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第29話 オトナ少女 1

 またぞろ変な奴が現れたな。

 愛と正義の魔法士を自称するマリオンと名乗る少女は、まだ天空を指差しビシリとポーズを決めている。


 魔法士と言うだけあって彼女の装いは、いかにもな魔法使い風のそれである(ちなみにこの世界では魔法使いとか魔導士とかは言わないようで、基本的には魔法士と呼んでいるそうだ)。


 体にフィットしたキャロットオレンジのショート丈ワンピース。

 やや紫みを帯びた青──群青色のミディアム丈マントにショートブーツ。

 このままハロウィンのコスプレパーティーに飛び入り参加できそうな服装である。


 いやそんなことよりも、今注目すべきなのは彼女自身についてであろう。

 なんということでしょう、タイプこそ違うものの彼女はユーティアに比肩するほどの美少女なのだ。


 血色の良い艶やかな肌に、活気(みなぎ)る明るい顔立ち。

 その黄金色の両の瞳は太陽のような煌めきを放ち、サイドテールで結われた桃色の髪は夕光を受け鮮麗な光彩を奏でる。


 年齢は……ユーティアよりやや上だろう。

 小柄なユーティアとは違い、おそらく年相応の──標準的女子高生程度の身長。


 そう、身長は標準程度……だ。


 もったいぶった言い方をしてしまったが、逆に言うと標準ではない、彼女について最も特筆すべき部分。

 それは胸のサイズだ!


 マントを押し退けるように胸元から飛び出しているその大きな膨らみ。

 彼女のオーバーリアクションの度に大きく揺れるそのバストは、明らかに規格外のサイズである。

 それは彼女の幼さの残る顔立ちに、だが違和感無く融合しているのだから素晴らしい。


 そんな悩殺的なボディを持ちながらも、しかし子供のような無邪気な笑み。

 まるでマンガやアニメの魔法少女が目の前に飛び出してきたかのような、そんな錯覚すら覚える。


「あの、マリオンさん。助けていただいてありがとうございました。私はユーティア・シェルバーンと申します。どうかお礼をさせてください」

「ありがとーございました~! あたしはミリィだよ!」

 ユーティアと、それに(なら)ってミリィも謝意を表する。


「ユーティアちゃんにミリィちゃんね。おっとしかしお礼はいらないよ! わたしにとって人助けは使命であり生き甲斐みたいなものだからね。それに超有名な伝説の大魔法士の末裔としては、これぐらいは当然のことなのです!!」

 マリオンはセリフと共に表情をコロコロと変えながらその大きな胸を張る。


 どうもストレートに感情が表に出るタイプのようだ。

 しかしそうして透ける彼女の性格は天真爛漫といった感じで、悪意は無さそうだ。

 逆に気味が悪いぐらいに。

 

「伝説の……そんなにご高名な方のご子孫様なんですか?」

「ふっふ~ん、ま~ねぇ! きっとユーティアちゃんもよく知ってる人だよ? 誰か知りたい? 知りたいよね? そんなに知りたいなら教えてあげよっかな~?」

 マリオンはズイィとユーティアに問い寄る。


 なんだ?

 ご先祖自慢でもしたいのか?

 天真爛漫というよりは、むしろ幼稚な子供っぽい性格のような…… 


「では発表しまーす! わたしのご先祖様は、あの超有名な大魔法士パルテア・ユリエライズなのです!!」

 ぱちぱちと自分で拍手をしながらマリオンは宣告する。

 といってももちろん俺は知らない人物だが。


「パルテア? …………え……っと、すいません。私あまり歴史に詳しくなくて。ミリィちゃんは知ってますか?」

「ううん? 聞いたことないよぉ?」

 どうやら俺だけじゃないようで、ユーティアもミリィもまったく全然知らんとばかりに顔を見合わせる。


「えぇ? やっぱり? なんで知らないの? おっかしいなぁ? 絶対超有名なはずなのに!」

 マリオンはなんかガクリと肩を落とす。


 そのやっぱりってなんだよ。

 今まで他の人に聞いても知られてなかったってことか?

 そりゃ単に知名度が無いだけでは?


