第26話 上流階級 2
女性は一人ではなく、その後ろにも同様の赤いミニドレスを着た女性が二人。
声をかけてきた女性はバイオリンを、後ろの二人はフルートと小型のハープをそれぞれ手にしている。
もちろんこの世界では違う呼び名なんだろうが、見た目には俺が知る物とほぼ同じデザインの楽器だ。
「突然ごめーんなさいね。私はイルヴィネス教団の広報部部長兼イルヴィネス楽団団長のエルトリーゼ。我がイルヴィネス教団は高潔無比にして眉目秀麗なヴェロウヤブ教主とリンゲル司教の下、究極の美の追求を教義として活動しているのね。ちなーみにこの楽器で町に音楽を届け華やかにするというのもその活動の一環なんですよ! そしーて、教団のさらなる発展のために、あなたのような見目麗しい女性を随時募集中なのです! まぁ平たく言えば入信の勧誘というわけ! ね、どうでしょう?」
ちょっとテンション高めのエルトリーゼと名乗る女性は、投げキッスしてユーティアに迫る。
究極の美の追求とは……変わった教義だな。
教団の美の定義はよくわからんが、赤いドレスを着た信者の女性は三人とも美女である。
特にエルトリーゼの容姿は劣情を抱かずにはいられないほどに官能的。
迫られたのが男だったら下心で即入信すること間違いなしだろう。
しかし先程の悪党共に続きまたぞろ声をかけられるあたり、ユーティアは余程に隙だらけに見えるのかね?
「あの、お気持ちは有難いのですが、見ての通り私はすでにエイシス教の教徒です。いまさら改宗するつもりもありませんし、そういったお誘いはご遠慮させていただきたいのですが……」
ユーティアは物腰柔らかながら、はっきりと断りの意思を告げる。
やはり信仰心に関しては腹が据わっているようだ。
チンピラ相手でもこうだったら苦労は無かったのだが……
「エイシス教? 聞いたことない宗派ですね?」
エルトリーゼは目をパチクリさせる。
すると後ろの二人がエルトリーゼに近づき耳打ちする。
「わたし知ってますよエルトリーゼ様。なんでも全ての物に神が宿っているとかいうおかしな主張をしている宗派です」
「道端の石っころから天の星まで同じように神として崇めてるらしいですよ。笑っちゃいますよね、ぷくくっ!」
「そ……それはこの世のあらゆるものはかけがえの無いものであるという教義だからで、少しもおかしなことではありません!」
ユーティアは抗議するも、二人の態度は冷ややかなままだ。
だがそんな二人をエルトリーゼが手振りで制止する。
「も~うごめんなさいね! 宗派が違う者同士だとどうも言い争いになりがちよね。今日はここまでにしましょうか。でももーし気が変わったらいつでも声をかけてくださるかしら? 司教様は未成年の入信は認めてらっしゃらないけれど、楽団員なら見習いという形で入ることができるから。毎日だれかしらが町で演奏しているから、すぐに見つけることができるはずよ」
エルトリーゼはまた投げキッスを飛ばすと二人を連れて離れ、街角の小さな広場で演奏を始める。
その演奏は確かに優麗で、道行く人が足を止めて眺める。
町を華やかに……という役割は否定しないが、これは教団の宣伝も兼ねているんだろう。
いや待てよ、これは────
「むむぅ……まったく気分が悪いです!」
珍しくむくれているユーティアが、足早にその場を後にする。
《……まぁいいか。しかしお前のトコは聖像を崇めてたし普通に一神教だと思ってたんだがな。全ての物に神が宿るとは、無数に神が存在するという定義なのか?》
「う〜んちょっと説明が難しいんですが、無数にというよりは、全ての物は同時に神でもある。複数あるというよりは、あらゆる物は根本的には一つの存在という考え方ですね。ただこの概念がわかりにくいのも確かです。だから実際にはああして聖像を据えて信仰の対象を明確化しているわけです。それに統合的な神の意志は存在するという解釈なので、私も普通にエイシス様を一神教の神様のように扱って日々祈りを捧げているわけですね。少なくともこの国では多神教の概念というのはなじまないもので」
不機嫌だったはずのユーティアは熱弁を振るい始める。
それも少し嬉しそうに。
「ちなみにこの全ての物とは目に見える物質に限らないんです。触れる物体も空気も空も、本質的には同じ物として捉えます。天神エイシス様の天を天国の天と誤解されがちなんですが、空間という意味なんですよ。空間全体──私達も地も空もその先の星々までも、本質的には同質であり神であるという教えですね。まぁエイシス教のモットーはみんな平等に楽しく暮らしましょうですので、あまり細かいところまで理解しようとしなくていいんですけど。ただやんちゃ者のリュウ君には今からこうした教育が必要かもしれませんね。毎晩寝る前に主の教えを一緒に学びましょうか?」
《やめい! それはむしろ洗脳だろうが! 断固拒否する!!》
俺は余計な教育熱に目覚めつつあるユーティアを牽制する。
しかし前衛的というか奇抜な教義だな。
宗教的というよりは、むしろ科学的な概念。
この文明レベルの人間が訝しむのも無理はない。
その後、俺達は町の南地域を探索しつつ宿を探す。
だがなかなか条件が折り合わない。
やはり都市部だけあって相場が高い
食事込みだと予算をオーバーしてくる。
そうこうしているうちに日も傾いてきた。
「しょうがないです。とりあえず食べ物だけ買って、一度町を出て野宿できるところを探しましょう」
こうなることもある程度予想していたのだろう。
ユーティアは残念そうながらも粛々と告げる。
もちろん無念なのは俺も同じだが。
長旅で疲れた体を今日ぐらいはフカフカのベッドで労りたかったのに。
しかし昨日今日とまともな物を口にしていない。
さすがにここは腹を満たすことを優先せざるを得ないか。
しかしそろそろ本気で資金調達の方法を考えなくては。
ユーティアにバイトでもさせるべきか?
てなことを考えてる最中、突然街中に怒声が響く。
「この無礼者がぁ!」
ユーティアを始め周囲の人々の視点が一点に集中する。
前方十メートル程先の路上の真ん中。
声の主と思しき男性はそこにいた。




