第24話 旅立ち
子供達に別れを告げた後、ユーティアは教会の正門へ向かう。
教会の入り口に集まっていた村人達は居なくなっていた。
残っていたのはアマンダとレイラ、そしてローザ。
ユーティアを発見したレイラはこちらに近づこうとするも、ローザが引き留める。
先程のヒステリックぶりは鳴りを潜め、怯えと戸惑いの混じるような表情でこちらを見つめている。
《おいユーティア! 贅沢は言わない。せめてあの女を殺させてくれ!》
「だーめーでーすーっ!」
予想はしていたが、やはり否決された。
そんな中ただ一人、アマンダだけがこちらへと歩いてきた。
「ごめんなさいユーティア。私と院長で一時的にでも引き取ってもらえるところを探そうとはしたのだけど、私達の知り合いときたら同業者ばかりでね。周囲の村まで噂が広まるであろうことを考えると、それも難しそうなの。私も院長もあまり社交的な性格ではなかったけれど、それがこんな形で裏目に出るなんて……」
「いえ、お気になさらないでください。お気持ちだけでもありがたいです。アマンダさんも皆も、どうかお体に気をつけてください」
いやこんな連中の健康なぞどーでもいいだろ今案じるべきは自分の身だぞと、俺を苛立たせる気遣いをした後、ユーティアはアマンダとレイラ、そしてローザにまで辞儀をしその場を後にした。
正門の前で院長が待っていた。
院長は小さな皮袋を手渡してきた。
中身は銀色の硬貨が30枚。
ユーティアは受け取れないと断るが、院長の説得の末手渡された。
「すまないユーティア。急だったのでこれしか用意できなかったんだ。これでしばらくの間近隣の村で身を潜めてほしい。時間はかかるだろうが、お前のことが受け入れられるように手を尽くしてみる。だから必ず戻ってきておくれ」
「院長、ありがとう……ありがとうございます。どうかお元気で!」
皺だらけの老人に抱きしめられたユーティアは、嗚咽を漏らしながら何度も礼を言った。
そして院長は自分の首に掛けていたネックレスを外すとユーティアに手渡す。
シルバーのチェーンに、やはりシルバーの小さな六芒星のトップ。
ユーティアはことさら受け取りを拒んだが、半ば強引に手に握らされて仕方なく受け取った。
その後、別れの挨拶を済ませたユーティアは教会の正門をくぐった。
正門を抜けて一度振り返って礼をしたきり、二度と振り返ることはなかった。
きっと振り返ってしまったら、未練に囚われてしまうんだろう。
後ろ髪惹かれる思いを振り払うように、ユーティアは一直線に闇を進んでいく。
暗い──いや、暗いなんてもんじゃない!
ランタンの明かりが照らす範囲外は完全なる闇である。
ユーティアはそのランタンの明かりだけを頼りにうねる道を進んでいく。
「リュウ君……子供達のこと、ありがとう」
ユーティアから唐突に礼を言われて何事かと思った。
《ああ、さっきのガキのことか? あれはただ単に鬱陶しかっただけだから》
「ええでも、ああいった厳しさも時には必要だと思いまして。リュウ君は意外と子育てに向いているかもしれませんね」
暗く沈んだ場を和ませるためだろうか?
ユーティアは気丈に振舞うように、どこまで本気なのかわからない言葉を冗談っぽく発する。
《言っただろ、子供は苦手だってな。それよりユーティア、とりあえず休めるところを探せ。この際安宿でも何でもいい》
「はい、わかってます」
《俺も相当長時間同調し続けてるうえに魔法を使ったからかなりキツイんだ。おそらく胎児が起きてていい時間を疾うに超過しているはずだ》
「……まぁ、そもそも普通は起きないですけどね」
こんどは冗談ではなくマジな感じのユーティアの突っ込み。
《ちなみに院長から渡された貨幣はどのぐらいの価値なんだ?》
「一万リグ硬貨が30枚ですので30万リグです。凄い大金ですよねっ!」
小金持ちになってちょっとだけ元気を取り戻すユーティア。
しかし30万……500より遥かにマシだが、新しい生活基盤を構築するには厳しい額だ。
……小雨がパラついてきた。
風も出てきたし、何やら嵐にでもなりそうな雰囲気である。
「この村の中央に小さいですけど宿屋がありますので、そこを目指してみます。私の噂が届いてないことを祈りましょう」
ユーティアは闇の中を小走りに進む。
────祈る? 祈るだって?
誰に祈るんだ?
俺を……俺達をこんな目に合わせてる神にか?