「まぁともかく、礼を言うならポチに言ってあげてね! ポチは超有能な猫ちゃんなのです!」

 マリオンはコホンと一つ咳払いをすると、肩に乗っていた猫を両手で持ってユーティア達の前に掲げる。


「ナーゴ」

 つぶらな瞳はそのままに、しかし尻尾を振るでもなく無表情のまま一声鳴く黒猫のポチ。


「そうですね、ありがとうございますポチさん!」

「かわいぃー! 触っちゃおー! 触っちゃおー!」

 ユーティアはペコリと頭を下げながら、ミリィはツンツンと猫の頬を突きながら礼を言う。


 二人とも、猫なのにポチというネーミングには一切突っ込むこともなく。

 この世界ではポチが犬の名前だというお約束は無いんだろうか?

 さらに突っ込ませてもらうとポチが出てきた時点ではすでに俺が表に出て形勢は逆転してたから、助けられたという状況ですらなかったのだが。


「ポチはねー、可愛くて頭も良い最高の相棒なのさー!」

 マリオンがそう言ってポチをギユッと抱きしめる。

 その巨大な胸に挟まれ圧迫されたポチの体がグニュッと潰れる。

 だがポチが苦しんでいる様子はない。


「ぉお!? なんかヘンだよぉ?」

 ミリィも不審に思ったようで、ポチの下腹部を引っ張る。

 すると掴まれた部分がゴム風船のように伸びた。


「うん、ポチはね、普通の動物とは違うんだよね。わたしの魔力によって存在が維持されている魔法生命体なの。いわばわたしとは一心同体というわけなのです!」

 マリオンはポチの頭を撫でると、ポチは喉をゴロゴロ鳴らす。

 それはまるで本当の猫のような反応。


 これは……確かに凄いぞ。

 単純なルーティンならともかく、ここまで自立して行動する魔法生命体を生み出す魔法は俺ですら持ってはいない。

 おまけにやや丸っこくてディティールが甘いものの、本物の猫に近い形で擬態しているとは……

 言うだけあって中々やりよるなコイツ!


 と、俺が感心してる真っ只中に、ギュウグルゥウゥ~と唐突に車のタイヤを捻じ切るような凄い音が響いた。


「……………………すいません、私です」

 一瞬の静寂の後、ユーティアがおずおずと申し訳なさそうに挙手する。

 そうである、昼食を取り損ねたせいで今日一日まともな物を口にしていない。

 ついに耐え切れなくなったユーティアの腹が熱唱を始めたのだ。


「え? 今のはわたしだよ? 旅の資金が尽きて最近ひもじいんだよねぇ。もう痩せ細りそうだよぉ~」

 一方のマリオンもお腹をさすりながら呻く。

 その豊満な胸で痩せ細るだなんて言っても、まったくもって説得力が無いのだが。


 どうやら先程のは二人同時に腹の虫が鳴ったデュエットだったようだ。

 どうりで異様に凄い音だと思った。


「お姉ちゃん達お腹空いてるのー?」

 ミリィの問いにユーティアはコクリと、マリオンはコクコクと首肯する。


「じゃああたしの家に来なよ! うちは宿屋だから、助けてもらったお礼にタダでゴハン出してもらえるように頼んでみるよ。部屋が空いてたら貸してもらえると思うよ!」


 なん……だと!

 まさに棚から牡丹餅!

 わざわざ痛い思いをしてまで助けた甲斐があったってもんだぜ。

 

「いえ……そんな、悪いですよ!」

 だというのにユーティアはあろうことか、両の手の平を左右に振って遠慮する。


《オイなに断ってんだお前! 状況をわかっているのか? 俺達はすぐにでも飢え死にしかねない状況なんだぞ? ここは有難く頂戴しておく流れだろうが!》

「でもリュウ君、子供を助けるのは当然のことです。見返りを求めてのことではありません。こんな人の善意に付け込むみたいな……」

《付け込むわけじゃあない。その善意をありがたーく受け入れるだけだ。それに据え膳食わねば男の恥と言うだろうが!》

「え……でも私男の子じゃないですし……」

《だー五月蠅い! そーいう揚げ足取りいらないから!》 

 やれやれ、いつもながらのユーティアの常軌を逸脱したクソ真面目ぶりには思いやられる。


「えへへ~じゃあお言葉に甘えちゃおっかなー。わたし三日もベッドで寝てなくてさー。ミリィちゃん救いの神ですじゃー!」

 一方のマリオンは完全にノリ気である。


《ほら見ろ。あれぐらいの反応が健全なんだよ》

「そ、そうですかね?」

 ユーティアも結局は俺の説得に応じ、三人で宿屋へ向かうこととなった。


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