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第27話 上流階級 3

 その男の姿は……なんというか、形容しがたい異彩を放っている。

 身長は180センチ近くあるだろうか?

 しかし筋肉質というわけではなく、まるで針金のようなヒョロガリ体型。

 色白の顔もやはり面長で、頬が大きくこけたその顔つきは典型的な馬面だ。

 そしてその顔の上にかぶさるのは、マッシュルーム型に綺麗に切りそろえられたブラウンヘア。

 なんだろう……ウケ狙いってわけじゃないんだろうけど、まるでお笑い芸人のような風貌だな。


 しかも驚きなのは、この男はどうやら聖職者らしいということだ。

 金の装飾が施された純白のローブ──これはこの国の祭服のスタンダードに近い。

 さらに左手には先端に二つの鈴が付いた錫杖(しゃくじょう)を携えている。


 そのユニークなルックスと謹厳なコスチュームとのコントラストはなんとも滑稽。

 もしユーティアと入れ替わった状態だったら吹き出していたに違いない。


 そしてその男の前に、一人の少女が対峙している。

 少女といってもまだ幼い。

 小学生ほどの……ルーシィよりやや上程度の年頃か?

 アッシュグレーのショートカットが、ルーシィとは違い活発な印象を与える。


 どうやらあのマッシュルーム男とこの少女との間でトラブルが起こっているようだ。


「あたしは無礼なことなんて言ってない! お姉ちゃんを返してって言ってるだけだもんリンゲル!」

 少女は自分より遥かに長身の男を見上げて叫ぶ。


「呼び捨てにすなーっ!! リンゲル司教と呼ぶぞよ! まったくこれだから子供は……。それに可笑しな事を言うものぞよ。何度も説明したように、お前の姉は我がイルヴィネス教団へと身も心も捧げたのだ。吾輩は何も強要などしていないぞよ。全ては本人の意思によるもの。まったく妙な言いがかりはやめてもらいたいぞよ。美しくない! それは美しくない行為ぞよ! キョッキョッキョッ!」

 リンゲル司教と名乗る男は、少女を見下しながら両の目玉をギョロリと剥く。

 それにしても、容姿だけじゃなく話し方まで独特な奴だな。


《……うん? イルヴィネス教団にリンゲル司教?》

 今しがた耳にしたばかりのワードな気がするが?


「先程のエルトリーゼさん達が所属している教団の名前ですよね? リンゲル司教という名前もその時おっしゃられていました。高潔無比で眉目秀麗な方とのことでしたが……」

 ユーティアは遠巻きに成り行きを見守る人混みの合間から様子を窺い眉をひそめる。


 たしかにガキがそのまま大人になったような、品性の欠片も無い下衆ではないか。

 こんなのが美を追求する教団の幹部だってのか?


 そういえば、リンゲルの後ろにはエルトリーゼ達と同じ赤のミニドレスを着た女性が二人立っている。

 ただ手にしているのは楽器ではなく槍だ。

 護衛ということなのだろうか?


「あっ……あれはっ!」

 ユーティアは突然何かに驚いたように、一歩身を引いた。


《なんだ? どうかしたか?》

「リュウ君、大切な事を説明していませんでした。この国では絶対に守らなくてはいけないルールについてです!」

 ユーティアはいつにも増して真剣な口調で続ける。


「リンゲル司教の胸元を見てください。銀色の勲章みたいなものが付いていると思います」

《ああ、確かにな》

 奴の左側の胸元に金属製の、縦幅五センチほどの十字の勲章が見て取れる。


「あれはこの王国が認定した特別に魔力が高い者──エクシードであることを証明するものです」


 エクシード?

 それは以前もユーティアの口から聞いたことがある単語だ。


「そしてこの国では、エクシードに対して一般の国民は絶対服従を強いられています」

《……なるほどねぇ、貴族と平民みたいな区分か》

 当然そういった格差があるだろうとは思ってはいたが、それが魔力によって決まるとは。


 どうやらこの国は実力主義ということらしい。

 つまり強い奴が偉くなれる。


 そしてその強者をブチのめせば誰もが俺の実力を認め、自動的にこの国も手に入る。

 世界征服を掲げる俺には理想的な制度と言えるかもしれない。


「だからいいですかリュウ君、あの男の人には、なにがあってもぜーったいに手を出さないでくださいね。エクシードに逆らった者は大罪人として重罰に処せられるんです! 最悪死罪もあるそうですよ!」

《ああ、わかったよ。了解りょーかい!》

 ユーティアの大真面目な要請を、俺は適当に受け流す。


 まぁそんな偉い奴なら手始めにここで始末してみたいところだが、今は空腹を満たすのが優先だ。

 腹が減っては戦ができぬってな。


「あの優しいお姉ちゃんが家族を見捨てるはずなんてないっ! お前らが閉じ込めてるんだっ! 返してよぉ!!」

 二人の悶着はまだ続いているようで、少女はなおも食ってかかる……が、リンゲルはそんな少女の首根っこを掴んでヒョイと持ち上げる。


「まったく、つくづくに無礼で美しくない娘ぞよ。これ以上の侮辱は神罰となって己が身を焼くと心得よ! あと四年八……いや九カ月すればお前も教団への入信を許可するぞよ。それまで精々美しさを磨いておくとよいわっ!」

 言うと少女を地面に放り投げる。


 叩きつけられ、悲鳴を上げる少女。

 だが少女はそれでもゆっくりと上半身を起こすと、怯むことなく目の前の男を睨みつける。


「なんぞ? なんぞその目は? まったく姉とは違い可愛げのない娘ぞよ。どうやらもっと痛い目に合わせなくては身の程を理解できないようであるな!」

 額に青筋を立たせたリンゲルは唇を震わせながら、ゆっくり少女の元へと踏み出す。


 すでに周りにはかなりの野次馬が集まっているものの、止めようとする者はいない。

 ユーティアの言う通り、この国の国民は身分制度を遵守するようだ。


 もちろん俺も止める気はない。

 俺ならこんなモヤシ男瞬殺できるだろうが、わざわざ少女を助けるメリットもない。


 そう、これが世界の厳しさ。

 力の無い者は、一方的に蹂躙されるしかないのだ。

 なんの得にもならないのに、危険を冒して他人を助けるようなお人好しなどいるわけがないのである。

 

「やめてください! まだ子供じゃないですか!!」


 うん、だが…………いたようだ。

 どうやらそんなマヌケが。

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