第35話 三つ葉亭の三姉妹 4
「シェルバーン様、ミューズライト様、お楽しみ頂けているようですね。お料理はご満足いただけましたでしょうか?」
ミリィとその母親マールが様子窺いに来る。
ミリィはまだ俺を警戒しているようで、母親の蔭に半身を隠しながらこちらを覗き見ている。
「うむ、余は満足だ! 俺が世界征服した暁には、あの親父を専属の料理長にしたいぐらいにな」
本心ではステーキ二枚目いきたいのだが、どうにもこの体がそれを許さない。
体が小さければ胃も小さい。
飛ばして口に詰め込んだもんだから、あっという間に満腹になってしまったのだ。
「……………………」
ジーッと、母親のエプロンに隠れながら、ミリィが俺の顔を伺っている。
「……なにか言いたいのかあのガキは?」
《なにかじゃないですよリュウ君。そんな煙たそうに見てたんじゃ怖がられるのも当然です。笑いかけてあげてください。笑顔です、え・が・お~!》
はぁ? なんで俺がそんなこと……と言いたいところだが、ここの家族との関係を拗らせてこの料理にありつけなくなるのは問題。
しょうがない、多少は気を遣ってやるか。
俺はミリィに優しく微笑みかける。
ビクリ──と、しかし何故かミリィは蛇に睨まれた蛙のように体を震わせ涙を浮かべる。
「うわぁ、笑顔こっわリューちゃん!」
しみじみと、マリオンが言いやがる。
「クッ……うるさいぞ!」
やはり慣れないことはするもんじゃないな。
そもそも笑顔で他人のご機嫌を取るなど、支配者にあるまじき行為。
ということで面倒なので後はユーティアに任せることにした。
ご馳走を頬張るという俺の目的は完遂したのだ。
今はこれ以上外に出続ける必要もない。
「ほらっミリィちゃんおいで! 怖がらせてごめんねぇ~!」
ユーティアが笑顔で手招きする。
ミリィは一瞬戸惑うもすぐに笑顔を取り戻し、飼い主を発見した犬みたいに飛び込んできた。
……これにはさすがにちょっと複雑な気分になるな。
「ところでマールさん、一つ聞きたいことがあるんですが……」
ユーティアはミリィを抱き寄せながらも、真剣な面持ちで話しかける。
「ミリィちゃんはリンゲル司教に、お姉さんを返すよう訴えていたと記憶しています。あれはどういう意味なのですか?」
そういやそんなこと言ってたっけな。
どうでもいい話なのですっかりと忘れていたが。
マールと、それとミリィも黙って俯く。
しかしその後、マールは周囲を見回しユーティアの脇まで近寄ると声を潜めて語り始めた。
「実は……私には娘が二人おります。このミリィと、その姉のアンゼリカなんですが。ところがアンゼリカが一週間ほど前からあの教団にのめり込むようになってしまいまして、ついには三日前から家に帰ってこなくなってしまったんです。真面目でしっかり者のアンゼリカが家出なんて……なにかあったに違いありません」
「リカ姉を返すように言ってもぜーんぜん聞いてくれないんだよ、あのリンゲルが意地悪なんだっ!」
ミリィがぷくーとむくれながら愚痴る。
「イルヴィネス……って言ってましたっけ? あの教団は今までにも同じような問題を?」
「わかりません。ただあの教団自体ごく最近この町に現れて活動を始めたようです。熱心に布教活動をしているという話は聞きません。ただいつの間にか町の各所で演奏するようになっていて、それが宣伝になっているとは思えないのですが信者が増えていっているようです」
たしかに、エルトリーゼに会って以降この三つ葉亭に来るまでにさらに二度イルヴィネス教団の演奏を見かけたし、今も開け放たれた窓から夜空を漂う演奏の音が聞こえる。
ずいぶんと熱心なことだ。
「アンゼリカは家族思いのよくできた娘でした……私達はとても仲が良く、お客様から美人三姉妹ともてはやされていましたのに……シクシク」
さめざめと泣き始めるマールだが、しかし三姉妹て……こいつ天然なのか厚かましいのかどっちだ?
