マントを翻ししたり顔で言い放つ。
《名案でもあるのかマリオン? しょーもない案だったら張り倒すぞ!》
「ご安心をリューちゃん。大聖堂の周りに高い木が生えてるでしょ? あれを登って上から侵入すればいいってわけ。ね、簡単でしょ?」
《簡単っておまえ……》
たしかに大聖堂の周囲には木が茂っている。
いや茂っているというよりは聳え立つという表現の方が正しい。
外壁よりも高いその大木。
しかし上方にしか枝が伸びていない。
太い幹を素手でよじ登るのは現実的ではない。
《俺の身体強化魔法を使ったとしても、これを登るのはチト難しいぞ。猫じゃないんだから……。それともカッペのお前はこんな木でもホイホイと登れるほどに野生的なのか?》
「だからカッペって言うなー! わたしが言いたいのはその猫のほうだよっ! うちのチームにはポチがいることをお忘れでしょーか?」
《ポチが居るからなんだというんだ? ポチに潜入捜査をやらせるのか?》
「ノンノンだよ! う〜ん直接見せた方が早いかな。こっち来てティア!」
マリオンはユーティアの手を引っ張って大聖堂の裏手へと連れていく。
通りから外れたこの裏手は、数本の大木が天に向かって伸びていてかつひと気も少ない。
木さえ登れれば侵入には適しているが……
「ではとっておきをお見せしましょう! ポチ!」
合図でポチはマリオンの肩から地面へと飛び降り、ムクムクとその体を膨らませる。
まるで空気を注入された風船のように。
そしてポチは後ろ脚でムクリと直立。
そのサイズは人間大にまで達する。
そして俺達が呆気に取られている間に、ポチの口がゴムのように伸びてマリオンの体を丸飲みにした。
「はわわっ! ちょっとマリー! 大丈夫ですかっ!?」
「うおっぷ! 心配ご無用だよティア!」
ポチに飲み込まれたマリオンは、そのポチの口から顔を覗かせるとこちらに向かって手を振って見せる。
といってもその手は直立しているポチの手なのだが。
つまり今マリオンはポチを着ぐるみのように着込んだ状態になっているわけである。
「説明しよう! こうして巨大化したポチの中に入ることにより身を隠すことができ、かつ潜入捜査がしやすくなるのだ。これこそポチの特殊形態ステルスモード!」
マリオンは誇らしげに両手を突き出す。
そしてその肉球の先から、鋭い鉤爪がニョキリと飛び出す。
《まさかその姿ならこの木を登れるって話なのか? まぁ……止めはしないが、精々頑張って木登りに勤しんでくれ。なら後はまかせるぞマリオン》
こんな滑稽な姿になってまで人助けとは、なんとも物好きな奴だ。
そもそもこんな目立つ格好なのにステルスモードという名称なのもいかがなものか。
「もーなに言っちゃうかな! わたし一人じゃ心細いから、ティアとリューちゃんも一緒に来てねっと!」
「ええっ! 私も!?」
再び大きく膨らんだポチの口は、ユーティアの頭上へと迫る。
棒立ちしていたユーティアは抵抗する間もなくそのまま一気に丸飲みされる。
ポチの体内に放り込まれたユーティアの体は、しかし次の瞬間柔らかいクッションに受け止められた。
それは本当に本当に、弾力と柔らかさが絶妙に調和した極上の感触で……
「ひゃうっ!! やっぱり二人はキツかったね。ちょっとの間だけ我慢してね!」
「いえ、私はいいのですが、それよりこの体勢はちょっとよろしくないというか……ですよねリュウ君!?」
ああ、ユーティアの危惧するとおり、まったくもってエクセレントな態勢である。
ユーティアの小さな顔は、マリオンの大きな胸に挟まれ埋もれた状態となっている。
これが……これが夢にまで見たパフパフ!
密着した肌から伝わる体温と蜂蜜のような甘い香り。
適度な弾力性がありかつ優しく包み込むような柔らかな感覚。
それはどんな極上の寝具でも再現は不可能であろう。
俺はそのあまりの心地の良さに、魂を震わせる。
《不満を言うもんじゃないぞユーティア。なに、アンゼリカを助けるためなら、これぐらいどうってことないさ。焦らずゆっくりと、慎重にミッションを遂行してくれマリオン!》
「喜びを噛み締めるように言っても説得力無いんですけど!?」
やはりというか、ユーティアには俺の下心は見透かされているようだ。
「んーでも、どっちにしてもコレだと動きにくいから、ティアちょっとくるっと回れるかな?」
マリオンはユーティアの体をもぞもぞと反転させる。
ユーティアにマリオンが後ろから抱きつくような体制。
首元に近い背中にマリオンの胸が押し付けられる状態となる。
耳元をマリオンの吐息がくすぐる。
なんだろう……これはこれでとても興奮するのである。
《しかし大丈夫なのか? 本当にポチは二人分の体重を抱えたまま木を登れるんだろうな?》
「さぁやったことないけど、たぶんイケるっしょ! ポチがーんば!!」
「ナーゴ!」
《なんだと! オイ待て!!》
俺の制止も聞かずポチは身近の一番太い木に飛びつくと、そのままスルスルと登り始める。




