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第32話 三つ葉亭の三姉妹 1

「ぜーんぜんわからなかったよ! まさかユーティアちゃんが妊婦さんだったなんて!」

 マリオンはいまだ信じられないとばかりに、一オクターブ高い声を上げる。


 ユーティアとマリオンはすでに入浴を終え、再び服も着てこの脱衣所で髪を乾かしている。

 ドライヤーを使って。


 この世界でドライヤーとは言わないのだろうが、温風の出るL字型のそれはまさにドライヤー。

 もちろん電動ではない。

 故にコンセントに繋がっていたりもしない。

 後部の網の目から透けてみえるオレンジ色に光る石。

 この魔石によって温風を発生させているようだ。


 ちなみに魔石というのは、この世界にある魔力が宿った石のこと。

 魔法が使えない人間でも、魔石を使うことで魔法としての効果を得ることができる。


 旅の途中で何度か魔石を見かける機会はあった。

 もっともポピュラーな魔石は、光や熱を生み出す魔石。

 電化製品の無いこの世界では、魔石がその代用品として使われるケースが多いのだ。

 とはいえドライヤーとして使われているのを見たのは初めてだが。


 髪の短いユーティアの方が先に乾いたので、今はユーティアがマリオンの髪を後ろからドライヤーで乾かしている。

 細く湿り気を帯びたマリオンの桃色の髪は、ドライヤーの風に乗せて石鹸の香りを振り撒く。


 ちなみに、口惜しい話だが俺は二人の入浴中、魔法の解除を余儀なくされた。

 ポチ噛み付き事件の引き金になった、俺のマリオンに対するちょっとしたスキンシップを問題視されての措置だ。

 

 ユーティアめ、やっぱりリュウ君はイヤラシイんですねなどとぬかしやがって。

 赤子がオッパイを好むのは正常な本能によるものではないのか?


 とはいえまたマリオンにちょっかいを出してポチにかじられたんじゃたまらないので、今回はおとなしく従うことにした。


 そのポチだが、今はマリオンにドライヤーで丁寧に乾かしてもらっている最中。

 魔法生命体なのにそんな必要性があるのかも疑問だが、マリオンはコミュニケーションの一環として楽しんでいるようだ。


「妊婦……と言われるといまだに実感が湧かないんですが。ただ当のリュウ君本人からそう言われていまして納得するしかないというか……」

「ふーん、でも魔法で話しかけてくるお腹の子なんて、ふつーいないよね? ぷっくくぅ~」

 なにがツボにはまったのか、先程からマリオンは俺の話をしながらケタケタと笑いやがる。


《重ねて言うがマリオン、俺の存在は秘密で頼むぞ。本来は他人にバラしたくはなかったんだ。今回は成り行き上仕方なくそうするしかなかったにすぎない》

「わかってるって、正義の味方は約束も守るのです! どうぞご安心ください!」

 マリオンは俺の懸念にハキハキとした声で応じるものの、しかしこいつの正義の定義が謎。

 無闇に他人を信用するなが俺の信条だ。

 マリオンがうっかり口を滑らさないように、しばらくは用心する必要があるだろう。


「でもでも、14歳で妊婦さんで旅してるなんて大変だよね! 困ったことがあったら何でも言ってねユーティアちゃん!」

 マリオンはクルリと振り返り両手を広げると、ユーティアをギュッと抱きしめる。


 そしてまたしても、今度は前方から二つのたわわな果実の感覚がっ!!


「はわわっ! マリオンさん! 先程も説明しましたけど、私とリュウ君の感覚は繋がっているのでこういうことはしないほうがっ!」

「マリオンさんなんて他人行儀だよ! わたし親しい人からはマリーって呼ばれているからそう呼んでくれると嬉しいな! あ、私はユーティアちゃんのことティアって呼ぶね! ニックネームで呼び合う、これでもうわたし達は親友同士でしょ!!」

 マリオンはユーティアの忠言も聞かずに抱き付いたまま、嬉しそうに声を弾ませる。


「んでんで、ティアのお腹の子はリューちゃん!でいいんだよね?」

《は? ちゃん付けだと? 子供扱いか!?》

「え~だって子供じゃ~ん!」

 マリオンはムフフ~と小馬鹿にしたような笑みを浮かべやがる。


《ぐぬぬぬ……年輩ぶりやがって、そもそもお前歳はいくつなんだ?》

 コイツは体は熟しているものの、性格はやけに幼い。

 イマイチ正確な年齢が読めない。


「わたし? ピッチピチの16歳でーす!!」

《じゅ……16歳でこの胸だと!》


 今でFか? いやGか?

 ここからさらに成長する余地があるだと?

 クッ……末恐ろしい奴だぜ!


「ティアがお母さんなら〜わたしはさしずめお姉さんだね! うん、これは名案だ! わたし前から弟が欲しかったんだよね。てことで、わたしのことはマリーお姉ちゃんって呼んでねリューちゃん!」

《は? なに言ってんだ? それはただのお前の個人的な願望だろうが。こんな頭の弱そうな姉などゴメンだ!》

 俺はなんか興奮気味に意味不明なことを要望してくるマリオンを一蹴する。

 

「でもマリオンさ……」

「マ・リ・ィーだよ! さん付けもノーサンキューだよティア!」

「あ……はい、では……マリー……」

 マリオンに修正要請を受けたユーティアは、もぞもぞと恥ずかしそうに口を開く。


 ユーティアはそれほど社交的な性格ってわけでもない。

 会ったばかりの人間をニックネームで呼ぶのは、まだ抵抗があるようだ。

 まぁこれは単にマリオンが馴れ馴れしいだけとも言えるが。


「その、マリーも一人で旅してるんですよね?」

「うん? まーね、でもわたしにはポチがいるからダイジョーブ! それにこれも修行のうちだからね。こうして旅をして各地で困っている人達を助けながら、魔法の腕を磨いてるってわけ!」


「ではこの町にもその修行の一環で訪れたんですか?」

「んーそれもあるけど、わたしには正義の心を教えてくれたお師匠様がいるんだけどね、そのお師匠様が今この町に滞在してるって風の噂で聞いたんだ。だからそのお師匠様に会うのが本命なんだよね。でも今日一日探し回ったけど会えなかったんだぁ~。残念! 無念ですじゃ~」

 マリオンは足をバタバタさせながら叫ぶ。


「マリーのお師匠様……ですか? それはさぞかし聡明な方なんでしょうね?」

「そーなの! とっても強くてカッコイイんだよ! 会えたらティアにも紹介したいなー!」


 などと二人は年頃の女子っぽくワイワイと盛り上がる。

 だがそんな話は俺にとってはどうでもいいし、興味も無い。


「フン……まったくいつまで無駄話を続ける気だお前らは!」

 俺は悪態をつきながら立ち上がる。

 もちろんユーティアの体を乗っ取って。


「わおっ! 今はリューちゃんなんだね! すぐに憑依できちゃうなんて、やっぱりすごいなぁ!」

「憑依言うな!」

 人をまるで幽霊みたいに言いやがる。


「そろそろ準備もできてるだろう。風呂は入れなかったんだから、せめて食事は俺自身で取らせてもらうぜ!」

 イヤ本当に、もう限界だから。

 一秒でも早く胃に食料を流し込みたいのだ。


「そーだね、あんまり遅くなっても悪いかも。とゆーわけで行こうティア、リューちゃん!」

「オイ仕切るな! そしてその呼び方ヤメロっての!」

 俺以上に張り切って立ち上がったマリオンに先を越されまいと、俺は一階へと走る。


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