「ふむふむ、つまーり、ここは正義の味方の出番ってわけだね!!」
黙って聞いていたマリオンが、突然立ち上がる。
「安心したまえご両人。この正義の魔法士マリオンが、見事アンゼリカちゃんを救い出してみせましょう!!」
人差し指を天にかざし一人テンションの高いマリオンを前に、しかしマールはさらに表情を曇らせる。
「ミューズライト様、お気持ちは有難いのですが相手はエクシードです。それにミリィの恩人様をこれ以上の危険に晒すわけには……」
「心配ご無用! ノープロブレム! なんたってわたしはあの大魔法士パルテアの末裔ですから!!」
まーたマリオンの先祖自慢が始まる。
どうせマールだって知らな──
「ええっ! パルテアって、あの伝説の魔法士パルテア・ユリエライズですか!?」
マールは両手で口元を覆い驚嘆する。
「そう! あの伝説のだよ! やっぱり知ってるよね? どうリューちゃん、やっぱり超有名だったでしょ? 見直したかな?」
マリオンはフフンと鼻息荒くまくしたてる。
だ・か・ら、なんでお前が偉そうなんだよ!
「魔法士パルテアといえば勇者のパーティーに居たらしいという伝承はあるものの、正式な記録として残っているわけではなく、信頼性の高い目撃証言もなく、結局のところ本当はそんな魔法士は居なかったのではないかという結論に落ち着きつつあるものの、やはり一部では根強く……というか半分面白おかしく存在が信じられている、存在そのものが伝説となっているあの魔法士パルテア・ユリエライズのことですよね! その子孫の方とお会いできるなんて光栄ですわ! やっぱり伝説は本当だったんですね!」
マールは目を輝かせてマリオンの両手を握る。
「え? ……ええ、まぁ……」
答えるマリオンの歯切れが悪い。
《……おいマリオン、なんか伝説の意味がお前の言う意味とかなり違うんだが? 都市伝説的な、むしろ未確認生物的な意味での伝説なんですが? どういうことなのか説明してくれますかねぇ?》
「ううっ……薄々はわかっていたんだぁ! 伝わる話によると、ご先祖様は極度の人見知りだったみたいなんだよ。だから勇者パーティーには居たけど人前にはほとんど出なかったし、魔王を倒した後も引きこもって魔道研究に明け暮れてたから、一般的にはあんま知られてないみたいなんだよぉお!」
マリオンはビターンと机に突っ伏すと、手足をバタつかせながら喚く。
こうなると、本当にパルテアという魔法士が居たかどうかも怪しくなってくる。
話半分の伝承をマリオンが勝手に妄想で膨らませてるだけじゃないのか?
「もぉなんでわざわざマリーのやる気を削ぐようなことを言うんですかリュウ君。ほらマリーも、私達も手伝うから頑張って一緒にアンゼリカさんを助けましょう!」
「うぅ……ありがとーティア!」
《オイ待て! 勝手に話を進めるな。誰が協力するなんて言った?》
またぞろお人好しのユーティアが揉め事に首を突っ込もうとしている。
君子危うきに近寄らずの精神が無いのかコイツは!
「べつにアンゼリカさんを返してくれるように陳情しに行くだけですから、リュウ君の助けはいりませんよ。私達だけで行きますから!」
どういう理屈だそれは。
ユーティアが行くならば、結局は俺が行くのも同義ではないか。
おまけに相手はあの司教。
穏便に話がまとまるはずがない。
《まぁ……いいだろう。今回は特別に協力してやる》
「えぇ! いいんですかリュウ君!?」
《勘違いするなよ。俺には俺なりの理由があるってだけさ。まぁそのついでに教団を壊滅させてやるのも一興だがな! あっはははぁあ!!》
「だーかーらーっ! アンゼリカさんを助けに行くだけですってば。暴力はぜーったい禁止ですからね!!」
《はいはい、わかってるよ》
俺は到底守れそうもない約束を空返事で返した。




