第38話 片想い 1
ユーティアは修道服に着替え、マリオンと共に三つ葉亭を出て教団の本拠地である大聖堂へと向かった。
マールに大聖堂までの簡単な地図を描いてもらったので、迷うこともないだろう。
このリムファルトは東西南北の四地区に分かれていて、ここは南地区にあたる。
大聖堂があるのはこの町の中心部近く。
とはいえこの町はかなりの広さがあるので、徒歩で行くとなるとそれなりに時間はかかりそうだ。
マリオンはまるで遠足に行く小学生のようにウキウキした足取りで街路を歩み、ユーティアは周囲の街並みを珍しそうに眺めながらその後に続く。
街中ではすでに多くの人々が行き交い、露天商からひっきりなしに声が掛かってくる。
まだ午前中だというのに、ずいぶんと賑やかなものだ。
賑やかといえば、例によってどこからかイルヴィネス教団の演奏の音も聞こえてきている。
こうして各所で演奏を続けるには、かなりの信者の数が必要なはず。
想像以上に教団の規模は大きくなっているのかもしれない。
「それにしても……この町には随分と亜人種の方が多いんですね」
時折すれ違う亜人種にやや怯えた風に、ユーティアがそんなことを口にする。
たしかに、それは俺も密かに面食らっている。
今までの村ではほとんど見かけなかった亜人。
だがこの町ではかなりの頻度でお目にかかる。
エルフやドワーフといったファンタジーではお馴染みの種族が大半。
だが中には小人族や獣の耳や尻尾が生えた種族も見かける。
田舎育ちのユーティアは亜人種にあまり馴染みが無いようで、おっかなびっくりといった様子だ。
「そっだねー、地方だと亜人種は少数派でちょっと暮らしにくいのかな? ここみたいに規模の大きい町のほうが居心地いいんだと思うよ? コミュニティとかもできてたりするらしいしね」
旅慣れしているマリオンにとっては、それほど珍しい光景でもないようだ。
《──っと、おおっあれは!?》
俺は思わず声を大にする。
俺達の進行方向から、ノソリノソリと歩んでくるその巨体。
錆びた金属のような深緑の鱗に覆われた体表に、スパイクが突き出す長い尻尾。
そして一本一本がナイフのように鋭い牙
《まさかあれは、リザードマン……か?》
「わおっ! 本当だ! わたしも見るのは初めてだよ!」
マリオンはまるで遊園地でマスコットキャラを見つけた子供みたいにはしゃぐ。
一方のユーティアは怯えのためか、ゾクリと鳥肌立たせているのが伝わってくる。
そのリザードマンは俺達の脇を通り過ぎると、肉屋と思しき露天商で買い物をし始めた。
周りの人間は特に気に留める様子もない。
この町ではありふれた光景のようだ。
「あれぇ? ティアだけじゃなくてリューちゃんまで怖がっちゃった? 焦っちゃった? いいよいいよぉ~危険を感じたら、いつでもマリオンお姉ちゃんを頼りなさい! お姉ちゃんはか弱い弟をいつでも守ってあげちゃうからね!」
俺の狼狽を見透かしたマリオンが、ここぞとばかりにうざ絡みしてくる。
いちいち癪に障る奴だ!