ああ……そうだ、また……だ。
今更ながら、沸々と怒りが沸き上がってきた。
また俺は、苦しめられている。
底意地の悪い神によって。
結局奴は俺の前世だけでは飽き足らず、今生の俺まで苦しめる気満々らしい。
こんな世間知らずの甘ちゃんが一人で放り出されて、生きていけるわけがない。
仮に、奇跡的に俺を生むまで生き長らえたとしよう。
しかし問題はその後だ。
俺は……0歳児の俺はどういう状態になるのだ?
今のように知性は保たれているのか?
生まれた途端、普通の赤子のように無知な状態にリセットされる可能性まである。
仮に知性が保たれたとしよう。
だが0歳児の俺では、呪文を唱えることも印を結ぶこともできない。
魔法を操るまでになるには数年を要するだろう。
それまではユーティア一人で子育てしながら生き抜く必要がある。
そんなことは……どう考えても無理だろう。
すぐに野垂れ死ぬのが目に見えている。
このままでは駄目だ!
また奪われる!
また迫害される!
また殺される!
どうする?
どうする?
どうすればいい?
いったいどうすれば……
カッ──ドンッガラガラ!! と、突如に空が光り地が吠えた!
《あっ……あああっ!!!》
俺は絶叫を上げる。
「リュウ君!? 雷は初めてですか? まだ遠いから大丈夫ですよ!」
《……………………》
「あの……リュウ君?」
《……は……はは、そうだ、閃いた! 閃いたぞ!!》
まるで落雷のエネルギーが俺の中で弾けたかのように、頭の中に名案が浮かぶ。
「どうかしましたか? リュウ君??」
《ククク……唐突だが、たった今、俺が目指すべき目標が決まったぞ! ユーティア!》
「まぁ! もう将来の夢が見つかったんですか? 素晴らしいですね!!」
ユーティアはぱちぱちと、小さな手で拍手しながら祝福してくる。
「それでその目標とは? お母さんにも教えてくれますか?」
《ああ、いいだろう。お前の協力も必要だからな》
「はいっ! 私にできる事なら何でも協力しますよっ! それで、なんなんですか目標って?」
《ククク……聞いて驚くなよ! 俺の目標、それはっ!》
「それは?」
《世界征服だっ!!!》
ドッガァアアアアアン!!! と俺の宣言と同時に、今度はわりと近くに雷が落ちた。
「え……ええ? ごめんなさい。よく聞き取れなかったです」
《だーかーらっ! 世・界・征・服!!》
「世界……せいふく? な……ななな? じょ、冗談ですよねぇ……リュウ君?」
どこまで本気なのか測りかねているらしく、ユーティアは半笑いとなる。
《言っておくが俺は大真面目だぞ! 考えてみれば、前世での俺は良い子ちゃんすぎたのだ。甘い顔をするから馬鹿共はつけ上がる! だからもう逃げ回る人生は止めだ! これからは先手必勝! やられる前にやる! サーチアンドデストロイだ!》
そう、なにより今の俺にはそれだけの力が備わっているのだから。
《俺に逆らう奴や脅威になる連中、そいつらを根こそぎブッ飛ばしてやる! そして俺がこの世界の頂点に立つ! 絶対的権力を手に入れさえすれば、そこで初めて安泰に暮らせるようになるってわけだ!!》
「へ……へぇー」
ユーティアは賛成もしないが反対もしない。突飛な話に頭がついていっていないようだ。
それとも一応は子供の夢を、頭ごなしに否定もできないということなのか?
「か……叶うといいですねぇリュウ君、その夢」
《はぁ? 何を他人事のように言っている? これは将来の夢じゃないんだぞ。それを実行するのは今だ! 今、世界征服をやるのだ!!》
「今? って、え? ええぇ? これから!??」
《そうだとも。砦で俺の力は見ただろう? あの力さえあれば、世界征服だって余裕だ! それに善は急げというだろう? そもそも今できることを後回しにするような奴には、勝利を勝ち取ることなどできないのだっ!!》
「そ、それはとーっても素敵な格言ですが、でもさすがに胎児を前提にはしてないと思うんですよ? とりあえず落ち着いて考え直しましょうリュウ君」
ユーティアはまさに駄々をこねる赤子をなだめるように、お腹をさすりながら諭す。
《駄目だな! 今だ! さあ行くぞ! 速攻で世界を手中に収めるのだっ!!》
「ちょっとリュウ君落ち着いて! 疲れてるんだよ。先に休んでいいからぁ~!」
反対するユーティアを放置しつつ俺は固く心に誓った。
そうだ! やってやる! もう二度と後手は踏まぬ!
こうなったら、生まれる前から世界征服だ!!
────こうして俺達は、嵐の真っ只中へと身を投じた。
To Be Continued
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