《別に怖がってなんていないさ。でも巨大な爬虫類なんて見たら、よほど慣れてなけりゃ普通は警戒心ぐらい抱くもんだと思うがね? むしろそうならないお前の神経を疑うよ俺は!》
「まったまた~強がっちゃって! 照れるリューちゃんもカワイイのぉ~」
マリオンはユーティアの頬をツンツンしながらからかってくる。
ぐぬぬぬ……コイツには本当に弱みを見せられないな。
その後なんやかんやありながらも、町中央のやや南寄りまで到着。
この場所は大きな円形の広場になっている。
大聖堂はこの広場を北に抜けた後、東へ少し進んだところにあるはずだ。
「綺麗な景色ですねぇ。都会とはいえ自然が多い、美しい町なんですね」
広場から南に向かって景色を眺めながらユーティアが感嘆する。
リムファルトは北に向かって緩やかな傾斜があるので、高台にあるこの広場からは南半分の町が一望できる。
びっしりと建造物が連なっているわけではなく、適度に緑が残された町作り。
街並みのさらに南には湖が広がっていて、鏡のような湖面に陽光が反射しキラキラと輝く。
この見晴らしの良い広場は名所になっているようで、観光客らしき団体やらカップルやらで賑わっている。
《この自然と調和した景色はそれなりに意味があるんだよ。人工物が密集しすぎるとマナの流れが悪くなるんだ。だが魔道研究都市としてそれではマズイ。だから人工物と自然が程良く折衷された都市デザインになっているんだろう》
俺の持つ知識に照らしても、この都市はそこまで考えて設計されているようだ。
「へぇ~すっごいリューちゃん! もしかして頭いいの?」
……なんだろう?
マリオンに言われると本当にイラッとくるんだけど。
「しかしなんでしょう? ちょっと多すぎないですか? 人が……いえ、子供が?」
ユーティアに言われて気付いたが、いつの間にやら広場の北側に子供がワラワラと集まってきていた。
なんだ?
学校の遠足か?
「良い子のみんなー! 元気にしてたかなー?」
突然──広場に快活な女性の声が響き渡る。
「「はーいっ!」」
その女性の声に応じるように、集まっていた子供達が皆一斉に返事を返す。
《な……なんだこの状況は?》
しかし声の主はすぐに判明する。
広場の北側にある、円形状にせり上がった舞台のようなスペース。
その上で両手を振り周りの子供達に笑顔を振りまく一人の女性……というよりは少女と呼ぶべき年齢か。
歳は十代中頃、スレンダーな体型に長い金髪のツインテール。
そして特徴的なのは、その少女がなんとも目に付く衣装に身を包んでいるというところにある。
派手なショッキングピンクのフリルドレスは、スカート部が花弁のようなデザインで大きく膨らんだ奇抜なデザイン。
同じくピンク色の光沢を放つエナメル質のブーツ。
右手には先端に大きな金色の星が据えられたステッキを握っている。
なんだろうか、この既視感。
むしろ日曜の朝に悪と戦いだしそうなビジュアルなのだが……
「今日は集まってくれてありがとー! みんなに会えてすっごくうれしいよー! そんな良い子のみんなのために、魔法少女トゥインクルが歌って踊っちゃいまーす! みんなも一緒にはじけよー!!」
《魔法少女トゥインクル……だと?》
魔法士ではなく魔法少女と名乗るトゥインクルは、舞台の上でクルリと一回転。
と同時に舞台の左右から紙吹雪が吹き上がり、舞台袖に居た演奏者達が明るくポップな曲を奏でる。
演奏に合わせて歌いながら踊りだす魔法少女。
彼女とはかなり離れているにもかかわらず、声もここまではっきりと届いている。
おそらくあのステッキに拡声機能が備わっているんだろう。
もちろん科学的な仕組みではなく、魔石による効果なんだろうが。
「あ……私これ知ってますよリュウ君! 数年前から流行っているらしいです。モモとネネが絵本を見せてくれたことがあるんですが、あの女性と同じ衣装でした。今歌っている歌も、子供達が歌っているのを聞いたことがあります。これのテーマ曲だとは知りませんでしたが……」
《ふーんなるほど、つまりこれは子供向けキャラクター物のステージショーってことか? しかも魔法少女物とは……なかなかにハイセンスだな》
この世界でもこんなイベントにお目に掛かれるとは、なんとも感慨深い話だ。
なによりキャラクター性を生かした物販に主題歌を利用した周知集客。
なかなかにしたたかな商売をする奴もいるものだ。
《まぁこれ以上ここにいてもしょうがないな。先を急ぐぞマリオ──》
言いかけて、俺は目の前の光景に絶句する。
マリオンが……泣いていた。
大粒の涙を流しながら。




